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山里の記憶170


おもてなし:北 静江さん



2015. 9. 05



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 九月五日、小鹿野町河原沢尾ノ内(おのうち)に「おもてなし」の取材に行った。取材
したのは河原沢の北静江さん(七十歳)だった。                  
 尾ノ内は、一月二月の「尾ノ内氷柱」で有名なところだ。氷柱が有名になり、何万人も
の観光客が来るようになった。もともとは地区の青年部が始めた活動が有名になって、町
の観光課が後押しするようになったという経由がある。               
 この氷柱がきっかけになって、せっかく人が来てくれるんだから冬以外にも何かやろう
という事になって始まった活動とのこと。活動は「よってがっせー河原沢」から「尾ノ内
おもてなし」となって続けられている。                      
 地区で二十人以上の女性が参加していて、順番で三人ずつが当番になるという。この日
も静江さんの他、黒沢且代(かつよ)さん(六十歳)と五嶋(ごとう)京子さん(六十三
歳)の二人が一緒に料理を作っていた。                      

 活動は、四月から十一月まで土・日・祝日だけ売店を営業し、それぞれが持ち寄った漬
物やお菓子で接待しようというもの。売店では、たらし焼きやつみっこ(夏は冷や汁)、
そしてパターテというジャガイモ料理を販売する。売店の営業時間は十時から三時まで。
 パターテとはイタリア語でジャガイモという意味。料理家のSHIORIさんが監修して、地
元の素材だけで開発された料理。しゃくし菜とコンニャクをコチュジャンなどで味付けし
て炒めた具をジャガイモでくるんで揚げたもの。外はホクホク、中はジューシーという自
慢の新名物だ。                                 
 代官山のSHIORIさんのアトリエで教わり、出来上がったパテーテは埼玉県庁の記者クラ
ブで発表会を行った。地元期待のご当地グルメだ。この日は具をチーズで試していた。 
 且代さんが揚げたパターテは、フワフワトロリで本当に旨かった。         

尾ノ内パターテの看板と静江さん。 たらし焼きを作る五嶋さん。ボリューム満点で100円は安い。

 静江さんから地区の取り組みとしての「おもてなし」の話を聞いた。持ち寄る漬物やお
菓子は自分の家で作ったもの。客は麦茶とカフェオレを自由に飲めて、テーブルにあるお
漬け物やお菓子は自由に食べられる。パターテは二百円、たらし焼きは百円、つみっこは
三百円となっているが、もちろん何も買わなくてもいい。              
 この日テーブルにあったのは静江さんが作った四種類の自家製カリントウ、ナスのぬか
漬け、キュウリのぬか漬け、キュウリの粕漬けなどなど。これらはみんな食べ放題。  
 事務局長の高橋さんがニコニコ笑いながらお客さんに話しかける。その笑顔にお客さん
の足が止まる。自然な流れで四方山話が始まる。                  
 麦茶を飲んでお茶菓子を食べながら休憩する人が続く。静江さんたちも積極的に話しか
ける。おもてなしの精神をみんなが持っている。                  

 一緒にやっていた五嶋さんと黒沢さんにも話を聞く。二人が話してくれた事が興味深か
った。この活動をするようになって何が良かったかと言うと、集落内のコミュニケーショ
ンが良くなった事。ここで作業しながらいろいろ話すことがとてもいい関係作りになって
いるとのこと。みんなで協力し合うことが地域の活性化につながっている。      
 高齢化した集落では日頃行き来して話すのは限られた人だけだ。こうしてめったに会わ
ない遠い場所の人と一緒に作業するのが本当に楽しいという。ここの料理で使う、ジャガ
イモ・ネギ・大根・人参・白菜などの野菜も集落の共同作業で作っている。      
 場所作り、料理作り、環境整備、ここで使う野菜作り……、みんな共同作業だ。地区の
みんなが協力して観光地を作り上げている。協力するという意識を地区のみんなが共有し
ているのだ。これは素晴らしいことだと思った。観光地を作ろうと協力することで、地域
のみんなが元気になってゆく。地域興しはこうでなければと思う。          
 事務局長の高橋さんも、狙いはそこにあるのだと言う。あとは尾ノ内渓谷という名が知
れ渡って、多くの人がここに足を運んでくれることだというのだが、この活動を続けてい
ればリピーターは間違いなく増えるはずだ。そして、みんなが明るく元気になる。   

