山里の記憶32


木鉢を作る:山中誠二さん



2008. 9. 28



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 9月27日と28日の二日間、秩父市中津川の「彩の国ふれあいの森・木鉢作り体験
教室」に参加して木鉢作りをしてきた。以前から木地師の仕事に興味を持っていたので
機会があったら木鉢作りをしたいと思っていた。そういう意味では満を持しての参加だ
った。参加者は私の他に横浜から来たという蕎麦打ちの男性、東松山から参加した年輩
の女性2名の合計4名で木鉢作り体験教室の開催となった。この日講師として指導して
くれたのが山中誠二さん(67歳)だった。                   

木鉢作り体験教室の会場、中津川森林科学館の外観。 材料のイチョウは48センチ、15000円なり。生木で重い。

 5個の材料が準備されていた。私は48センチの材料を選び、作業場所へと運んだ。
各自の作業場所には道具箱が置かれており、中には丸ノミ、金槌、手斧【ちょうな】(
ツボウチともいう)、平打ち(ヒラクチともいう)、鑓鉋【やりがんな】(ササガンナ
ともいう)などが入っていた。使った事のない道具が多い。            
 重いイチョウの生木は丸く荒木取りしてあり、すでに縁の丸い線が引かれていた。そ
の内側にはチェーンソーで浅く格子型に切れ目が入れてあった。          
「まずは縁の内側5ミリくらいをノミで丸く打ち込んでから削ってくださいね。そうし
ないとうっかり縁が割れることがあるんでね」                  
誠二さんの声がかかり、それぞれの作業が始まった。               

 縁を線に沿ってノミで打ち込み、その内側を削る中ぐりの作業が始まった。小菅の山
小屋作り以来のノミ使いに最初は緊張したが、すぐに慣れてテンポ良く削る作業が進む
。生木なのでノミの刃が気持ち良く入る。ノミも良く研いであって切れ味がいい。  
 チェーンソーの削り跡はすぐに削りきり、その後はノミではなく平打ちを使って彫り
進む。音が金槌の音から斧の音に変わった。                   
 ノミも平打ちも木の逆目にならないように気をつけ、常に順目になるように打ち込む
。夢中になって彫っていると額から汗が落ちてくる。バンダナを巻いて汗止めにして作
業を続ける。平打ちは片手で使う唐鍬のような感覚で、打ち込んでこじる。深く彫るに
は最適の道具だ。打ち込む時のコーン、コーンという高い音が室内に響く。     

 あっという間に時間が過ぎ、誠二さんから「10時休みにしましょう」と声がかかっ
た。お茶が入れてあって、お茶受けにアカンボウ(マスタケ)の油味噌炒めが出された
。これは本当に美味しくて何度もおかわりした。お茶を飲みながら聞く誠二さんの話が
面白い。都会の人を相手に話が出来るというのは、地元でも貴重な存在なんだと思う。
 ここには「こまどり会」という地元ボランティアガイドの団体があり、こうした体験
教室などの指導員として様々な活動をしている。誠二さんもその一人だ。      

 休憩のあと誠二さんが手斧【ちょうな】の使い方を実演してくれた。さっそく真似を
してやってみる。初めて使う道具だが、その切れ味と使い勝手の良さに驚かされた。木
の内側を丸く削るには最適の道具だ。面白いように内側が削れていく。       
 中ぐりを進めていくうちに赤身部分と白太部分の違いが大きいことに気づかされる。
赤身の部分は芯材で、これが多いとひずみが出るので嫌われる。削るのも堅くて大変だ
。材料選びは慎重にしないとこうして作業が大変になる。午前中は中ぐりの途中までで
作業が終わった。                               

 昼食は宿泊する「こまどり荘」の食堂で食べた。誠二さんと一緒になったので色々話
を聞くことが出来た。木地師は昭和40年くらいまで中津川で活動していた。作った木
鉢などは栃本とは別の卸に出していたようだ。誠二さんが木鉢作りを教わったのは「こ
まどり会」の先輩からだった。色々話しているうちに、ふと滝沢ダムの話になった。 
 「滝沢ダムが出来て道が良くなったいねえ。若いもんにはいいことなんだろうけど、
年寄りにはどうなんだかねえ。下(しも)へ出ちゃった人は早死にするったいねえ。年
寄りは土地から離れたら生きちゃあいけねえかんねえ。知り合いがいなくなって、生ま
れ育った場所がなくなったら死んだも同然だいね・・・」             
「ダムだって、試験たん水の時点であちこち地滑り起こしてるしねえ。いったいどのく
らい金がかかるんだか・・・まったくバカなことをやってらいね・・・」      
滝沢ダムが出来て、中津川はダムの奥の村になってしまった。           

