山里の記憶95


芋がら料理:久保ことさん



2011. 12. 10



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 十二月十日、霜でまっ白になった日影の峠を抜けると明るい斜面が見えてきた。今日は
東秩父村の大内沢に向かっている。芋がら料理の取材で伺ったのは久保ことさん(七十五
歳)のお宅だった。                               
「あら、早かったねえ。昼頃に来るんだとばっかり思ってたから準備してないよお・・」
と笑われてしまった。確かにまだ九時では、訪問は早かったかもしれない。      
 先日、みかんの取材で伺った折り、軒先にぶら下げられた大量の芋がらに驚き、取材を
申し込んだ。昔はよく見かけた芋がらを干す光景も、今はすっかり見かけなくなってしま
った。むかし懐かしい芋がらの味を是非残したいとお願いして実現した取材だった。  

芋がらの皮をむいて、軒下にぶら下げてカラカラに干す。 乾燥したら三センチくらいにハサミで切って保存する。

 ことさんはテキパキと動き、すぐに準備が整った。芋がらは乾燥されたものが三センチ
くらいの大きさに切ってあった。乾燥したらハサミで切って保管しておくとのこと。その
ままの姿で置いておくと黴びてしまうので、切って湿気ないように保管しておく。   
 「雨っぷりの日の手間仕事なんだいね、そんな時でもないと出来ないしねえ・・」「乾
燥機で完全に乾かせばいいんだけど、面倒くさいしねえ・・」乾燥したものを保管してお
いても黴びないよう時々風を入れなければならない。乾物の保管も手抜きは出来ない。 

 ことさんの芋がらはトウノイモ(サトイモの一種)のズイキだ。収穫期の芋がらを切り
、繊維の多い皮をむいて干したもの。皮むきはアクで手が真っ黒になるほどだ。皮をむか
ないと芋茎(ずいき)はスジっぽくて、とても食べられたものではない。       
 サトイモと同じように小芋を植えて育て、サトイモと同じ時期に収穫する。その時に芋
がらも収穫する。トウノイモはサトイモと違って茎が赤い。サトイモは芋を食べるが、ト
ウノイモは茎を食べる。もちろん芋も食べるが、サトイモのように沢山の子芋に分けつし
ない。大きな親芋が一つ出来るのが特長で、小芋は種芋くらいにしかならない。味もどち
らかというと大味なようだ。                           
 同じような種類でヤツガシラがあるが、ヤツガシラの茎も食べられる。トウノイモも同
じだが、収穫間近の茎を切って皮をむき、そのまま煮ても乾燥させても食べられる。  

 ことさんの家では芋の保管は芋穴を掘って、そこに保管する。山の南向きの斜面に人が
入れるくらいの深さ一メートルくらいの穴を掘り、そこに芋を保管する。芋の量が少ない
時は穴も小さくする。凍らない地下穴が基本で、寒いとすぐに凍みて傷んでしまう。  
 昔はどこの家にもあった芋穴だが、今は見かけることはなくなった。        

 ことさんは定峰峠の下、白石(しろいし)から二十四歳の時に嫁に来た。夫の勇太郎さ
んは同級生でお互いに顔を知った仲だった。小川高校の定時制に通っていた頃のことだっ
たが特別な関係ではなく、後で間に入ってくれる人があって結婚することになった。  
 当時はお互いの家で宴会をして嫁迎えをする習わしだった。勇太郎さんはことさんの家
で嫁迎えをして、この家に来て披露宴をした。宴会は夜通し飲むようなにぎやかなものだ
った。当時、この家の前の道はまだ車が通れない道だったので、県道から一キロくらい嫁
入り道具を運ぶのが大変だった。                         

 ことさんが嫁入りした時、この家には三世代の夫婦が暮らしていた。親夫婦、おじいさ
ん夫婦、ひいおじいさん夫婦だ。ことさん夫婦を合わせると四世代同居というにぎやかさ
だった。十人くらいが一緒に暮らしていた。                    
 食べるものには困らなかった。食べるものはなんでも畑で作った。         
「お蚕(かいこ)はえらやったいね、大変だったんよ・・」養蚕は現金収入を得るために
大事な仕事だった。コンニャク作りも同じように大事な仕事だった。三年物のコンニャク
芋をスライスして乾燥させたものを寄居から買いに来た。貴重な現金収入の仕事だった。

