山里の記憶66


手漉き卒業証書作り:播磨君代さん・新井ますゑさん



2010. 2. 5



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 昨年の紙漉き取材でお世話になった守屋勝平さんに、今年の紙漉きの予定を聞いたとこ
ろ、2月5日に小鹿野町の三田川中学で卒業証書作りをすると聞いて、さっそく取材を申
し込んだ。三田川中学は私の母校でもあり、40年ぶりに訪問するということでもワクワ
クした取材となった。                              
 三田川中学では4年前から一年生の総合学習で、地域の伝統を伝えるために「和紙作り
」を実際にやって、自分で漉いた和紙で卒業証書を作る、という授業をしている。生徒た
ちにとっては大変な作業だと思うが、とても貴重な体験で、素晴らしい授業だと思う。 

小鹿野町立三田川中学校。すれ違う生徒がみな挨拶してくれる。 玄関先に和紙で作った卒業証書と作業風景の写真が展示されていた。

 待ち合わせよりも早く着いたので校庭を眺めていたら、すれ違う生徒達がみな挨拶をし
てくれた。礼儀正しい後輩たちよと、なんだか気持ちの良い取材前のひとこまだった。 
 守屋さんの軽トラが到着し、今日の主役指導員である播磨(はりま)君代さん(73歳
)と新井ますゑさん(73歳)も一緒に車から降りてきた。挨拶をして合流する。今日は
君代さんとますゑさんを手伝いながら、和紙作りの実際を取材することにしていた。  
 校長先生と一年生の担任の先生が挨拶に来て、一年生が集まって自己紹介する。なんと
、一年生はたった6人で、全員男子だった。少子高齢化の波は確実に進んでいる。   

 和紙作りの道具と材料の点検が始まった。君代さんとますゑさんが細かい指示を出し、
先生が生徒に伝え、準備が始まる。大量の灰に熱湯を注ぎ、灰汁(あく)を作る。雑木だ
けを燃した灰を使い、赤い色になるほど良い灰汁だと言われている。少しずつ流れ出る灰
汁がボールに溜まり、今度はそれを庭のカマドに乗せられた大きな羽釜に入れる。   
 羽釜には和紙の材料となるカゾの皮が刻まれて入っている。これを灰汁で2時間ほどコ
トコト煮る。吹きこぼさないように火加減を見ながら羽釜のカゾ皮を煮る。繊維が縦にち
ぎれるくらいまで煮る。煮る時間が少なかったり、灰汁が悪かったりすると、繊維がほぐ
れず紙漉きが出来ない。                             

 カゾを煮ている時間は手が空くので、ミゴ(細長い水生植物。一本ずつ漉いた紙の上に
置き、取り口にするもの)を作ったりしながら二人の話を聞いた。          
「そうさねえ、もう30年も前の事だから忘れちゃいそうだいねえ」         
「こうして学校でやってくれでもしなけりゃあ、やるこたあねえだろうかんねぇ・・」 
 生徒たちは自分たちで育てたトロロアオイを叩き台の上で叩いて潰している。それを見
ながら守屋さん「本当は乾燥したのを叩いて潰して粉にする方が使いやすいんだけどね」
と言いながら鉈の背で乾いたトロロアオイを潰して見せてくれた。生徒が叩いているのは
生のトロロアオイなので、粘りが出るほどに叩くと台の外に飛び出すので苦戦している。
 潰したトロロアオイはボール一杯分でほぼ使用量になる。             

トロロアオイの根を叩いて潰す生徒たち。粘りが繊維のつなぎになる。 慎重に紙漉きをする生徒の姿は真剣そのもの。自分の卒業証書になる。

 じっくり煮たカゾ皮は繊維が縦にちぎれるように柔らかくなっていた。繊維を羽釜から
上げて、水に晒して灰汁を抜く。ここでしっかり灰汁を抜かないと茶色い紙になってしま
う。冷たい水道の水を流しっぱなしにして晒し、時々揉むようにして灰汁を抜く。   
 晒し終わったカゾ皮をたたき台に乗せて6人の生徒が両側から叩き棒で叩く。こうして
繊維をほぐし、バラバラにする。リズムを合わせて叩くのが難しそうだが、日頃のストレ
ス解消にもなるのだろう、生徒達は何やら叫びながら思い切りカゾ皮を叩いている。時々
弾かれた材料が外に飛び出すが、かまわず叩き続ける。私も代わって叩かせてもらったの
だが、なかなか腕の力を使う作業で、大汗をかいてしまった。寒い夜でもこれをやってい
れば暖かくなったと思うが、女の人の力では大変な作業だったと思う。        

