山里の記憶35


日本ミツバチの話:山口一夫さん



2008. 11. 5



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 埼玉県児玉郡神川町矢納、冬桜で有名な城峯公園のほど近く、山深い集落の最奥に山
口一夫さん(75歳)の家があった。11月5日、日本ミツバチの採蜜を見せてもらう
為に伺った。一夫さんは庭先で鋸のサビ落としをしていた。挨拶をすると、家に招かれ
、炬燵に入ってくつろいだ。奥さんの文子さん(70歳)がお茶を入れてくれ、色々な
話に花が咲いた。日本ミツバチと西洋ミツバチの違いなどの話を一夫さんから聞いた。

 日本ミツバチは年に一度だけ採蜜する。西洋ミツバチは訪花の一定性があって、花毎
の蜂蜜が採れるが、日本ミツバチは全部の花蜜が一緒になったものしか採れない。全て
の花蜜が混じっているから美味しいのだという。買うと値段も5倍くらいする。しかし
、大々的に蜂蜜を採るのは西洋ミツバチがほとんどで、日本ミツバチは山間部で自家消
費用に細々と飼われているにすぎない。一夫さんは日本ミツバチの養蜂を15年くらい
やっている。毎年新しい巣箱を作り、蜂蜜を採るが売るほどは採れない。      

 話が一段落したところで巣箱から採蜜することになった。一夫さんの巣箱は自宅二階
の屋根に設置してある。屋根に登って巣箱を見る。蜂はいない。聞くと、事前に硫黄を
燃して追い払っておくのだそうだ。巣箱は桐の丸太をくりぬいたもので、太さ35セン
チ、高さ52センチの大きさだった。巣箱を二階から下ろして中をのぞき込む。巣は天
井板からぶら下がるような形で何層にもなっている。日本ミツバチの巣箱をのぞき込ん
だのは初めてだったので、どう蜜が溜められているのか興味深かった。巣箱をのぞき込
んだ文子さんが「あら、今年は少ないみたいねえ・・・」とつぶやいた。      

道の一番奥の下に一夫さんの家があった。巣箱が見えたので分かった。 ミツバチの巣を下ろして中を確認する一夫さん。

 一夫さんが、先ほどサビ落としをしていた鋸を差し込んで巣の両側を切り離し、巣を
取り出した。大きなボールに入れた巣を見る。一夫さんはバラバラと中身の無い部分を
折り取って捨てる。「なめてみるかい?」とキラキラ光る巣をひとかけら渡された。口
に入れると鮮烈な甘さが広がった。「うっわ、甘っ・・何ですか、これ・・」今まで味
わった蜂蜜とは格段に違う甘さで驚いた。一夫さんは次々に巣を取り出してボールに重
ねていく。ボールが蜂の巣でいっぱいになった。                 
「今年は良くないねえ・・いつもだったら3升くらいは採れるんだけんどねえ。この辺
は杉が多いんで少ないけど、いい木がある所だったら5升くらいは採れらいねぇ」  

 死んで巣に残った蜂や蜂の子つまみだし、蜜の多い部分だけを残して捨てる。蜂の子
などは残したまま絞る人もいるが、一夫さんはなるべく取り出してから絞る。    
「蜂の子があると味が濁らいねえ。それに、後で蜂蜜が傷む原因になるからねえ・・」
 ビニール手袋をしてボールの巣を両手でつぶす。つぶした方が蜜が出やすくなるから
だ。両手の手袋が蜂蜜まみれになる。ボールの蜂蜜と潰された巣の固まりを布に移して
ヒモで縛って天井から吊ると、下に置いたボールに蜂蜜がサアーっと落ちてくる。糸を
引くように落ちてくる蜂蜜を見ていると不思議な気持ちになる。この蜜を、あの小さな
ミツバチが一年かけて集めてきたのだ。一年分の山の恵みが今、したたり落ちている。
 粗い目の布から絶え間なく流れ落ちる蜂蜜。絞り終わるのは何時間もかかる。力を加
えて絞ることはなく、あくまで自然に落ちるのを待つ。遠心分離器などを使うことなく
、蜜が採られていく。これを再度木綿の袋で絞ったものが保存されることになる。  

巣を砕いている一夫さん。これを布に包んで吊る。 炬燵でいろいろな話を聞かせてくれた、奥さんの文子さん。

 蜂蜜を落としている時間に炬燵でお茶を飲みながら二人の話を聞いた。一夫さんは上
流の上野村出身で29歳の時に結婚してここに来た。「家つきだったんさあ・・」と笑
う文子さん。「おとうさんは上野村の出なんで、昔の事をよく知ってらいねえ・・」
 一夫さんは造園の仕事を昭和35年からやっていた。最初は一人でやっていたのだが
、平成になってから会社に入って造園の仕事をした。主に石組みの仕事をしていた。経
験がものをいう石組みの現場で若い人を指導するのも大変な仕事だった。3〜4人組で
仕事をするので休むことがなかなか出来なかった。この仕事が72歳まで続いた。今は
退職して悠々自適の生活をしている。                      

