山里の記憶192


縄作り:大畑忠夫さん



2016. 10. 29


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 十月二十九日、秩父市寺尾の萩平という耕地にワラ縄作りの取材に行った。取材したの
は大畑忠夫さん(八十六歳)で、昔から使っている足踏式製縄機(せいじょうき)を使っ
ての縄作りを見せていただいた。自宅前に置かれた足踏式製縄機を動かしながら縄作りや
いろいろな話を伺った。                             
 私はこの足踏式製縄機を中学生の時に使った事がある。今から五十年以上前の事だ。親
が知り合いから借りて来たものを、おっかなびっくり使って縄を作った事を鮮やかに思い
出した。その頃に使っていたという事は、忠夫さんは五十年以上この機械を使っていると
いう事になる。何より、昔のまま使えるように維持・管理・整備していることが凄い。 

 忠夫さんの家は築百年になるという、明治末からある古い家だ。この周辺の家もどんど
ん新しくなって、古い家は五〜六軒になってしまったという。見渡す田んぼの奥に茅葺き
屋根の萩平公会堂がある。萩平歌舞伎が開催される歴史ある公会堂だ。昨夜は公会堂で時
代劇映画の撮影が行われていたらしい。多くの人と車が動き回って後片付けをしている。
 明日は萩平歌舞伎の本番という事で、周辺は準備に動き回る人が大勢いる。また、芸術
散歩を楽しむ「さんぽ展」も開かれるため、多勢の芸術家が展示準備をしているところだ
った。忠夫さんはさんぽ展の提唱者でもあるため、多勢の人が気さくに声をかける。  

 さんぽ展に見に来る人々の前で縄作りの実演をするのが楽しいという。昔ながらの足踏
み機械が動く様子はとても珍しいので、多くの方が興味を持ってくれるとのこと。確かに
五十年前の機械が実際に動いて縄が出来上がる様子は面白い。写真や動画を撮る人が多い
というのもわかる気がする。                           
 見るのは簡単だが、準備するのは大変だ。ワラ縄を確保するには、田んぼで稲を育てる
ところからやらなければならない。忠夫さんは五畝部の田んぼをワラ縄用に使っている。
稲は長いワラが採れるコシヒカリで、手植えで手刈りする。ハザに架けて乾燥させ、茎を
折らないように脱穀してワラにする。この手間を考えるだけで大変なことだ。昨今のコン
バインを使った刈り取りではワラが粉砕されてしまうので縄用のワラは出来ない。   
 こうして作ったワラは束にして保管されており、縄作りをする時は濡らして使う。濡ら
すと柔らかくなり、しっかりねじられ、固く強靱な縄になる。濡らしたワラ束はビニール
で包んで乾燥しないように置いておく。                      

忠夫さんが湿らせたワラを持って来た。これで縄をなう。 足踏み式製縄機をリズムよく回転させて縄をなう忠夫さん。

 忠夫さんが製縄機を動かして縄作りを実演してくれた。椅子に座って足踏みペダルを両
足で踏むとその動きが後方のハンドルに伝わり、機械の回転が始まる。ちょうど足踏みミ
シンのような動きだ。ワラの差し込み口から一本ずつワラを差し込む。二箇所から入った
ワラは口の部分でよじられ、ドラムフレームが回転することでねじりが加わり、収納用の
ドラムが回転しながら縄を収納することで引っ張る力が加わって縄になる。      
 ワラ縄は手作業でも製縄機でも同じ原理で、ワラをよじる作業・ねじる作業・それを引
っ張る作業を連続することで出来上がる。                     
 手作業の場合、左側のワラを左手の親指、右側のワラを右手の親指ではさみ、素早く左
手の親指にかかる位置まで戻し、親指を弛める。これがよじり動作で、この後二本の縄を
ねじり合わせ引っ張る。この動作を続ける事でワラは縄になる。最初と最後をほつれない
ように固定すれば製品になる。製縄機は手作業でのよじり・ねじり・引っ張りの三つの作
業を機械動作で再現することによりワラ縄を作り出す。               
 忠夫さんの右手がワラ束からワラを一本ずつ引き抜き、差し込み口に差し込む。ワラは
回転しながらねじられ、縄になる。差し込み口歯車のわずかな隙間に見える太さでワラを
差し込むタイミングを計る。リズミカルな動きと共に縄が出来上がって行き、忠夫さんの
足元にはワラの葉クズが溜まる。「これはクソッカワって言って、これを縄に入れると縄
が弱くなるんだぃね。昔はヨツゴでクソッカワを取ってから縄にしたもんだぃね…」と話
しながらも両手・両足は動き続け、回転するドラムに縄が溜まってゆく。       
 全てが連動し、ワラが縄になる。じつによく出来た機械だ。動きが美しいし、その回転
音のリズムがやさしい。なめらかな動きは忠夫さんのメンテナンスによる正しい成果だ。
五十年前の足踏製縄機が現役で動いていることの素晴らしさ。            

