山里の記憶57


川のりを食べる:山中マツヨさん



2009. 8. 25



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 8月25日、小鹿野町両神薄(すすき)の最奥、両神山荘へ川のりの取材に行った。山
中マツヨさん(70歳)に川のりの取材を申し込んでおいたところ、先日連絡があり、取
材ができそうだということでさっそく伺った。                   
 両神山荘に着くとすぐに写真を見せてくれた。昨日、友人と河原沢のとある沢に川のり
を採りに行ってきたとのこと。その時の写真がデジカメに写っていた。非常に珍しいもの
だが、河原沢では採って食べる人は少ないようだ。そこで採ってきた川のりだけでも取材
は出来そうだったが、せっかく来たのだから自分で採ってみたかった。        

川で川のりを採る。飛沫の当たる特定の岩に着く。 こんなに採れたよ、とザルを見せるマツヨさん。

 マツヨさんに頼むと、両神山荘の横の沢で川のりが採れるという。さっそく持参した沢
足袋に履き替えて沢に向かう。腰には魚籠を付けて本格的な身支度になっている。細い沢
だが、ご主人の龍太郎さん(74歳)が日当たりを良くするために両側の雑木を伐採して
おいてくれたのだ。日が当たらないと川のりは育たない。              
 沢に降りて何気なく流れに足を踏み込んだら「ほら、そこにあるんが川のりだい」と声
がかかって、思わず足を引っ込めた。足元を見ると確かに青のりのような物体が岩に付着
している。「これがぁ??」指でちぎってみたが、少し指先に残っただけ。それをしげし
げと見たら・・驚いたことに、確かに川のりだった。                
 私が想像していた川のりは、流れの中にゆらゆらとワカメのように漂っているものだっ
たが、見かけはまったく違った。藻のような1センチにも満たない小さな川のりを指先で
ちぎるように採るのだが、本当にわずかしか採れない。せっかく採っても水に当たるとあ
っという間に流れてしまい指にも残らない。必死になって採っていたら、見かねたマツヨ
さんも降りてきて、採るのを手伝ってくれた。結局、1時間くらいかかってやっと一枚作
れるくらいの川のりを集めることが出来た。                    

 採ってきた川のりをタライに移してゴミを丁寧に拾う。タライとザルを何度も移し替え
ながら石や泥を洗い流す。多少のゴミは問題ないが、小石や泥は少しでも入っていると味
が台無しになるので慎重に洗う。タライに泳いでいる川のりは本当にきれいな緑色をして
いる。こうして水に泳いでいるのを見ると、確かに川のりだ。            
 ゴミを拾い終わったら、水槽で紙すきの要領で漉く。専用の簀(す)はないので蕎麦の
角ザルを使ってやってみる。川のりを角ザルに入れ、枠の中で泳がし、均一に広げる。こ
の時に網のお玉を使って均等になるようにするのがよい。指で動かすと大きく動きすぎて
穴が出来てしまう。川のりが均等になったら、慎重に水から上げれば出来上がりだ。  

タライに泳がせてゴミを取る。緑色がじつにきれいだ。 スダレに川のりを並べるマツヨさん。

 水から上げた角ザルはそのまま斜めにして水を切りながら立てかけて乾す。残念ながら
まだ日が射していないので乾くには時間がかかりそうだが、一旦水から出したものに手を
触れることは出来ない。ひたすらこのまま乾くの待つだけだ。            
 その後は、昨日マツヨさんが採ってきた川のりを角ザルで同じように漉いた。こちらは
大きく成長していたので、包丁で刻んで、均一になるように漉いた。包丁で刻んだものと
刻まないものの差は乾くにつれて大きくなる。刻んだものは板状に乾くが、刻まないもの
は穴が大きくなってしまう。川のりが大きいままだと乾燥して引っ張られる度合いが大き
くて、最終的に穴が大きくなってしまうからだ。穴は小さい方が料理もしやすい。   
 角ザルが足りなくなり、マツヨさんは細い目のスダレを出してきて、その上に刻んだ川
のりを四角に並べ始めた。「こうすれば同じことだいね。昔は紙を貼る板に川のりを貼っ
たもんだったいねぇ」紙漉きをやっていたことは知らなかったので驚いていると「紙貼り
の板も今じゃ二階の廊下になってらいね」と笑う。見上げるとむき出しの二階のベランダ
の床が確かに紙貼りの板だった。                         

 乾き待ちの時間がちょうど昼近くになったので、そのまま昼休みにした。この時間を利
用してマツヨさんから昔の話を聞いた。マツヨさんは川のりが食べられることを19歳の
時、ここに養女で入った時に初めて知った。昔は7月22日が「農休み」の日で、その日
はまんじゅうを作ったり、着飾って実家に帰る風習があったという。その「農休み」の頃
から川のりを採って食べたそうだ。                        
 食べ方は、そのまま炙って醤油を付けて食べるのが一般的だった。うどんの増しやお吸
い物に青のりの代わりに使っていた。その頃はのり巻きなどは作っていなかった。佃煮状
に煮て食べる人もいたようだがマツヨさんはまだやっていない。           