 午前中の作業が終わり、我々は校長先生に誘われて応接室で給食をご馳走になった。昔
なつかしい先割れスプーンがそのまま使われていたのには驚いた。昔と違って美味しい給
食で大満足の味だった。食べながらも、お二人に昔の話を聞く。           
「紙作りはどこん家(ち)でもやってたけど、あたしははたく(叩く)んがいやでさあ」
「大勢で手伝いっこしながら作ったもんだいね」                  
「若い娘がいる家には、若けえ衆(し)がえら手伝いに来るんだいねえ・・あはは」  
「夜仕事でさあ、明日漉く分を夜に叩いておかなくちゃいけないんだいね」      
「ちょうど今頃の時期さあ、お節句くらいまでやってたんかさあ・・」        
「春蚕(はるご)の掃き立てに間に合うように蚕飼紙(こげえがみ)を作ったんだいね」
和紙作り指導の堀口先生も加わって、にぎやかな昼食の時間だった。         

 午後の作業が始まった。紙漉きの道具をセットする。舟(水槽)を中心に枠、たて板、
紙置き台、簾を配置した。舟には水を入れ、叩き終わったカゾ皮と袋に入れたトロロアオ
イを沈める。カゾの繊維をバラバラにするため、君代さんがガブガブという混ぜ枠を両手
で使って、水と材料を撹拌する。更に細かく繊維を切るために切り棒で水を切って見せて
くれた。君代さんが鋭く切り棒を振ると、水がガブッという音を立てる。       
 やってみるとこれがじつに難しい。生徒たちがいくら素早く切り棒を振ってもザブンと
いう音しか出ない。水と一緒に繊維が舟の外に飛び出してしまったりして大苦戦。私もや
ってみたのだが、どうも上手く出来なかった。ここで水と繊維をよく切っておかないと均
一な紙が漉けない。                               
 君代さんはトロロアオイの入った袋を水の中で揉むようにして水にトロ味を加える。全
体に繊維が浮遊し、とろりとした液になったら準備完了で、いよいよ紙漉きに入る。  

 君代さんが紙漉きの手本を見せてくれた。下の枠に簾(す:目の細いスダレ)を乗せ上
に型枠を乗せ、3枚を両手でしっかりつかむ。垂直に立て、下から漉き水にそのまま入れ
て手前に起こして液をすくい、平らに戻しながら均一になるように液を全体に回す。余っ
た液は手前にはく(捨てる)。繊維が薄いようだったらもう一度同じ作業をくり返す。 
 枠を外し、簾を左の立て板に立てかけ、水分を流す。水が落ちたら右側の紙置き台に簾
を裏返しながら紙部分だけ重ねて簾をはがす。簾をはがしたら、手前にミゴを枕のように
置いて一枚の紙漉きが終了する。君代さんの流れるような手さばきを食い入るように見る
生徒たち。いよいよ生徒たちが紙漉きをする場面になった。             

 最初の生徒が君代さんの指導で紙漉きを始めた。緊張した面持ちだが、手順は頭に入っ
ているようで動きに淀みはない。ちょっと厚めだったがきれいに紙が漉けて大喝采。  
 最後の紙を簾からはがすところが難しい。簾は細いカヤの芯を編んで作ってあるのだが
、この簾を作る人がすでに無く、新しい簾が作れない。そこで教育委員会で修理しながら
使っているのだが、編んでいる糸が馬素という馬の尻尾の毛で、これが切れた部分を修理
出来ない。絹糸の細い糸に柿渋を塗って補修するのだが、馬素の切れ端があちこち飛び出
しており、簾を紙からはがそうとしても引っ掛かってしまうのだ。君代さんも苦労しなが
ら、一枚一枚慎重にはがすようにしていた。                    
 伝統技術を伝えたくても、技術も道具も一緒に伝えなければならないので、修理や保存
の問題が大きな壁になっている。こうした問題は紙漉きに限ったことではない。伝統技術
の全てが一度無くなれば復活することは難しい。それだけに、三田川中学の生徒が自分で
紙漉きをして卒業証書を作るという授業は、価値ある授業で本当に素晴らしいものだ。 

作業を終えて整列する生徒たち。本当にお疲れさまでした。 指導を終えてほっとひと息ついている君代さんとますゑさん。

 生徒が一人ずつ練習を終えて、いよいよ本番の卒業証書作りに入る。自分が気に入った
和紙を自分の名前入りで二年間保存し、卒業証書にする。緊張の作業が始まった。   
 一人一人が慎重に紙漉きを行い、簾のまま別室に運ぶ。別室の作業台の上に慎重に張り
替え、タオルを当てて上から紙ローラーで押して固める。そのまま放置すれば和紙が出来
上がる。左手を怪我していた生徒には守屋さんが左手を手伝ってやり、全員が無事に紙漉
きを終わらせた。みんな満足そうな充実した顔をしている。             
 最後に私もやらせてもらった。正直なところ自信がなかったのだが、たまたま一回でき
れいな紙が漉けたので嬉しかった。見るのと実際にやるのではまったく違っていて、貴重
な体験が出来た。君代さんとますゑさんも無事に終わってほっとしていた。      
「子供らがよくやってくれらいねえ・・」「ほんとにねえ・・」           
 最後に堀口先生が「この地区でなければ出来ない授業でした。この地区以外では伝統も
技術もなかったんです・・」と言っていたのが印象的だった。