山里の記憶83


笹のザル作り:吉田玉一さん



2011. 1. 16



絵をクリックすると大きく表示されます。ブラウザの【戻る】で戻ってください。


 秩父では、各地で昔からおかめ笹やスズタケ、クマザサを使ったザルやカゴを作る技が
伝えられている。浦山地区のスズショウギ作りは有名だが、後継者不足で現在は作られて
いないという。また、小鹿野町では小鹿野大火災で何もかもなくなってしまった時に、ク
マザサでザルやカゴ、丸しょうぎが作られたことが記録に残されている。       
 現在では、各地の公民館や自然体験教室などで「おかめ笹工芸教室」が開かれており、
どこでも人気の講座となっている。また、最近ではお年寄りの指先訓練に良いということ
で、リハビリや機能訓練も兼ねてザル作りをすることが奨励されているようだ。    

 今回、おかめ笹のザル作りを取材させて頂いたのは、秩父市大野原の吉田玉一さん(七
十六歳)だった。公民館でザル作りの講師をしている玉一さんに、二月の講習会前にお邪
魔してザル作りを教えてもらった。                        
 玉一さんの家に伺って、お茶を飲みながらいろいろ話を聞いた。今は一年に一回の講座
になっており、笹が水を上げないこの時期にいつもやっているとのこと。もう三十年くら
い笹ザル作りをやっていて、高齢になった先生に代わり講師をするようになった。   
 講座にはいつも二十人くらいの参加者あり、参加者が自分で作る喜びを知って欲しいと
講師を続けている。一人で二十人を教えることは難しいが、ベテランの参加者もいて、初
心者を指導してくれるので、全員が作り上げるところまでやり通すようにしている。  

 話が一段落したところで、玉一さんが「じゃあ、そろそろ山に行きましょうか」と言っ
て立ち上がった。材料のおかめ笹を山に採りに行こうというのだ。材料の笹は、当日使う
分だけ採取して来るのが基本で、取り置きは出来ない。一日置いただけで固くなって、ザ
ル編みが難しくなるとのこと。二つ作る場合でも、二つ目を編む時はもう最初のように出
来ない。笹に水分があって柔らかいうちに編むのが基本なのだ。           

 玉一さんの車に乗り込んで、いつも行っている山を目指す。「いつも行ってるところな
んだいね。公民館の方から話がいっていて、採ってもいいことになってるんだいね・・」
山にはどこも持ち主があり、勝手に笹を採ってよいものではない。最近、工芸教室でザル
作りを覚えた人が、材料採取に山に入り、持ち主に断らず笹を採って怒られるようなこと
が多くなってきたという。玉一さんはそこを気にする。               
 ザルを一つ作るくらいの笹を採っても笹がなくなることはないし、間引けば増えるくら
いのものだ。だから、持ち主にひと言断れば問題ないのに、その手間を惜しんで対立する
のはもったいない。笹の持ち主と良い関係を築くことが肝心だという。作ったザルを代金
代わりに、笹の持ち主に渡していた人もあるという。                

 「何でか知らないけど、おかめ笹はお寺さんの裏山なんかに多いやねえ・・・」と言い
ながら車を停めたのは、とあるお寺の駐車場だった。車から降りて身支度を整え、鎌を持
って山に入る。山道は落ち葉が大量に積もっていて、カサコソとさわがしい。道は徐々に
高度を上げ、つづら折りになっていく。一見、普通の山だ。藪も多く、篠が覆い被さるよ
うに生えている。玉一さんはしっかりした足取りで、ずんずん登っていく。      
 尾根の鞍部に窪地があり、笹が原になっている場所に来た。            
「これがおかめ笹なんだいね、使う分だけだから八十本くらい採ってくんない」    
「一メートルくらいの奴で、こうやって持つと少したわむくらいのがいいんだいね」  
「節の間が長くって、出っ張りが小さいのがいいんだい。編みやすいんだいね」    
「白いはかまがついてるんが一年目の奴なんで、そうゆうんがいいんだい、やっこくて」

 玉一さんはずんずんと笹藪に入って笹を刈りはじめた。私は藪の周囲で一本ずつ該当す
る笹を鎌で刈る。なるべく長そうなのを刈る。根元を見るとはかまが付いていて、スラリ
とした一年物はすぐわかるので、それを選んで刈る。意外に葉の量が多い笹だ。    
 「このくらいでいいだんべえ」と玉一さんが、笹をひと束かかえて藪から出てきた。す
ぐにその場に座って葉をこきはじめた。手袋をした手で上から下に葉をこきとる。   
「葉はきれいに取っちゃうんだいね・・」私もその場に座って、同じように葉をこき落と
す。葉を取ると、おどろくほど細く、頼りない幹だけ残る。全部葉を取って数えたら六十
本の笹があった。六十本の笹は一握りの太さになっていた。             
「今年は夏が暑かったせいか弾力のない笹が多いんだいね。編んでても腰がなくってペシ
ャって折れちゃうのがあるんだいね・・」猛暑の影響は意外なところにも出ていた。  

