山里の記憶162


肉寿司:西秩父猟友会三田川支部の皆さん



2015. 2. 22



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 二月二十二日(日)肉寿司の取材に行った。取材したのは、西秩父猟友会三田川支部・
三班四班の皆さんが行う終猟会。二月十五日で狩猟期間が終了し、次の日曜日に一日かけ
て猟期中に獲った獲物で肉寿司を作り、猟の無事を祝う会だった。          
 伺ったのは小鹿野町三山地区の黒沢さん宅。一成さん(二十八歳)が班の役員で、毎年
役員宅で終猟会を開催するのが習わしだという。今回は六人の現役猟師が集まり、男手だ
けで一日かけて終猟会のごちそうを作る事になっている。              

 朝十時半、軽トラやジープで集まってきたメンバーは皆猟師だ。篠田光蔵さん(六十八
歳)、黒沢均さん(六十五歳)、高橋章さん(六十三歳)、大島功さん(六十三歳)と大
島克久さん(四十一歳)は親子猟師だ。そして宿を提供している黒沢一成さんの六人。
 材料や器具は揃っているので、すぐに作業が始まる。大きな鍋やガス釜は持っている人
が持参した。均さんが大量の油揚を半分に切り始めた。いなり寿司の袋になる油揚だ。聞
くと全部で三百以上の肉寿司を作るとのこと、その量の多さに驚かされた。「雨が降らな
くて良かったいね…」作業は全て野外で行う。                   
 章さんが「今回は吉田の七平豆腐に特別に作ってもらった油揚だから切れないよ。切れ
ると寿司になんないからね…」と教えてくれた。                  
 油揚を煮て油抜きをする。これも豪快だ。バケツと大きなザルが大活躍する。油抜きし
てから大鍋で甘く煮る。味付けも豪快そのものだ。砂糖が五キロ、酒三合、みりん三百グ
ラム、塩ひとつかみ、醤油一リットル、ほぼみんな目分量。隠し味と匂い消しでインスタ
ントコーヒーを入れたと功さんがそっと教えてくれた。               
 メンバーの中にも甘いのが好きな人や嫌いな人がいて、味付けはさりげなく自分の好み
に近づけようとする。だから担当は気を使う。油揚はとにかく甘く煮なければならない。

集まった六人の現役猟師さん。男だけで終猟会のごちそうを作る。 ヤマドリとキジの肉を捌く。これが肉寿司の材料になる。

 章さんが解凍された肉を取り出した。「これがキジだい、色が濃いんだいね…」「これ
がヤマドリ、色が白いだんべ…」と教えてくれる。今年の獲物で、肉寿司用に冷凍保存し
ておいたものだ。キジ一羽、ヤマドリ五羽、コジュケイ一羽が肉寿司になる。     
 章さんと均さん、克久さんが肉の解体を始めた。みんなよく切れるナイフを使って器用
に捌いている。その手さばきを見ながら、さすがに現役の猟師は違うと感心した。   
 篠さんと功さんは肉寿司用のゴボウとニンジンをささがきにしている。寿司用のささが
きなので、とにかく細かい。一成さんは全体を見ながら鍋の具合を見たり、薪を割ったり
して火の加減をしている。宿主は気配りが大変そうだ。お母さんのヒデ子さん(六十八歳
)がお茶を出してくれたり、道具の点検をしたりとこちらも気を使ってくれる。    

 ヤマドリを解体していた克久さんが「ほら、弾が出てきたよ…」と仁丹粒くらいの弾を
見せてくれた。聞くと七号半という大きさの散弾だという。「たまに肉寿司食ってて、ガ
リッて当たることもあるよ」と言う。この大きさなら知らずに飲み込む事はない。   
 章さんが肉を刻みながら話す。「今年はウサギがなかったんだいね。ウサギが入ると肉
寿司が旨いんだい。本当はコジュケイが一番なんだけど、今年は小さいの一つだからねえ
…。鹿肉を使った組もあったっけが、あれは味が悪くなるからダメだいね…」
 解体した肉は肉寿司用に全部小さく刻む。ガラはハサミで一口大に切ってけんちん汁に
入れる。ヤマドリのガラからいい出汁が出る。骨に着いた肉も食べるのでそのまま一緒に
煮込む。出汁がしみ込んだ野菜が旨いのだという。それは本当にそうだと思う。    
 解凍したイノシシ肉もけんちん汁用だ。こちらは九十八キロの雄イノシシの肉で、残念
ながらあまり脂身のない肉だった。章さんがよく切れるナイフで細かく切る。     

 油揚を煮、肉と野菜を刻んでいるうちに昼になった。一成さんが弁当を買いに行くとい
うので同じものを頼む。しばらくして海苔弁が配られた。ヒデ子さんが味噌汁を作ってく
れたので、ありがたくいただく。こうして野外で一日かけて作る猟師の料理。今日が晴れ
て暖かい日で本当に良かった。みんなが「黒沢さんは運がいいよ」と言っている。   
 弁当を食べながらいろいろ話を聞く。他の組でも昔は終猟会をやっていたが、こういう
形で残っているところはない。まして、男だけでやっているのはここだけだ。     
 肉寿司は持ち帰り用で、夜の宴会はけんちん汁が主役になる。章さんが「ここらじゃあ
けんちょん汁って言うんだよ」と教えてくれた。肉寿司は翌日食べる方が味がしみて旨い
から持ち帰りなのだという。近所や知り合いに配ったりするらしい。         

