山里の記憶70


架線集材 その2集材する:森越勝治さん



2010. 4. 7



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 4月7日(水)先週末に勝治さんから連絡があり、架線設置が終わり集材を始めたとの
ことで、集材の取材に向かった。八時に現場に着いたら、すでに二人は作業しており、開
口一番「遅いよ」と言われてしまった。早々に着替えて山に入る。山の上で又吉さんが作
業しているようで、チェーンソーの音が聞こえる。勝治さんに「山の上に行ってきます」
と声をかけ、二百メートルの斜面を登る。太いヒノキが折り重なるように倒してある中を
息をからして登り、又吉さんをさがす。                      

 又吉さんはヒノキの枝を切り落としているところだった。挨拶をして作業を見守る。急
斜面だが、横に倒されたヒノキの上を猿のように渡り、枝を切り落とす。その動きに無駄
がない。半端な技術では手伝うことも出来ないし、邪魔になるだけなので見ているしかな
い。枝を切り落としたところで、又吉さんがどこかに置いてあるらしいインターホンに向
かって叫ぶ「おーい、上げてくれい!」すると架線が動き出し、キャレージがこちらに向
かって動いてきた。さらに又吉さんが叫ぶ「おーい、横引いてくれー」すると、横に張っ
たワイヤーが引かれ、キャレージから下がった目印丸太がこちらに動いてくる。    

 この目印丸太にワイヤーが二本下がっており、そのワイヤーに吊り上げるヒノキ丸太の
端を結びつける。又吉さんがこっちを見て「注意してくんな」と言う。丸太から離れ、遠
くで作業を見守っていると、又吉さんが叫ぶ「おーい、引いてくんな!」       
 丸太がキャレージに向かって引っ張られ、すごい音を立てて二本の丸太が動き出した。
もの凄い架線のパワーに圧倒され、息を呑んで見守る。直径40センチ、長さ十メートル
はあろうかというヒノキの丸太がワイヤーに引きずられ、跳ねながら斜面の下に引きずら
れていく。ワイヤーが跳ね、ビュイーン!ビュイーン!と共鳴する。それにしても凄いパ
ワーだ。初めて見る架線集材の迫力に呆然として、しばらく動くことが出来なかった。 

つり下げるヒノキにワイヤーをセットする又吉さん。 十メートルはあろうかという丸太を引きずり下ろす架線のパワー。

 丸太が見る見る下に引きずられて行く様を見ながら又吉さんに聞く「あんなに重いもの
を引きずって、ワイヤーが切れたりしないんですか?」「まあ、切れないやねぇ。けっこ
う大丈夫なもんだよ」と言いながら、すぐに次の丸太に飛び移り、チェーンソーで枝を落
とし始めた又吉さん。作業しながらいろいろ話してくれた。             
「枝は引っ掛かるとやっかいだかんねえ、なるべくきれいに落とすんだいねえ」    
「長いまんま下ろすんがいいんだいね」「場所によっちゃあ、三本掛けることもあるよ」

 キャレージは本線に付けられており、キャレージの下の滑車に荷揚げ索というワイヤー
が付けられている。この荷揚げ索と横に引っ張るスナッチというワイヤーを使い分ける事
で斜面全体の集材が可能になる。文章で書くと分かりにくいが、現場で作業を見ていると
じつに緻密に計算された集材方法だということが分かる。              
 実際にこれだけ広大な斜面の集材を、ワイヤーだけで老人二人が行っているのを目の当
たりにすると、有効な方法であると共に二人の技術が素晴らしいという事も分かる。  

 山から下りて、今度は勝治さんの作業を見学する。勝治さんの主な仕事は集材機の運転
だ。山の又吉さんからの合図で集材機を運転し、架線を回転させてキャレージで丸太を山
から下ろす。山の上が見える訳ではないので、合図と勘と経験で運転する。そこは長年一
緒にやってきた兄弟という他にない強みもある。                  
 勝治さんと又吉さんは二つ違いの兄弟で、学校を出てからずっとこの仕事を一緒にやっ
てきた。口ではお互い言い合うけど、お互いが信頼し合っている。山の上と下と離れては
いても、あうんの呼吸で仕事が進むのは横で見ていても楽しい。           

集材機を運転する勝治さん。慎重に細心の注意を払って運転する。 下ろした丸太を玉切りする。簡単に見えて難しい作業だ。

 山には霧が出て、上が見えなくなった。「なあに、見えなくたって平気だいね。手元は
見えるんだからさあ」霧の中でも作業は淡々と進められる。お互いの信頼関係がなくては
出来ないことだ。上では又吉さんが、下では勝治さんがそれぞれの役割を淡々とこなす。
こうして二人で何十年この仕事を続けてきた。その信頼はゆるぎないものだ。     