 日本ミツバチの養蜂を始めたのは15年前、会社の人に教わって始めた。その人は、
遠く福島県まで行って分蜂群を集めてくるほど熱心な人だった。日本ミツバチは山野に
生息しているミツバチを巣箱に取り込んで飼育する。春の4月から5月にかけて古い巣
から出て分蜂する性質があるので、ミツバチの巣がある場所やミツバチが良く飛んでく
る大きな木の下などに巣箱を置いておくと、運が良ければその分蜂群が入る。慣れてく
ると7〜8割の確率でミツバチの群れを手に入れる事が出来るようだ。       

 ミツバチの天敵はスズメバチだと思ってその事を聞いたら、一夫さんから意外な言葉
が帰ってきた。「一番の天敵は巣虫だいねえ。巣の下に落ちた巣のくずから涌くんさあ
、でかくなると4センチくらいならいねえ。巣をみんな食っちまうんさあ。そいつ入る
とミツバチは巣を捨てるんだいねえ。あれが一番の天敵だなあ・・・」巣虫を防ぐには
まめに巣を掃除するしかないということだ。                   
 まれにハクビシンやササグマ(アナグマ、マミ、ムジナともいう)が蜜を食べに来る
。ツキノワグマはここでは見かけない。イノシシやシカは蜂蜜を狙わない。日本ミツバ
チの特性なのだが、キイロスズメバチやオオスズメバチを集団で撃退する方法を身につ
けている。集団で襲いかかり蜂玉となり、胸の筋肉をふるわせて高温を発生させ、殺し
てしまうのだ。その手段を持たない西洋ミツバチは、スズメバチにおそわれると全滅し
てしまう。特にオオスズメバチは驚異だ。                    
 対抗手段を持っているとしても、何度も襲われれば巣を捨ててしまうのも日本ミツバ
チの特性だ。巣を捨てさせないようにする為、巣の近くに蜂トラップを仕掛ける。砂糖
、酢、酒、オレンジジュースなどで作った液体をペットボトルに入れ、穴を開けて誘引
するものだが、不思議な事に、ミツバチは掛からない。スズメバチや昆虫だけが中に入
る。こうして捕らえたオオスズメバチを蜂蜜に漬け込んで売る人もいる。      

 一休みした後、一夫さんが巣箱を作るのというので手伝った。一夫さんが用意したの
は太さ27センチ、長さ60センチの桐の丸太。まずはチェーンソーで丸太の中央をく
り抜く作業にかかる。両側から何度も刃を突っ込み、中央の芯をくり抜く。丁寧に確認
しながら何度も突っ込みを入れる。ちょっと加減を間違うと切り出してしまい、元も子
も無くなってしまうので、細心の注意を払ってチェーンソーを扱い、太い芯を抜く。 

 次は「突きノミ」という鉄の棒で少しずつ内側を削る。この「突きノミ」は1、5メ
ートルの長さで、重さは約5キロはあろうかという、鉄の棒の先が鋭い刃になっている
もの。これを両手で持って、狙いを定めて突く。食い込むとなかなか抜けず、大汗をか
く。何度も突いていると両腕がパンパンになって、汗が額から噴き出してくる。   
 上着を脱いで、額にタオルを巻いて突き続ける。一夫さんは75歳の体でこの鉄棒を
扱うのだから凄い。「これは冬の寒い日にやるんがいいんだいねえ。こんな暖かい日に
は汗ぇかいちゃわいねえ・・」交代しながら少しずつ削る。両側から削って、大きな塊
が削れると「おお〜〜取れたあ・・」と声が出て、達成感が湧く。         

チェーンソーで丸太を突き切る一夫さん。慎重な作業。 最後に道まで送ってくれた。ありがとうございました。

 あらかた突きノミで削ったら、次はバールをハンマーで叩いて、少しずつ削る。両側
から少しずつ削り、厚さを4〜5センチくらいにする。これも根気のいる作業だ。  
「本気で1日やって、1個出来るかどうかだいねえ・・・」と一夫さん。      
バールで削り終わったら、最後の仕上げはバーナーを使って内側を焼く。内側を焼いた
丸太の天井部分に板を取り付け、密閉するのが次の作業だ。今回はそこまで出来なかっ
た。内側を焼くのは不自然な匂いや感触を無くし、ミツバチが自然に入り込むようにす
る為のもの。もちろん消毒の意味もある。ミツバチは薬品臭を極端に嫌うので薬品での
消毒や防虫が出来ないからだ。                         

 「もういいだんべえ。休んべえや。汗ぇ拭きないね・・・」と一夫さんから声がかか
り、休むことにした。炬燵に戻り、お茶を頂く。巣箱を一つ頂けることになったので真
剣にその使い方を聞く。果たして、まったくの素人に日本ミツバチが飼えるのか?? 
 何だかとてつもなく大きな宿題を抱えたような気分になった。