山里の記憶7


「つつっこ」作り:高橋八千代さん



2007. 6. 7



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 埼玉県秩父郡小鹿野町三山。田ノ頭(たのかしら)という地名はこれより上(かみ)
に田がない事を表す地名で、田のある最上流の地であることを示している。この地区で
民宿「やしき」を営む高橋八千代さん(84歳)を訪ねたのは、「つつっこ」作りの取
材のためだった。友人の吉瀬さんと一緒に伺うと、娘の美恵子さんが準備して待ってい
てくれた。四方山話のうちに八千代さんが私の父や母や隣の民宿の話などをしてくれて
その記憶力の確かさに驚かされ、恐縮してしまった。いやはや悪いことは出来ない。 

民宿「やしき」の外観。歴史を感じさせる風格が漂っている。 八千代さんは素晴らしい記憶力で昔の事を話してくれた。

 座敷にシートを広げ、八千代さんの話を聞きながら「つつっこ」作りが始まった。(
「つとっこ」ともいうが、ここでは八千代さんが「つつっこ」と言っていたので「つつ
っこ」として話を進める。)「つつっこ」はこの地方で昔から作られてきた保存携帯食
だ。栃の葉が堅くも柔らかくもないこの時期だけに作られる食べ物で、昔はこの「つつ
っこ」をたくさん作って田植えや桑伐りに持って行き、昼食やこじゅうはん(10時や
3時のおやつ)に食べた。器も箸も必要ない携帯食で、とても便利だった。     

 昔から日本には葉で包む料理があった。「柏餅」「ちまき」「柿の葉寿司」「笹団子
」「笹の葉で包んだ鱒寿司」「桜餅」など、葉の香りを楽しむと共に笹や柿の葉の抗菌
・防腐作用で傷まない効果も併せ持っていた。秩父では「土地持ち」になれるようにと
の願いをこめて栃の葉を使った「つつっこ」が作られるようになったとも言われている
が、栃の葉の抗菌作用を利用した保存携帯食というのが正しいように思う。栃の葉で包
んで水から煮、沸騰してから50分近くも煮込む「つつっこ」は梅雨時にもかかわらず
1週間は傷まなかったという。古くは戦場を駆けめぐる武士の携帯食でもあった。  

 「つつっこ」の作り方は家によってだいぶ違う。当然、味も形も家によってかなり違
いがあるそうだ。確かに事前に調べたら本によって作り方がずいぶん違っているので困
惑した記憶がある。中身の種類や分量、藁の結び方、煮る時間などがまったく違うのだ
が、ここではあくまで高橋家の「つつっこ」の作り方を書く。           

 もち米1キロを前夜から水に浸けておく。小豆100gを柔らかくなるまで煮ておく
。栃の葉は穴のないもの大中100枚を朝採って洗っておく。栃の葉は7枚の掌状複葉
だが、「つつっこ」に使えるのは上部3枚の大きな葉のみだそうだ。藁を水に浸けて揉
んでおく。高橋家ではこの材料で50個の「つつっこ」を作る。もち米を水から上げ、
よく水を切り、煮た小豆と混ぜ合わせる。小豆はここで柔らかくしておかないと最後ま
で柔らかくならないとのこと。また、この段階で塩を振る人もいるが、高橋家では出来
上がった「つつっこ」を食べるときにごま塩をかけて食べるようにしていたという。ご
ま塩のごまは黒ごまではなく、金胡麻でなければならない。            

今朝採ってきたトチの葉と湿らせたワラ。 「つつっこ」作りはにぎやかに話をしながら。

 大きい栃の葉を葉先左に置き、その上に中型の葉を反対向きに重ねる。葉の中央にも
ち米と小豆の混ざったものを杓子3分の一くらい置く。少ないかなと思うくらいが出来
上がった時に食べやすい。葉を中央で折り合わせ、中身を押さえながら右から横に折り
、出っ張った葉柄をハサミで切る。さらに左側を上に折り重ね、出っ張った葉柄を切っ
て形を整える。包むときはなるべくゆったりと包む。もち米は煮上がると脹らむのでそ
の分を計算しながらゆったりと包まなければならない。              

 包んだものを藁で縛る。元を左に10センチほど出し、右からクルクルと4回ほど巻
き、最後に藁先と出しておいた元と合わせてクルクルとねじり、ねじった部分を折って
巻いている部分に差し込んで止める。これもきつくならないようにゆったり止める。ビ
ニールヒモを使う人もいるが、出来上がった時にヒモが縮み、ボンレスハムのようにな
ってしまうので藁がいい。煮上がったら藁の先を引っ張ればクルクルと藁が解ける仕組
みになっている。中身が脹らむし、藁は滑りにくいので煮ながらほどける事はない。 