 キャレージに吊られて丸太が二本、山から下りてきた。ブレーキをかけ、ゆっくり土場
の上まで運び、ワイヤーをゆるめる。丸太が地面に横たわると、勝治さんは丸太からワイ
ヤーを外し、再度山に向かってキャレージを送り出す。               
 又吉さんの合図で集材機を止める。そしてチェーンソーを持って丸太に向かう勝治さん
の手には5メートルくらいの篠竹が握られている。丸太の玉切りが始まった。篠竹は差し
棒になっていて、勝治さんは何やら計りながら次々に玉切りしていく。よく見ていると、
同じ長さに切っている訳ではない。不思議に思って聞いてみた。           

 「同じ長さに揃えてる訳じゃないんですか?」「曲がったとこを切るんだいね」「物に
よって6メートルだったり、3メートルだったり、4メートルだったりいろいろだいね」
「短いのも使えるかんねぇ」「今は機械でどうにでも加工できるから・・・」     
 どうやら、製材する用途に応じた長さを、丸太をによって切り分けているようだ。6メ
ートルに切ったものは2階までの通し柱、3メートルのものは一階分の柱用、4メートルの
ものは聞き忘れた。半端なものは集成材で使うようだ。               
 この玉切りの技術は経験が物をいう分野で、若い人には真似できない。工場へ運んで選
別する時に、勝治さんの玉切りはほぼ勝治さんのねらい通りに選別されるという。   

 チェーンソーの使い方にも舌をまいた。どんな状態に置かれている丸太でも、刃をかま
せることなくさらりと切る。40センチもある丸太を、まるで豆腐でも切るようにスパッ
と切る。私にはとても出来ない。この道で何十年もやって来ている人の技術というのは本
当にすごいものだ。このチェーンソー捌きを見られただけでも取材に来たかいがある。 
 玉切りが終わって、昼近くなったので勝治さんがインターホンに向かって叫ぶ「そろそ
ろお昼にしようじゃねえかい!」又吉さんの返事が「おーい」と入る。霧がますます濃く
なって、小雨が降り出した。                           

 雨を避けて岩下の窪地で昼休みにした。山から下りてきた又吉さんといろいろ話しなが
ら、お握りとカップラーメンを食べた。                      
 仕事の全体的な流れを又吉さんに聞いてみた。基本的には会社が県造林を入札で買い、
森越林業が請負で伐採と搬出を行う。林班図で指示され、現場へ行き、必要な設備・道具
を運んで架線設置、集材を行う。県造林などの場合、入札前に調べることが多い。昔はよ
く山調べに行ったものだ。個人の山を買う時も事前の山調べはする。よく調べないで請け
負うと、赤字になることもある。                         
 山出しする時の玉切りの技術がないと赤字になることがある。勝治さんの玉切り技術は
相当なもので、会社からも信頼されている。こればかりは真似できない技術だそうだ。 

 午後、雨が強くなってきた。合羽を着て、これから玉切りした丸太をトラックに積み込
む作業になる。勝治さんがトラックにアームの付いたユニックを運転して土場に寄せた。
アームを操作して丸太に近づけると、又吉さんが何本かまとめてワイヤーを掛けたものを
吊り上げる。アームをじつに見事に操作してトラックの荷台に丸太を積む。      
「一日にトラック一台運ぶんが仕事だいね」「雨が多くって困らいね、湿ると重くってね
ぇ。乾いて軽くなるだけでずいぶん違うんだけどね・・・」両手、両足でアームを操作し
ながら勝治さんが叫ぶように言う。                        

霧が深くなった山でユニックを操作して丸太をトラックに積む。 一日に一台の搬出がノルマ。この荷台が一杯になれば終わり。

 確かに、今年は春先になって雪や雨が多い。昨年切り倒したヒノキは枝を付けたままに
してある。葉から水分を蒸散させ、幹の水分が少なくなるようにしているのだが、雪が多
かった今年は、狙いほど乾燥が進まなかった。「伐採して、索道張って、出すだけだけど
、よいじゃあねえんだよ!」雨の中で勝治さんが叫ぶ。               

 怪我も弁当も燃料代も自分持ち。しかし、この歳でこれだけの仕事が出来るんだという
自負心。若いときと違って体力はないが、それに代わる経験と技術がある。二人ともこの
危険な仕事を何十年もやってきて、大きな怪我をしたことがない。仕事に対する真摯な姿
勢が、姿にも声にも張りを持たせている。そして、じつにいい顔をしている。