 ことさんの料理が始まった。まずはボールに入れた乾燥芋がらにポットの熱湯を注ぐ。
水でも戻るのだが、お湯の方が早く戻ってすぐに使える。フタをしておくと芋がらはすぐ
に膨らんでくる。お湯が冷めたら芋がらを絞って水を替えてアクを出す。水が黒くなるく
らいアクが出るので、二回から三回水を取り換える。アクをよく出さないと料理した芋が
らにえぐみが残ってしまう。                           

熱湯を注ぐと三十分くらいで戻る。三回くらい水を替えてアクを出す。 戻してアクを出した芋がらを台所で料理することさん。手慣れたもの。

 今日は三品の料理を作ってみることにした。ことさんが得意だという炒め物。そして煮
物と鍋物。どれも芋がらの味を楽しめる料理だ。                  
 なぜ、大量の芋がらを干していたのかと聞いたところ、自分で食べるためではなく地元
のお祭りで何か名物になるようなものを売ろうということになって芋がらを作ったのだと
いう。確かに食べ方さえわかれば美味しい食材なのだから良い考えだと思う。故郷の味の
伝承にもなるし、一石二鳥だ。                          
 芋がらを食べる人が少なくなってしまったのは食べ方がわからないからだと思うし、味
を覚えれば、必ず食べる人は増えると思う。今回の芋がら料理取材のポイントは、食べ方
と味を伝えることだと思った。                          

芋がらの油炒め                                 
 ・お湯で戻して、三回水を替えてアクを抜いた芋がらを絞っておく。        
 ・フライパンを熱し、大さじ1のサラダ油を入れる。               
 ・芋がらを入れて強火で炒める。                        
 ・酒を大さじ2くらい加える。湯気が立ち、ふっくらとする。           
 ・しんなりしてきたら砂糖大さじ1,醤油大さじ2を加えて炒め回す。       
 ・焦げる前に水を入れてフタをして中火にする。                 
  水分で膨らみ、いい香りが立ってくる。水分が飛んだところで出来上がり。    
※ご飯のお供やお酒のつまみに最高。しゃきしゃきした食感が何とも言えないおいしさで
 いくらでも食べられてしまう。好みで薄味にするには醤油の量を加減すればよい。  

芋がらの煮物                                  
 材料:戻してアク抜きした芋がら、椎茸、ニンジン、大根、油揚げほか。      
    芋がら以外の材料はみな短冊に切る。大きさを揃えると見栄えが良くなる。  
 ・鍋に油大さじ1を熱し、芋がら、椎茸、ニンジン、大根をしんなりするまで炒める。
 ・野菜がしんなりしたら水と油揚げを加え、だしの素、酒、醤油、みりんで調味する。
  調味料の量はお好みで。                           
 ・中火からとろ火にしてじっくりと煮含める。                  
 ・火が通って柔らかくなったら、一旦火を止めて冷ましながら味を浸みこませる。  
 ・食べる前に火を入れて暖めて盛れば美味しく食べられる。            
※柔らかく出汁をしみ込ませた芋がらは、シャキシャキの食感を残していて本当に美味し
 い。調理前に絞った芋がらを空気にさらしておくと色が黒くなる。鍋に入れる直前に水
 気を絞るようにしてなるべく空気にさらさないほうが良い。            

芋がらの豆腐鍋                                 
 材料:戻してアク抜きした芋がら、豆腐、長ネギ、エノキダケ、油揚げほかお好みで。
 ・土鍋に出汁、酒、醤油で作った汁を張る。                   
 ・火をつけて汁が沸騰したら材料を芋がらから順次入れて煮込む。         
 ・芋がらが煮えたら出来上がり。                        
 ・食卓で好きなものから食べる。                        
※芋がらの柔らかさを楽しむ鍋。柔らかい材料で相乗効果の味となる。芋がらが煮えたこ
 とを確認することが大事。芋がらが煮えていれば全部食べられる。シャキシャキした食
 感は見た目の感じと全く違うおいしさだ。                    

芋がらの炒め物と煮物が出来た。しゃきしゃきした歯ごたえが美味しい。 日当たりの良い庭でいろいろ話を聞いた。庭の池には水車がある。

 長いままの芋がらを味良く煮込んで太巻きの芯にしたことも昔はあったようだ。山形な
どでポピュラーな納豆汁や味噌汁。また、生の芋茎(ずいき)の皮をむき、水にひと晩浸
けてアク抜きをし、火が通る程度に煮て胡麻よごしにしたものが絶品だそうな。これも是
非試してみたいものだ。