山里の記憶198


縫製名人:橋本紀子(みちこ)さん



2017. 5. 10


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 五月十日、秩父の上吉田に縫製名人の取材に行った。取材したのは橋本紀子(みちこ)
さん(七十七歳)だった。紀子さんは帽子や布製バッグ作りの名人で、伺ったお宅には何
百という製品が置かれ、さながらショールームのようになっていた。         
 紀子さんが作った帽子やバッグは吉田の道の駅「龍勢会館」や皆野道の駅で販売してい
るとのこと。自他ともに認める縫製名人だった。帽子やバッグにとどまらずシャツや洋服
なども簡単に作ってしまう人だった。                       

 お茶をいただきながら話を聞いたのだが、物作りへの情熱があふれ出るような話が続い
た。本人曰く「何かしら作っていたいんだぃね…」とのこと。作りたくて作りたく手が止
まらないのだそうだ。次から次へと帽子やバッグを作ってしまい、その結果が家の中に山
と積まれた帽子やバッグになったという次第。                   
 子どもの頃から作ることが大好きだったという紀子さん。父親が竹細工をする人で、馬
籠やデーマン籠を作ったりするところをずっと見ていた。父親はよく頼まれて泊まり込み
でデーマン籠を作りに出かけた。大きな籠の中に入って籠編みをしている写真があったと
いう。そんな父親の影響を受けたのではないかと紀子さんが言う。          

 話している時にご主人が帰ってきたので挨拶する。ご主人の傳二(でんじ)さん(八十
二歳)は木工の名人だった。折りたたみ式の椅子や脚立を見せてくれた。安定していて折
りたためるという優れもの。加工精度が素人とは思えない。足つきのまな板や着物の帯を
使った折りたたみ椅子などなど。これは年に一度十一月三日の「吉田文化祭」で展示販売
するのだそうだ。毎年ここに出品するのが楽しみで「今年は何を出すべえか考えてるんだ
ぃね…」とのこと。                               
 もの作りが大好きな夫婦の会話は弾む。傳二さんが竹で作った熊手があるというので見
せてもらった。昔、子どもの頃に使っていた熊手で、落ち葉をかき集めるためのものだ。
竹の先の曲がりを揃えるのが難しい。これをまた作るというので、十月の熊手作りを取材
させてもらえる事になった。意外な展開で新しい取材が決まった。          

炬燵でものつくりが大好きなご夫婦に話を聞く。 隣の部屋には帽子やバッグや巾着袋、お手玉などがたくさん。

 隣の部屋は帽子やバッグが置かれ、さながらショールームのようになっていた。紀子さ
んがたくさんの帽子やバッグの作り方を説明してくれた。そのバリエーションがすごかっ
た。他にも収納ケースにいっぱい詰まった巾着袋やお手玉を見せてくれた。      
 巾着袋はグランドゴルフの景品に使ったり、みんなに配ったりしている。お手玉は幼稚
園や小学校でお年寄りと触れあう時間があり、その時に使うもの。子どもたちも喜んでく
れるという。                                  
 学校から餅つきをしたいから臼を貸してくれと言われて「つく人もいるだんべぇ…」と
二人で出かけて餅つきをやったこともある。立ち臼で餅をつく家が少なくなって、子ども
たちの中にも餅をつく姿を見たことがない子が多い。みんなでやった餅つきは本当に楽し
かった。「みんなでわいわいやるから、餅が冷めちゃったけどね…」と紀子さんが笑う。

 母屋と別棟にある紀子さんの工房を見せてもらった。三台のミシンと作業机があり、そ
の周囲は山と積まれた材料の布や道具類に囲まれていた。周囲や空間は製品がこれでもか
という感じで吊り下げられていて、何がどこにあるのか本人にもわからないようだ。  
 「網代編みで作ったきれいなバッグがあったんだけど、どこに入れたかわからなくなっ
ちゃって…」と探してみるが結局わからなかった。これだけ積まれていては確かにそうな
りそうだ。「また作ればいいんだけどね…」と本人はあまり気にしていない。     
 材料になるものは何でも集める。男性用のコートや背広は帽子やハンチングの材料にな
る。着物や帯は布製バッグの材料になる。「こういう事をやってるんで、レースや着物を
くれる人がいっぱいいるんだいね…」とのこと。                  

 紀子さんがもふもふバッグの作り方を教えてくれた。手触りがすごく良くて気になって
いたバッグだった。三十センチ×四十センチくらいの材料の布を四枚重ねて七ミリ幅に斜
めにミシンで全体を縫う。縫って重ねた四枚のうち上三枚をハサミで切り、洗濯機にかけ
ると表面がもふもふの生地が出来上がる。それを縫ってバッグに仕立てる。生地の重ね方
で模様が変わる。一番上に欲しい色や柄を置き、下三枚は無地を使うと狙い通りの材料に
なるとのこと。この材料を使って作ったバッグは、手触りがもふもふで面白い。    