 この尾ノ内渓谷には冬の氷柱意外にも見どころはたくさんある。吊り橋のかかっている
一番滝の奥に山の神滝、さらに奥に甌穴のような滝壺を持つ油滝がある。渓谷歩きは新緑
も紅葉もきれいだ。春のカタクリ・クリンソウ、アズマシャクナゲなどの花も見事だ。ヤ
マメやイワナの渓流釣りも楽しめる。                       
 今はまだ少ないが、シャワークライムを楽しむ若者が定期的にやってきて、昼食を食べ
てくれるようになった。看板に誘われてやって来る人も多い。みんなのんびり話し込んで
行く。東京や千葉から来る人もいる。遠くは新潟や三重から来てくれた人もいた。   
 この日も東京の東村山から自転車で来た人がつみっこを食べていた。聞けば、毎回ここ
で昼食を食べて休んで行くという。「みんなが明るくていいよね」と笑う。      
 静江さんも「つながりが出来るのがいいよね…」と話す。おもてなしの輪が広がってい
る。且代さんは「子供をここに預けて川を回ってくる人もいるんだよ」と笑っていた。 

おもてなし用ナスの漬物を切る静江さん。漬物は全部自家製。 売店にお客様が集まる。隣のテーブルにお茶やお菓子がある。

 外のテーブルで事務局長の高橋さんと氷柱リーダーの北さんに話を聞いた。北さんは静
江さんのご主人。尾ノ内氷柱は青年部が七年前から始めた活動で、町の商工会がバックア
ップしてくれるようになって名前が知れ渡るようになった。             
 ここは夏でも涼しいところなので、氷柱以外にも何かしようぜという事になっておもて
なしが始まった。始めるに当たって、JTB関東のおもてなし講座を受けて勉強した。 
 料理は女衆(おんなし)が持ち回りでやるが、野菜作りや草刈りは男衆(おとこし)の
仕事だ。夏は一週間も放っておくとすぐに草ボウボウになってしまうので忙しい。毎月第
一日曜日が共同作業の日になっている。                      

 ここはブランコや遊歩道もみんな手造りだ。その手入れも欠かせない。今は斜面にホト
トギスを植えて育てているが、鹿が来るのでネットを張ったりする作業が大変だ。道路の
周辺にモミジや西洋シャクナゲを植えて育てることもやっている。少しでも来た人が楽し
めるようにいろいろ工夫している。                        
 今から冬の氷柱の準備をしている。パイプの付設や滝への道造りなどをしなければなら
ない。「今年は左側も氷柱にするからね!」と北さんがつぶやく。          
 冬以外は天気予報に左右される事が多いそうだ。天気予報が悪いと客が少ない。   
 「来て二十人くらいかねえ…」「今日は少ないやね…天気が悪いからね…」     
 いつもなら売店に野菜を出荷する人がいるのだが、今日は出ていなかった。高橋さんが
奥に置いてあった蜂蜜の箱を出して並べた。「うっかり忘れちゃうこともあるんだぃね…」
と苦笑いする。値札も手書きの素朴なもの。                    
 一度テレビで放映された事があって、その時はすごい人が来た。いまさらながらテレビ
の影響は大きいものだと感心したという。                     

尾ノ内渓谷「一番の滝」冬にはここが氷柱で覆われる。 シャクナゲ園では、季節外れの花が咲いていた。

 高橋さんと北さんの話は行政とのやりとりになって行く。冬の客が多い時期に問題なの
は女性用トイレの少なさ。これを何とかしなければと二人が額を寄せる。寒い場所なので
仮設トイレに入らない人が多い。町の観光課にトイレの増設を陳情しているのだがラチが
あかない。「何とかしないとな…」二人の話し合いは続いていた。          
 冬の観光地は今から準備しなければならない事が多い。最近一人二百円の環境整備費を
寄付してもらうようになった。十一月三日のふるさと祭りまでにパンフレットを作らなけ
ればならない。また氷柱の始まる前に集落全戸に十枚づつの入場券を配り、各自に宣伝し
てもらうようにしている。地味だが出来る事はみんなでやって盛り上げる。      

 静江さんと且代さんが話してくれた。「冬は甘酒が飲み放題なんですよ。ライトアップ
もきれいだし、是非冬にも来て下さい」「つみっこも温まるよ。たらし焼きもあるし…」
 静江さんからお土産にと辛味噌と手作りのカリントウを頂いた。パターテも四個頂いて
帰途についた。何だかほっこりと心温まる取材だった。               

 新しい観光地を自分達の力で作り上げ、昔からあった観光資源に新しくスポットを当て
る。さらにおもてなしという温かさをプラスする。こうした活動を共同でやることによっ
て、地域のつながりが深くなり、会話が活発になる。そしてみんなが元気な笑顔になる。
 全国で問題になっている少子高齢化が進む中山間地。まさにそんな地区における地域活
動のヒントを見たような気がした。