山里の記憶49


手もみ茶:後藤あき江さん



2009. 5. 16



絵をクリックすると大きく表示されます。ブラウザの【戻る】で戻ってください。


 5月16日、以前から声をかけられていた「昔ながらのお茶作り」を体験する日だ。場
所は神川町矢納。本庄インターから走ること40分、車は山深い矢納の集落に到着した。
ここで「一Q会(いっきゅうかい)」という会を作り、地域啓発や様々な活動をまとめて
いるのが野口さん。3年前から昔ながらのお茶作りを一Q会で行い、その技術を伝承しよ
うとしている。今日は本庄市に住む宮里さんご夫妻がお茶作りを勉強に来るとのこと。 

 さっそくお茶摘みに行く。野口さんの軽トラで山に入り、急斜面を下ってお茶畑に到着
した。野口さんから「いいとこだけ取ってくんないね」と声をかけられる。新芽の三つ葉
を取っていたら「上二つだけにしてくんないね、お茶っ葉はいくらでもあるんだから」と
言われた。なんて贅沢なお茶摘み。本当に柔らかい二葉部分だけで作るお茶。なんだか楽
しみになってきた。腰のカゴにどんどんお茶の葉がたまっていく。          
 お茶を摘み終わったので、大きなカゴに移し、車でお茶作りの場所に移動する。場所は
今回お茶作りを教えてくれる後藤あき江さん(83歳)の家だ。あき江さんに挨拶をして
、庭に摘んだお茶の葉を運び、大きなザルに広げてゴミを拾い、堅い葉を選り分ける。 

お茶を摘む。二葉までだけを摘む、ぜいたくなお茶摘み。 豪華な昼食。みんなで作って持ち寄って、わいわい楽しく。

 葉の選り分けをしているうちに昼食の時間になり、家に入ると、そこにはみんなで作っ
てきたご馳走がズラリと並んでいた。「こうやって持ち寄って食べるのが楽しみなんです
よ」と宮里さんが言う。いつもこんな風に作ったものを持ち寄って昼食にしているのだそ
うだ。それにしても豪華な昼食だった。あき江さんは「あたしは何も作ってないんで、お
茶でも入れるから」と言いながらお茶を入れてくれた。               

 ご馳走を食べて、おなかいっぱいになったところで午後の作業開始。いよいよお茶作り
が始まった。6キロの生茶葉を5つに分ける。薪ストーブに火をつけ、大きな鍋に水をい
っぱい入れて沸かす。そして、湯が沸いたところから忙しい作業が始まった。     
 鍋の上に同じ大きさのフルイを乗せ、その中に生茶葉を入れてフタをする。あき江さん
は「20秒から30秒くらい蒸せばいいんだいねえ」と言いながらモウモウと湯気が立つ
なかで茶葉を菜箸でかき混ぜて、柔らかさを見ている。すぐにフルイを鍋から外し、横の
台の上のスダレにあける。待っていた宮里さんが「あちち」と言いながら揉む。揉むのは
簡単で、葉から粘りが出るくらいになればいい。2回目の蒸し茶葉は私が揉んだ。   

お茶の葉を蒸す。時間はほんの20秒ほどで台にあける。 あき江さんが茶葉を動かす実演をしてくれた。じっくり見る。

 全部の茶葉が蒸し終わる前に、乾燥台の設置が始まった。こちらは野口さんが担当で、
慣れた手順で台が組み立てられて行く。バケツを2個伏せて台にして、その上にドラム缶
を半割りにしたものを乗せ、その中に炭を入れる。炭には火が付けられ、赤々と熾きてい
る。ドラム缶の上に平らな乾燥台が乗せられた。木枠の下側にトタン板を張り、内側に紙
を糊で貼付けたものだ。もちろん、炭火の熱ですぐにトタン板は熱くなる。その上で生茶
葉を何時間もかけて乾燥させるのだ。常に混ぜ合わされるように茶葉を動かしながら乾燥
させる。口でいうのは簡単だが、油断すると火傷することもある。          

 全体の半分の生茶葉を台の上にあけて広げた。すぐにあき江さんが混ぜ始める。その動
きをじっと見て、感覚を頭に覚えさせる。しばらくして宮里さんに交代する。そして次は
いよいよ私の番だ。手の動きをまねて茶葉をかき混ぜる。まだまだ茶葉は濡れていて重い
ので、上下を切り返すように混ぜる、何度か小指がトタン板をこすって熱い思いをしたが
、気にせず続ける、何せ、動きを止める訳にはいかないのだ。こうして交代しながらずっ
と茶葉を動かし続ける。まだまだ葉は柔らかく粘るので、手にへばりつく。手がお茶の成
分の為なのか、ツルツルになってきた。                      

