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山里の記憶169


鮎釣り:足立宗助さん



2015. 8. 12



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 八月十二日、東秩父村・奥沢に鮎釣り名人の取材に行った。取材したのは足立宗助さん
(六十二歳)で、自他共に認める鮎釣り名人だった。                
 約束の時間に家を探したらすぐにわかった。家の前に「鮎、天然・小売り致します」と
いう看板が出ていた。他にも「水どうぞ・深宗水」の大きな青い看板も出ていた。どちら
も宗助さんが作ったもの。挨拶をして「深宗水」の話を聞く。なんと、釣った鮎を飼う為
に井戸を掘ったのだ。百八十万かけて地下四十メートルまでボーリングしたところ、思い
の外に良い水が出てきた。そこで近所の人にも飲んでもらおうと、蛇口を付けた。もちろ
ん無料だ。蛇口をひねって出てきた水を飲んでみた。とても冷たくて旨い水だった。  

自宅前に出ている看板。自分が釣った鮎の販売をしている。 自分で井戸を掘って作ったいけす。ここで鮎を飼育する。

 家に入ると、前もって取材の準備をしてくれていた。たくさんの資料をコピーしてくれ
ていて、こちらの意図を先読みしてくれていた。そんな事で取材はスムーズに進んだ。 
 宗助さんは本当に鮎が好きな人だ。鮎好きが高じて釣り名人になってしまった。友釣り
という難しい釣りを極めるくらいの人だから、とにかく研究熱心だ。昨年はついに年間で
二千尾を超える鮎を釣ったそうだ。九十回釣行しての結果だから、一日平均二十六尾強の
鮎を友釣りしたことになる。本当にすごい数だ。                  

 そんな宗助さんに、鮎の友釣りをする前の話を聞いてみた。この東秩父村には槻川とい
う川が流れていて、宗助さんが子供の頃には鮎がいた。当時、数人の大人が投網で鮎を捕
り、その投網に驚いて逃げた鮎が石に隠れているのを手づかみで捕まえた。また、飛びヤ
ス(自転車のスポークで作ったモリ)という道具を作り、子供ながらに鮎を追いかけて突
いたりもした。夏の間という期間限定の鮎捕りは楽しみだった。           
 そんなこともあり、魚捕りが大好きだった宗助さんは大人になると投網で年間数千尾、
いやそれ以上かもしれない鮎を捕獲するようになった。ところが年々投網の制限が厳しく
なってきたので投網を止め、十数年前から鮎の友釣りを始めた。そして今、その魅力にど
っぷりと浸かってしまった。                           
 今は、毎年「アユ釣り紀行」を発行し、全国百六十箇所に送付している。      

 宗助さんは最近秩父で鮎釣りをしていない。その訳は単純に「釣れないから…」。どう
して秩父の川は鮎が釣れなくなってしまったのか聞いたところ、間髪を入れずに帰って来
た答えは「カワウのせいだね。カワウがみんな鮎を食っちまうんさ…」        
 川鵜、川魚の天敵だ。羽を広げると一メートル以上あり、体重が一、五キロもある大型
の野鳥だ。餌は川に棲む魚で一日に五百グラム以上の魚を食べる。餌は潜水して捕獲する
が、捕獲する際には時に一分以上、水深十メートル以上も潜ると言われている。東松山の
森林公園に大きなコロニーがあり、そこから秩父方面に隊列を組んで飛んでくるらしい。
 このカワウに対して漁協は無力だ。放流する横から稚魚を食われてしまうのだからどう
しようもない。秩父でも奥多摩でも、小菅でも同じ状況だ。最近は駆除をする動きもある
ようだが、魚道設置と同じで、効果が出るのはだいぶ先になりそうだ。        

年間八百本巻くという鈎が大きなケースにズラリと並ぶ。 糸をつなぐ編み込み結びのやり方を見せてくれた。

 そんな秩父の川に鮎と釣り人が戻ってくるかを訪ねると「たぶん、難しいだろうね…」
とのこと。鮎は放流すれば戻るかもしれないが、釣り人は一旦減ると元に戻ることはない
という。カワウ対策が目に見えて進展すれば状況も良くなるかもしれないが、今のままで
は秩父の川に鮎と釣り人が戻ることはないだろう。                 
 宗助さんが初めて鮎釣りをしたのが荒川の皆野橋の下だった。初めて友釣りをして十四
尾の鮎を釣った。投網で捕っていたのに比べて「なんて少ない釣果だ……」と思っていた
ら、鮎釣りを教えてくれた地元の学校の教頭先生が「初めてで十四尾はすごい事だよ!」
と褒めてくれ、そんなものかと思ったという。                   
 「昔はデカイ鮎が荒川で釣れたんだよ。放流量も多かったし。親指と中指ではさめない
ような太い鮎ばかりだった。解禁の前の夜から釣り人がいっぱい出て、そりゃあにぎやか
だった。二十年くらい前がピークだったかねえ……。今は一日やってオデコ(釣れないこ
と)だし、それが現状だよね。ヌルで転んで竿を折ったこともあるし、だんだん行かなく
なるよね…」                                  
 地元の川が釣れなくなるのはさみしいものだ、と宗助さんの声も沈む。そんな宗助さん
だが、今は相模川が主戦場で、大いに釣りを楽しんでいる。相模川にもカワウは来るが、
漁協の人に言わせるとカワウが鮎を食ってくれるんで鮎が大きく育つんだという。相模川
は鮎が多すぎて、間引かないと大きく育たない。カワウや釣り人がその間引きをしてくれ
るのでちょうどいいので大歓迎だという。                     
 場所が変わればカワウの役目も変わるもので、秩父の川は悪循環に陥ってしまっている
ようだ。何とか良い方法で好循環に持って行けないものだろうか。宗助さんは県知事宛に
カワウ駆除のお願いを出している。清流の埼玉県を取り戻すためだ。時間がかかっても昔
の川に戻すことを目指したいという。                       