 しばらく台所で作業していたマツヨさんが「まあ食べてくんない」と持ってきた料理に
川のりののり巻きが入っていたのでびっくりした。先に乾かしておいた川のりで作ったそ
うな。うっかり言うのを忘れていたので、お願いしてもう一度後でのり巻き作りを実演し
てもらうように頼んだ。のり巻き作りの写真がなくては始まらない。         
 料理は手打ちうどん、のり巻き、いなり寿司、岩茸の寿司、きんぴらごぼう、いんげん
の煮物、だいこんの煮物、カボチャの煮物、きゅうりの淺漬けとごちそうで、とても食べ
切れない。しかも、料理上手のマツヨさんだからどれもじつに旨い。また太ってしまう。

 食事してお茶を飲み、一休みしてから取材用にのり巻き作りを実演してもらった。すし
飯の量を見て、マツヨさんは乾した川のりを4枚持ってきた。中に詰める具をでんぶ、カ
ニカマ、ちくわと大葉と変えてみる。「普通に作ればいいんだいね」と言いながらじつに
手際のよい動きがスタートした。                         
 まず川のりをよく火であぶる。香りが立ってくるくらいよく焼いたほうが美味しいとい
う。調理台の上には酢飯を入れたボールと巻き簾が置かれている。簾の上に川のりを置き
、ご飯をさっとのせて広げる。中央に具を置いて簾でクルリと巻き上げる。あっという間
にのり巻きが出来上がった。                           
 「川のりはご飯によくなじむんだね。端っこもほら、こんな感じになじむんだいね」と
言いながら両端をクルリと丸めた。「どうしても湿気で溶けてくるから、早く食べた方が
いいやいねえ」「料理する時は手を濡らすとそれだけで溶けちゃうから、手は濡らさない
ようにするんだいね」話しながらも手は自在に動き、次ののり巻きが出来上がっていた。
「シソを入れてみたら美味しかったんだいね」最後にちくわと大葉を具にしたのり巻きが
出来上がった。マツヨさんは川のりを噛むときの「ぷちっ」という歯ごたえが好きだとい
う。龍太郎さんはあぶった香りがいいという。                   

 龍太郎さんが「おや、晴れてきたようだで」と声をかけてくれた。外を見ると明るい陽
射しがいっぱいに射している。外に出て乾しておいた川のりを見る。半分くらいが乾いて
いた。川のりは乾いてくると自然に簾からはがれてくる。              
 マツヨさんも出てきた。「良かったねえ、晴れて」「1時間もすれば乾くんじゃないか
ねえ」「気をつけないと、風で飛んでっちゃうかんねぇ」「昨日なんか乾いたのを犬が半
分くらいなめちゃったんだから、目が離せないんだいね」犬が川のりを食うのか?・・驚
いたが、考えてみれば当然のことだ。人間がこのまま食べられるんだから。      

乾いて簾からはがれた川のりはハンガーに吊って乾す。 川のりでのり巻きを作ってくれるマツヨさん。

 乾いた川のりは簾から外して洗濯ばさみでハンガーに吊す。こうするのが一番乾く方法
なのだ。洗濯物に並んで川のりが明るい陽射しをいっぱいに浴びている。乾く前にはがす
と壊れてしまうので、完全に乾いたものだけを移動させる。やはり、大きな川のりで作っ
たものは穴が大きくなっている。                         
 龍太郎さんが言う。「晴れて良かったいねえ、晴れねえとそのまま腐っちゃうことがあ
るからねえ。乾かずに二日もすると黒くなっちゃうんだいね」川のりは昔から天気の良い
日を選んで朝早く採りに行き、その日のうちに完全に乾かしたものだという。     

 川のりを民宿で出さないのかとマツヨさんに聞いてみたら、採れる時期が短いし、量が
少ないので出したことはないという。珍しい料理を作ってツアー客に出したことがあった
が、添乗員が料理の説明をしてくれと言うので説明しようとしたら、大半の客はもう食べ
てしまった後だった。「まあ、説明しても分かんないしねえ、仕方ないんだけど・・」確
かに珍しい食材でも、知らない人には何が何だか分からないだろう。「岩茸だって大変な
のに川のりまでは出来ないやねえ・・」マツヨさんのつぶやきだ。          
 よく乾いた川のりを2枚お土産に頂いた。一枚は自分で採った川のりで作ったもの。新
聞紙で湿らないように包み、丁寧にバッグに入れた。