手斧【ちょうな】の実演をする誠二さん。 初めて使う道具、やりがんなの使い方を実演してくれた。

 午後の作業が始まった。誠二さんが鑓鉋【やりがんな】の使い方を実演して見せてく
れた。鮮やかな手さばきで内側が削られていく。削られた木屑がクルクルと丸まって溜
まっていく。さっそく真似してやってみたが思うように削れない。堅い赤身の部分では
まるで削れない。白太の部分で削って鑓鉋【やりがんな】に慣れる。何度も削っている
うちにコツが分かってきた。削り慣れてくると、シュッ、シュッという音が出て、刃が
進む時に木の水が飛ぶようになる。生木なのだということが良く分かる瞬間だ。削れる
ようになると、これもじつに面白い。                      

 誠二さんは女性参加者の木鉢を削っている。力の弱い女性には木鉢作りは大変だ。誠
二さんの手伝う場面が多くなる。次は外側を電気鉋【かんな】で削り始めた。電気鉋の
モーター音が室内に響き渡る。木屑が見る見る溜まってすごいことになっていった。ど
んどん木鉢の形になっていくのが面白い。回しながら少しずつ削って形を整えていく。
 私も電気鉋を持ち出して外側を削り始めた。一日重いものを振り回しているので腕も
肩もバリバリになってきた。鑓鉋【やりがんな】を使っているときに出来た両手のマメ
が痛い。電気鉋を使うのは緊張するので、休みながら使う。腕と腰が痛く限界に近い。
 「もう今日はこのくらいにしましょう」という誠二さんの声が聞こえた。午後4時半
で本日の作業終了。いやあ、疲れた。道具を片づけて掃除をする。木屑にまみれた体を
払い、腰を伸ばす。脇腹と腕と腰が痛い。木鉢作りがこんな大変な作業だったとは思わ
なかった。宿泊するこまどり荘にチェックインして、すぐに着替えて温泉に浸かってや
っと人心地ついた。                              

 翌朝8時に作業場の鍵が開いた。さっそく中に入り、昨日の続きの作業を開始する。
誠二さんはまだ来ていないが、待っていられない。今日は裏側の削りが主になるので、
きちんと底から削り始める。中心点からコンパス定規で丸く線を引き、底の縁を決める
。丸ノミで糸底を作る感覚で削り始める。底は今は平らだが、乾燥してゆがむと修正が
大変なので先に中心を削っておく。どうせ削るならと丸ノミで鎌倉彫のように削り跡を
残して削っていると、そこにやってきた誠二さんが「おお、甚五郎だねえ・・」と声を
かけてくれた。底の縁が出来た後は、縁に沿って電気鉋で全体を整える。      

 10時になったので休憩し、お茶を頂く。今日は中津川芋の味噌炒めときゅうりの漬
け物、こんにゃくがお茶受けに出てきた。どれも美味しい。この料理だけで取材したい
くらいの美味しさだ。休憩中に色々な話が出た。誠二さんはむかし土木関係の仕事をし
ていた。埼玉副都心の建設工事現場では大型ユンボを扱い、毎日200台のダンプカー
を相手に残土を積み込むという大変な仕事をしていた。中津川に帰ってきて森林組合の
仕事を始め、今年で定年になるという。都会で働いていた経験が、こういう都会の人を
相手に指導することに生きている。                       
 「先生はおいくつなんですか?」という参加者の問いに「80歳さあ」と答える茶目
っ気も併せ持っている。様々な人が集まるイベントや企画にうってつけの人だと思う。
 「道具の手入れが大変なんだよ」と言う。特殊な道具ばかりで、どれも切れ味が素晴
らしいのは、日頃の手入れがきちんと出来ているからだ。我々がすぐに使えるというこ
とは、その前に研いでもらっているからだと知らなければならない。        

休憩中の参加者。出されたお茶請けが美味しかった。 大きな60センチ木鉢の削り方を相談する参加者と誠二さん。

 休憩後は仕上げに入った。私は誠二さんの「甚五郎だねえ」の言葉に励まされて、丸
ノミで全体を刻むことにした。どうせ作るなら自分のオリジナルをと考えていたので、
ひとノミ毎に神経を使い、全体を鎌倉彫りのように彫り上げた。一日半で出来上がった
私の木鉢は自分でも納得できる出来上がりだった。誠二さんの指導の賜物だ。    
 生木のイチョウは特殊な臭いがするが、この臭いは一年間乾燥することで無くなる。
出来上がった木鉢は新聞紙などに包んで日陰で一年間乾燥させ、その後、仕上げの削り
と塗りに入ることになる。漆塗りが最高だそうだが、まだ一年先の話なので、ゆっくり
方法を考えようと思う。