畳の縁を材料に作った手提げバッグ。とても丈夫だ。 布ベルトを編み込んで作った手提げバッグ。網代編みもある。

 材料で面白いのは、畳の縁で作ったバッグ。これはとても丈夫そうで、見た目には畳の
縁とは思えない出来上がりだ。着物の帯で作ったバッグは金糸銀糸がキラキラしたきれい
なバッグに変身した。大きなゴブラン織りのテーブルクロスは何でも入る大きなバッグに
変身した。学生スカートの生地とエプロンの端切れで作った手提げバッグはシックな出来
上がりの手提げバッグになった。男物の着物で作ったバッグも高級感のある手提げバッグ
に変身した。花柄のパターン生地の花柄を切り抜いて花柄ポシェットに仕立てた。   
 接着芯を布で包み、何本ものベルト状のものを作り、柄を見ながら編み込むバッグも良
かった。竹細工のような編み込みを布ベルトでやっているのが斬新だった。取っ手も同じ
布ベルトで作っているので柄と一体化している。                  
 バッグの形は紀子さんが自由に作る。どんな形でもバッグに出来るという。模様や柄を
バッグのどの位置に出すかで出来上がりの雰囲気が変わる。細かい神経を使うのは、どう
配置するかというデザイン感覚だ。                        

 材料がどんどん溜まって、何がどこにあるのかわからなくなるのが困ったことだ、と笑
う紀子さん。頭の中では「この柄はあそこに使える…」と、どんどん製品化しているのだ
が、手が追いつかない。新しい形のバッグを見ると、あれを作ってみようと作り出す。 
 若い人が肩掛けにするバッグを見せてくれ「孫にいいかさあって作ってみたんだぃね」
と笑う。どんどん新しいものに挑戦している。                   
 小鹿野にあったクラホウという会社を整理する時に大量のワイシャツやポロシャツをも
らった。ボタン穴加工がしていない未完成品だが、充分に着られるシャツだ。近所の人に
配ったり、畑仕事や山仕事用に着ている。このシャツも材料にすることがある。    

 家に戻って昔の話を聞いてみた。紀子さんはこの家で生まれた。小学校・中学校は目の
前にある学校だった。「よく人に裏口入学だったんさぁ…って言ってたんだよね…」と笑
う。裏口は裏口でも本当の学校の裏口だ。学校は今、埼玉機器の工場になっている。  
 家の仕事は農業で、お蚕は年に三回から四回やっていた。春蚕・夏蚕・秋蚕・晩秋蚕と
やるとお蚕の横で寝るような生活だった。当時はみんな同じだった。父親は前述のように
竹細工をやる人だったので忙しかった。紀子さんも作り物は大好きだったのでいろいろな
ものを作っていた。道の横に生えていた道芝を使ってぞうりなどを作ったこともある。 
 一方、傳二さんは倉尾の馬上(もうえ)で生まれた。五人兄弟の二番目だった。二人は
飯田の八幡様で知り合い、中学を卒業して五〜六年付き合い、結婚した。傳二さんが二十
八歳、紀子さんが二十三歳の時だった。当時珍しい恋愛結婚で、傳二さんが紀子さんの家
に婿として入った。結婚前、四Hの仲間と山遊びに行ったりしたことも覚えている。  
 夫婦でよく働き、三人の子どもを育て上げた。紀子さんのもの作りもその役に立った事
だっただろう。「いつも作ることは好きで、何かしら作ってたからねぇ…」と紀子さんは
昔をふり返る。                                 

このミシンの他に二台のミシンがある。これで何でも作る。 大好きな柄のチュニックを持って笑顔の紀子(みちこ)さん。

 帽子は型を同じにして五個くらいを一緒に作る。柄をどう変えるかが楽しい。ミシンは
集中して使い、テレビを見ながら仕付けなどの簡単な作業をしたりする。       
 洋服作りも好きで、材料の柄を見ながら作るチュニックがお気に入りだ。紀子さんが作
ったチュニックが好きな先生がいて、いつも着てくれていた。それを見るのが嬉しかった
。お気に入りのチュニックを満面の笑みで持つ紀子さんを写真に撮った。       
 これからやりたい事は? と聞いたところ、メッシュワークという答えが返ってきた。
細い布ベルトを何本も作り、縦・横・斜めに編み込んで作るバッグだ。柄の濃淡で幾何学
模様になるというもの。「ピンで止めたりしながら編み込むんだぃね。出来上がるとこん
な感じになるんだぃね…」と本の写真を見せてくれた。素晴らしい模様のバッグだった。
 「まだまだ作りたい物がいっぱいあるんだぃね…」と笑う紀子さん。その創作意欲はま
すます燃え上がっているようだ。次に会う時はどんな作品が出来ているのか楽しみになっ
てきた。