 午後は肉寿司の具を作る。大鍋に刻んだヤマドリの肉を入れて煮る。アク取りをしてゴ
ボウと人参を加えて味付けして煮る。油揚を煮た甘い汁をたっぷり加え、さらに醤油で味
付けする。ドバドバと入れて「こんくれえかい? 」「いや、もう少しだ」と豪快な味付
けだ。章さんが「目分量だけんど、不思議に最後はいい味になるんだい」と言うとみんな
がウンウンとうなずく。                             
 別のカマドが出されて大鍋がかけられた。こちらではけんちょん汁の仕込みが始まる。
まずヤマドリのガラとイノシシ肉をザバッと入れる。煮立ったら丁寧にアク取りをする。
ここできちんとアク取りしておかないと全体の味が悪くなる。こちらは主に章さんが担当
している。テーブルには大量の野菜が刻まれてザルやボールに入っている。      
 肉以外の材料は、ゴボウ・こんにゃく・油揚・大根・椎茸・ニンジン・白菜・ネギ・豆
腐で、醤油・砂糖・味噌で味付けする。ネギと白菜・豆腐は味付けした後に入れる。  

肉を煮た肉汁を漉す。この肉汁で六升のご飯を炊いて肉寿司を作る。 全員で肉寿司を作る。たくましく無骨な手が作る三百個のいなり寿司。

 均さんと功さんが肉寿司の具を鍋から上げる作業に入った。この肉汁でご飯を炊くので
丁寧に具を漉さなければならない。バケツと金網ザルを使って「熱い熱い」と言いながら
具と汁をよりわける。バケツのようなボールに具が山盛りになった。汁の入った鍋を一成
さんと克久さんが扇風機で冷やす。汁が冷えないとご飯を炊くのに都合が悪い。温かい汁
で炊くとご飯に芯が残ってしまうので真剣に冷やす。                
 篠田さんが大きなガス釜二台を点検している。前回ガス釜の調子が悪くてご飯に芯が残
ったようで、みんながそれを気にしている。米はあきたこまちを十キロ研いである。克久
さんが米を研いでくれた。「手が冷たいよ」と終わってすぐ焚き火に手をかざしていた。
 冷めた煮汁を鍋ごと運んでガス釜の米に注ぐ。三升炊きが二台だから六升のご飯。肉寿
司三百個分のご飯だ。うまく炊けるかどうかが今日の味になる。           

 ガス釜に火が入って約二十分、一台から炊きあがりの音がした。三分の差があってもう
一台のガス釜も炊きあがった。「この三分が微妙だね」「十分ぐらい蒸らそう」「蓋開け
るなよ」みんなご飯の炊き具合には真剣だ。                    
 全員が縁側のガス釜に移動する。十分たって蓋を開ける。「おお、いい感じじゃね!」
ひとくち食べた均さんが「うん、いい炊きあがりだ」と言う。みんな笑顔になる。   
 大釜からこね鉢に巨大なしゃもじを使ってご飯を移す。そこに肉寿司の具を入れてよく
混ぜる。巨大なしゃもじが大活躍だ。均さんと功さんは煮た油揚を袋状に開いている。慎
重にやらないと破けるのでこれも真剣だ。破けたものは自分で食うことになっている。 

 全員でいなり寿司作りをする。もちろん私も参加した。油揚にご飯を詰める作業が延々
と続く。功さんが「腰が痛てえ…」と叫ぶ。誰も構わず黙々と寿司作りに没頭する。すぐ
に大きなタッパーやお盆に肉寿司が山積みになる。気付いたら肉寿司に囲まれていた。 
 夕方五時半、七人の男が作り上げた肉寿司が出来上がった。外のカマドではけんちょん
汁も出来上がった。そして、六時からお客様二人を加えて終猟会が始まった。     
                  
 二人の挨拶で乾杯となり、すぐに宴会になった。肉寿司とけんちょん汁が旨い。けんち
ょん汁はすぐに三杯もお代わりしてしまった。宿のヒデ子さんが料理をたくさん作ってく
れていてテーブルは一杯だ。ビールを飲み、焼酎のお湯割りを飲む。         
 猟師さんの話は豪快で楽しい。みんな個性が強いので酒が入ると豪快になる。今年の猟
の話や獲物の話、普段は聞けない話が次々に出てくる。じつに楽しい宴会だ。     
 この宴会の中で最高に盛り上がったのがビデオ上映。目線カメラによるリアル狩猟ビデ
オで、実際に獲物を撃つ瞬間や追いかける息遣いなどがハッキリ映ったビデオだった。本
人の解説付きで臨場感たっぷりの上映にやんやの喝采だった。            

料理が終わったのはもう夕方だった。焚き火で暖をとる参加者。 宴会は今年の猟の話でおおいに盛り上がった。ビデオも良かった。

 酒が入り、猟師さんの濃い個性と歯に衣着せぬ会話がじつに楽しかった。こんな機会は
二度とないかもしれないと大いに楽しんだ。結局1時半まで飲んで、そのまま泊めてもら
い朝七時に起きて、二十個の肉寿司を手土産に朝帰りした次第。いやあ、楽しかった。