 二人ずつ向かい合わせになって息を合わせて茶葉をかき混ぜる。だんだん固まりがほぐ
れるようになってきて、手にへばりつく茶葉が少なくなってきた。そのまま混ぜ続ける事
一時間半、3時になったところであき江さんから声がかかり、休憩にすることにした。 
 乾燥台はドラム缶から下ろし、トタン板が冷めるまでかきまぜる。焦がすのだけは避け
なければならない。トタン板が冷めたのを確認して家に入る。            
 コタツの上には様々なご馳走が並んでいた。二年前に作ったお茶をあき江さんが入れて
くれた。甘くておいしいお茶だった。宮里夫妻はこの味に魅せられて、手もみ茶作りを勉
強に来ている。あき江さんの話では、まだまだ時間がかかるらしい。今日は曇り空で小雨
もパラつくような空模様で湿度も高い。こんな日はなかなか茶葉も乾燥しない。昨年は天
気が良くて、ドラム缶の火も強く、茶葉が乾燥するのも早かったが、あまりに乾燥が早す
ぎて最後に焦げが入ったのか、味がよくなかったという。じっくりじっくり乾燥させない
とダメなのだ。                                 

 休憩後すぐに作業再開。新たに炭を熾し火力を調整して、乾燥台に残り半分の茶葉を入
れてかき混ぜ始める。先ほど下ろした分と同じ状態まで乾燥させ、最後は一緒にまとめて
乾燥させるのだ。まだまだ気が遠くなるような時間が必要だ。3人で交代しながらひたす
らかき混ぜる。新しく熾した炭の勢いが強すぎて、トタン板が熱くなり過ぎ、貼ってある
紙が焦げてきた。あわてて乾燥台を下ろし、炭火を半分くらい取り除いた。火力が強すぎ
ると茶葉が焦げてしまうので火力の変化には細心の注意を払う。           
 3人で交代しながらテンポよく茶葉を乾燥させる。前回のものとほぼ同じ乾燥状態にな
ったので、前回の茶葉を加えて混ぜる。量は最初の半分くらいになっている。宮里さんが
まだまだ先は長いよと笑う。2年経験しているから、この先の大変さもよく知っている。

 交代で休んでいる時間にあき江さんにいろいろ話を聞いた。あき江さんは太田部の出身
で、3人の子供がいる。6年前にご主人の三郎さんを亡くし、今は犬と二人で暮らしてい
る。娘さんが「ひとり暮らしなんだから」と心配して、色々持って来てくれるのが有り難
いと笑っていた。昔のあき江さんは養蚕と牛飼いが主な仕事だった。         
「おかいこをやってたんで、お茶摘みなんかは他の人がやってくれたんだいねえ」   
「お茶作りはみんなで交代でやるんだけど、朝早くから夜遅くまでやって一貫目のお茶を
作ったこともあるんよ」「誰がやっても、どうしたって時間はかからいね」      
 野口さんが言う。「普通の家のお茶は、一年分作るんで堅い葉も混じって、味も渋いも
んだったけど、あき江さんと三郎さんが作るお茶は何ていうか、含みがあってうまかった
んだいねえ」「こういう技術を残さなきゃあって思ってやってるんですよ」      

 いつしか辺りは暗くなり、乾燥台の茶葉も乾いた音を立てて来た。腰も痛くなってきて
いたので「そろそろですかね?」と聞くと、宮里さんから「まだまだ!」と即答された。
 茎をつまんで「まだほら柔らかいでしょ、これがパキンって折れるくらいにならないと
ダメなんですよ」と教えられる。確かにまだ茎は柔らかい。             
 作業場に電気が点けられた。もうかれこれ6時間くらい同じ動作を続けていることにな
る。手もみ茶作りがこれほど大変なことだったとは知らなかった。これだけやっても最後
の仕上げで失敗することもある訳で、これは大変な作業だ。             

暗くなっても作業は延々と続く。やっと乾いた音になってきた。 最後の仕上げをするあき江さん。ここは人任せに出来ない。

 あき江さんが最後の仕上げに入った。さすがに最後は人任せにしない。「最後の30分
が大事なんだいねえ。焦がさないようにするんだいね」とあき江さん。最後の見極めは柔
らかい葉が無くなることと、葉が白っぽくなることだ。最後の30分は全体を揉むように
する。これは針状にするのではなく、細かく砕くことが目的だ。           
 「そろそろかね」というあき江さんの声を合図にみんなで最後の揉み込みをする。これ
は砕くのが目的。その時も全体をかき混ぜながら揉む。最後に焦がしたら、今までかけた
時間がすべて無駄になる。あき江さんの合図で乾燥台が火から外され、手もみ茶が完成し
たのは夜7時半。6キロあった生茶葉から1、2キロの手もみ茶が出来上がった。   

 片付けを終え家に入ると、あき江さんが出来立てのお茶を入れてくれた。7時間かけて
自分で作ったお茶を頂く。色もきれいだが、香りがすごい。味はもう、何といったらいい
のか自分でも分からないくらい旨い。舌全体からしみ込むようなお茶の旨味。お茶を味わ
うというのはこういう事か、と再認識するくらい普段のお茶と違う味。宮里さんが夢中に
なる気持ちがよく分かった。私の分として二百グラムのお茶を頂いた。家に帰ってじっく
り味わうことにしよう。