 年間の釣果を聞いて驚いた。昨年は二千尾をはるかに超える鮎を釣ったという。実際の
数字を見せてもらった。宗助さんは過去の記録を全部残してある。以下、その数字。  
二〇〇四年 八三回釣行 九一四尾   二〇〇五年 六四回釣行 四二八尾     
二〇〇六年 五六回釣行 六二八尾   二〇〇七年 五六回釣行 一〇一八尾    
二〇〇八年 六五回釣行 一二四七尾  二〇〇九年 七九回釣行 一二五九尾    
二〇一〇年 七三回釣行 一一四三尾  二〇一一年 六一回釣行 一〇一四尾    
二〇一二年 五三回釣行 一二五九尾  二〇一三年 八六回釣行 一九四七尾    
二〇一四年 九〇回釣行 二三七二尾                       
 ここまで聞いて、つい浮かんだ質問が「ところで、仕事は? 」          
 宗助さんは重機のオペレーターをしている。釣りシーズン以外は真面目に仕事している
とのこと。鮎の季節になると「まあねえ、あの人はああいう人だから仕方ないよね…って
言われてるよね…」とのこと。奥さんも「もうあきらめてるから…」と笑う。10月まで
この状態で、これが毎年のことだという。                     
 「もう鮎が好きで好きで…、おとりを飼う為に井戸まで掘っちゃったんだよ…」   
 「自分でも笑っちゃうくらい鮎が好きなんだよね…」               
 とにかく話が桁外れだった。仕掛けの数、竿の数、自分で巻く鈎の数、釣った鮎の数…

冷凍保存している天然の鮎を解凍してザルに並べる。 鮮やかな手際で串を打って塩を振り、塩焼きにする。

 二千尾以上の釣った鮎はどうするのか。寄居の「京亭」という料亭に釣ったままの生で
卸すほか、冷凍にして自宅で販売したり、知り合いに配ったりする。もちろん自分で料理
もする。基本的に釣った鮎は宗助さんが料理することになっている。         
 塩焼きが定番だが、他には鮎のお刺身、小型の鮎は照り焼きに、塩焼きしたものを炊き
込む鮎ご飯や姿を楽しむ鮎寿司も作る。奥さん曰く、なかなかの腕だそう。      
 この日も、冷凍庫から鮎を出して「塩焼きを作るから」と言うと、台所に入った宗助さ
ん。鮮やかな手際で串を打ち、塩を振る。そのままグリルで塩焼きにしてくれた。そして
今度はジューッという音とともにいい匂いが漂ってきた。出来上がったのは稚鮎の照り焼
き。庭でシノブ草を採ってきてお皿に盛りつける。                 
「鮎の料理は見栄えも良くないとね…」と美しい盛りつけでテーブルに運んでくれた。こ
れを見ていても本当に鮎が好きなんだなあと思う。                 
 鮎の塩焼きは串を外して、頭から食べた。ほのかな苦みが旨い。とにかく焼いた香りが
いい。宗助さんも食べる。「やっぱり天然物は旨いよね…」と笑顔になる。      
 照り焼きも旨かった。こちらも頭からさっくりと食べる。「これはフライパンで焼いて
醤油をかけ回すだけだから簡単なんだよ」と言うが、焼き加減も抜群で、つい二本・三本
と食べてしまった。                               

 「やっぱり天然の鮎は旨いね。鮎の味は水の味だね、水がきれいな川の鮎は旨いよ…」
 今は若い人に鮎釣りの極意を教えることも多い。宗助さんが言う鮎釣りの極意は「鮎釣
りは、細い糸に切れる鈎。あとは腕次第」という事だ。鈎は一尾釣ったら鈎先が鈍るので
取り替える。まめにそれをしなければ数は伸びない。十尾釣る人と百尾釣る人の差はそん
なところから始まる。釣れば釣っただけ経験値が上がるし、腕も上がる。       
 自他共に認める鮎好き。あきれるほどの釣りキチ。身を乗り出して鮎の話をする姿。台
所で鮎に串を打って塩をふる真剣さ。                       
 本当に鮎が好きな人なんだなあ…、と嬉しくなる取材だった。