山の中のおかめ笹。どんなものが良いのかを説明を聞く。 作業場で採ってきたおかめ笹を揃えて準備する。

 玉一さんの家には裏に作業するための家が別にある。そこに笹を運び、ザル作りをする
ことになった。昔作った大きなカゴやザルを見せてもらい、その精緻さに驚かされた。 
 ちょうど昼時だったので、奥さんの行子さん(七十四歳)がおっきりこみを作ってくれ
たものをいただいた。美味しいおっきりこみに冷えた体も温まってありがたかった。  
「寒かったでしょう、いっぱいあるからいっぱい食べてくださいねぇ・・」と行子さんが
明るく言ってくれた。丼二杯もいただいて満腹になってしまった。          

 いよいよザル作りが始まった。まずは二十四本の立てひごを選ぶ。なるべく細く長いも
のが良い。出来ればこの時に先の細いところを切って、長さを揃えておくと、後の作業が
やりやすい。二十四本を六本ずつ分け、中心で元・先を互い違いに並べる。揃えたものを
縦、横。斜めに重ね放射状に揃え、動かないように足で踏む。これがずれると編めない。
 細めのひご二本の先を一番下の立てひごに挟み、畳編みを始める。畳編みは立てひごを
縫うように回すもの。最初のすき間を大きくしないように細い先から編み始める。そのま
ま二・三周、同じ所を巻き回す。                         
 次は逆目の畳編み。これも細い方から二本のひごで、先ほど上の部分は下に、下の部分
は上になるように巻くもの。こうすることで底が安定する。             

底編みを見せてくれる玉一さん。すき間を空けないように。 大事な腰立てが終わって、これから整形するところ。

 次は、六本の立てひごを三本ずつ二組に分け、その立てひごを本より二本縄編みで五・
六周する。縄編みとは、二本のひごを撚るように編むもの。簡単に書くと、交差したひご
が下に向かうとき、常に上から押さえるように重ねること。縄をなう時と同じ編み方なの
で、縄編みという。ねじりが入って強固な編み面となる。              
 ひごの継ぎ方は、先が細くなったら新しいひごを継ぐのだが、細くなったひごの下に元
を差し込んで、一緒に編むようにするとやりやすい。出っ張ったところは最後にハサミで
切るので、気にしないでどんどん継ぎ足すようにする。               
 底編みの最後は三本縄編みを一周する。径が大きくなると二本縄編みではでこぼこが目
立ってしまうので、三本縄編みにしてなめらかな円を作るようにする。こうして底が出来
上がる。この時、底の直径の二倍以上長く、立てひごが残っていなければならない。  

 立てひごは曲がるよう指でクセをつけておく。この時、節を曲げようとすると折れるの
で、節は触らないようにする。                          
 帯となる三本の長いひごを内側に固定し、立てひごを横の立てひごの外側から曲げ、一
本飛ばして、次の立てひごと帯の間に抜き出す。これを全て同じ方法でくり返す。こうし
てザルの縁飾りが出来上がる。この時、全体の形、角度、曲線の大きさなどをきちんと揃
えることが出来上がりの美しさになり、全体をきつく締め上げることが、出来上がりの強
さになる。肝心かなめの部分なので、慎重に大胆に確実に形を決める。        
 ザルになったり、カゴになったりもこの段階で縁飾りを立てるか寝かせるかで変わる。

 底側に伸びた立てひごを、二つとばしの三本縄編みで二周すると底が出来る。これを底
編みといい、先ほど作った底と径が同じになるのがいい形だ。二周した時、底に高低差が
つかないようにひごを選ぶのも大切なことになる。ゆるみやすい場所なので、ゆるまない
ようにきつく締めながら巻くことがポイントだ。                  
 この底編みに立てひごを外側から二つ目とばしに曲げて中に差し込むのが、最後の力技
になる。残った立てひごは太い部分なので、慎重に曲げクセをつけ、一本ずつ確実に外か
ら中に差し込み、締め上げる。揃うように全部を差し込めばザル(カゴ)が出来上がる。
 ハサミで、飛び出した部分をきれいにトリミングすればザル(カゴ)の完成だ。   

最後の底作りに入る玉一さん。指が痛くなる力技。 作ったザルを見ながら、玉一さんと行子さんが話してくれた。

 ここまで約二時間。初めて作ったにしては早かった。玉一さんも「初めてにしてはいい
出来上がりだよ」とほめてくれた。散らかったゴミを片づけて、冷えた体を暖めるために
炬燵に入る。奥さんがお茶を入れてくれたので、両手で茶碗を持っていただく。温かさが
ありがたい。「いいザルが出来たねえ。うどんを打っといたから、それに盛って帰るとい
いいやい・・」と奥さんが言う。                         
「うちじゃあ、まんじゅうなんか作るとザルに盛って、ザルのままくれるんだいね。喜ん
でもらえるよ。お父さんが作る専門で、あたしがくれる専門なんだいね」       
「まあ、作る人がいるから出来ることなんだけどね、あはは・・・」奥さんの明るい笑い
声が、ザルを作り上げた満足感と一緒になって、何だかふわふわした気分になった。