 猫が三匹周囲で遊んでいる。その中の一匹がワラ束の上で鳴いている。製縄機のドラム
から外したワラ束はタイヤのような形をしている。芯の空洞は円錐形になっており、その
空洞の広い方を上にして束を解放する。芯の中から縄の一端を取り出すと、スルスルと縄
が出て来る。空洞の狭い方を上にするとこんな形に縄が出て来ず、メチャクチャにからま
ってしまうので、上下の向きだけは間違えないようにする。             
 クルクルとほどいた縄を高い棒にかけて伸ばし、台に立てた二本の棒にクルクルと巻い
てゆく。棒の間隔は一尋(ひろ)を二つ折りにした長さだ。二十回巻いて切り、一束にす
る。この一束を一房(いちぼう)と呼び、製品の単位になる。一房は約二百円で販売され
ていた。忠夫さんの家でも昔はこうして作ったわら縄を販売していた。「手間を考えると
損にしかなんないけど、損しても現金になればね…」「ワラを片付ける為にやってたよう
なもんだったけどね…」今はもう販売はしていない。                
 何年か前までは手で縄をなう事もやっていたが、今はもうやっていない。「縄で作るっ
て言えば『とおかんや』だいね。今でも毎年ワラ鉄砲作って子供に教えてやるんだぃ…」
と新しく作ったワラ鉄砲を見せてくれた。昔は十一月に必ずやったものだが、もう十年以
上前からやらなくなってしまったと言う。子供の行事がなくなるのは寂しい。     

縄作り用に納屋に干してあるワラ。自分の田んぼで作ったコシヒカリのワラ。 納屋の中には今も現役の古い農具がズラリと並んでいた。

 一通りワラ縄作りを見させてもらい、お茶を飲みながらいろいろ話す。忠夫さんは笑い
ながら「四十年前の道具を使ってる百姓だい…」と言い、道具を見せるからと案内してく
れた。母屋横の納屋にはくるり棒が三台あった。いまだ現役だという。「これは大豆や小
豆を叩くんに使うんだぃ…」叩き棒の長さが違うのは大豆用と小豆用の違いだそうな。 
 母屋上の道路を渡った畑の納屋には更に驚く道具達が保管されていた。デーマンカゴ、
これは山の落ち葉を大量に運ぶ背負いカゴ。傷まないように天井からぶら下げてある。 
 壁には多くの珍しい農具が掛けられている。大きな『むぐり』が二台ある。これは耕作
地を深く耕す巨大な鍬のようなもの。全身の力を使って畑の土を掘り返す道具だ。   
 「むぐりはねえ、子供を背中に背負って使うといいって言われてるんだぃね。何ていう
か、こう、じわぁ〜っと力を入れるんだぃね。ポンポンやったんじゃぁダメなんだぃね」
忠夫さんの説明に思わずうなずく。昔使った事があるが、子供には難しい道具だった。 

 竹の長柄に丸太が付いた土の塊を砕く道具。土を細かく砕いて畑を平らにするのは子供
の仕事だった。田押し車は新品のようにピカピカに手入れしてある。代かき鍬もきれいに
磨いてある。天井の梁からは背負子が二台下がっている。足の短い背負子は山用の背負子
で、急な斜面にもたれかかって休むため足が短く作ってある。足の長い背負子は畑用で、
多くの荷物を背負えるように大きく作ってある。どちらも現役で今でも使っている。  
 リヤカーも現役でいまだに使われている。トラクターや耕耘機の横に普通に昔の農具が
置かれているのがすごい。                            
「セイタ(背負子)もクルリもホウキも全部自分で作ったんだぃね…」        

様々な工夫を凝らして畑を耕し野菜を作る。その工夫が楽しいという。 とても86歳には見えない若さ。「百姓は楽しいよ」と笑う忠夫さん。

 納屋の周囲を回りながら忠夫さんがいろいろ説明してくれた。水を溜める工夫は渇水対
策。生ゴミ堆肥を三年かけて良質の堆肥にする方法。真夏にトタン板を敷き詰めて草を枯
らす方法。落ち葉堆肥の山はカブトムシの幼虫を育てる山だという。幼虫でのオスメスの
見分け方も教えてくれた。首にVのマークがあるのがオスで、メスと別々に育てて子供達
に配るのだそうだ。                               
 大量の一斗缶を再利用する方法。水を溜めるのに使って、その後はプランター代わりに
使う。更には切り開いて敷板にする。薪もたくさんある。キノコを植え込んだ原木も並ん
でいる。全部自分で加工している。今は松茸を作れないかと自分なりに工夫して培養して
いる。何にでも挑戦する姿勢がすばらしい。                    

 忠夫さんは「百姓ほど面白いものはない…」と笑う。何でも自分で工夫できるし、成果
も上げられる。効率だけではなく、自分の発想や工夫を生かすことが出来る。「百姓は半
分無駄になるぐらいでちょうどいいんだぃね…」その余裕がすばらしい。       
 工夫して出来た時間を休みに当てる。なんという若い発想。その考え方がすばらしい。