 八千代さんがいろいろ昔の話をしてくれた。昔は一度に3升も4升も作ったことがあ
る。お客さんに出したこともあるし、お土産で配ったこともある。みんな「美味しい」
と言ってくれて、東京から注文が入ることもあった。もち米1俵も作ったことがある。
 昔の「つつっこ」は今よりちっとんべえ大きかった。下郷(しもごう)でおじいさん
がもらった「つつっこ」はウチの3倍くらいあって、おじいさんが持ち帰って見せてく
れた。「でっけなあ・・」と二人で感心したことがあった。            

 おじいさんは本当に「つつっこ」が好きで、いっぺえ作って山へ持ってったもんだ。
栃の葉を山へ採りに行くのがめんどくせえって言って、山から栃の木を運んで畑に植え
て育てたもんだ。あの辺にある栃の木はみんなおじいさんが山から持ってきたもんだい
ねえ。おかげで「つつっこ」作るときも、その日の朝葉っぱを採れるんで楽んなったい
ねえ。近所でも「葉っぱをくれ」って言われたり、真似する人も出たりでねえ。   

 河原沢(かわらさわ)へ嫁に行ったおばさんが、同じ作り方で「つつっこ」を作った
んだが、どういう訳か同じ味になんなかった。何度やっても同じ味になんなかった。あ
れはどういう関係なんかねえ・・。ウチでは一回煮るとその水を替えるけど、そのまま
替えずに煮る家もあってねえ、そこんちの「つつっこ」はアクで赤くなってたいねえ。
煮方も家によってずいぶん違うもんだいねぇ。キミ(きび)を入れると美味かったいね
え、粘りっけが出て色もきれいで・・キミは買ってきて入れたいねぇ。キミを入れた「
つつっこ」を作ってくれって、わざわざ東京から注文してくれる人もいて、200個く
らい作って送ったこともあったねぇ。                      

 朴の葉を使う家もあった。栃の葉に慣れていると朴の葉の「つつっこ」は苦いのだが
、その家の人は朴の葉でないと「つつっこ」を食べたような気がしないと言っていたそ
うだ。いろいろ話を聞いていると「つつっこ」とはまさに家庭の味だったようだ。その
家に伝わる作り方、煮方、食べ方が厳然と存在する「我が家の味」であり、「母の味」
だった。                                   

鍋には一回り小さい蓋を中蓋にして煮込む。 トチの葉の煮た香りが鼻をくすぐり、食欲をそそる。

 中に入れるもち米が無くなった。全部で47個の「つつっこ」が出来上がった。これ
を大きな鍋に入れ、たっぷり水を入れて煮る。蓋は鍋より小さいものを中蓋のように使
い吹きこぼれないように煮る。沸騰してから50分煮続ける。煮汁はどんどん赤味を増
し、濃くなっていく。この煮汁は強力なアク汁で、いつだったか、吹きこぼれるままに
しておいたら、下にあったアルミ鍋に穴が開いてしまった事があるそうだ。思えば、こ
のアクがもち米に煮込まれることが抗菌・防腐作用を持たせるものなのではないだろう
か。栃モチもそのアクが風味になるくらいだし、強いアクを風味と感じさせるのが栃の
素晴らしさなのかもしれない。                         

 民宿「やしき」の若女将でもある美恵子さんが「つつっこ」を煮ながら話してくれた
。この味を宿でも提供出来たらいいのだが、前日から準備しなければならないので難し
い。包む方法や中身などいろいろ工夫してやってみたが「つつっこ」としては今の形が
一番という結論に達したという。5月末から6月いっぱいの季節限定メニューに出来な
いかと思案中とのこと。ウチの「つつっこ」が一番美味しいと胸を張っていた。   

 沸騰してから50分。「つつっこ」が煮上がった。飴色になった「つつっこ」を取り
出して藁を引き解く。熱い葉を指先でつまんで広げる。出てきたのは、ほんのり緑に染
まった艶やかなモチ。小豆が彩りを添えている。さっそく、湯気がでているのを箸でつ
まんで食べてみた。もっちりとした食感の中に小豆が混じって歯先をくすぐる。栃の葉
を煮た独特の香りが食欲を刺激してくる。ごま塩をちょっと付けてもう一口食べる。 
「これは旨い・・」ハフハフ言いながらあっという間に一つペロリと食べてしまった。

 包んだ葉を広げていく楽しさ。立ちのぼるトチの葉の香り。薄緑色の艶やかなモチに
散りばめられた輝くような小豆。口中に広がるトチの香りと小豆の食感。これはじつに
楽しい料理だ。ごちそうだ。こういう美味しい取材はやめられない。