山里の記憶150


朴葉つつっこ:黒沢房子さん



2014. 5. 24



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 五月二十四日、小鹿野町の長久保に「朴葉(ほおっぱ)つつっこ」の取材に行った。取
材したのは黒沢房子さん(八十歳)だった。房子さんは毎年この時期に、嫁いだ四人の娘
達と一緒に、朴の葉を使ったつつっこを作る。つつっこ(つとっことも言う)というのは
、栃の葉や朴の葉で餅米を巻いて茹でる秩父地方の郷土料理だ。           
 今まで、つつっこは栃の葉で巻くものだとばかり思っていたら、朴の葉で巻く家がある
と知った。友人が房子さんを紹介してくれて、是非にとお願いして実現した取材だった。
 朴の葉は栃の葉よりも苦みが強いと聞いていた。その味はどんなものなのか、初めて朴
の葉を使うつつっこという事で、興味津々の取材が始まった。            

 挨拶をして、房子さんとご主人の周平さんを交えていろいろ話す。今日は三郷に嫁いだ
長女の洋子さんと、八王子に嫁いだ次女のひろ子さんが来て、つつっこを一緒に作る。 
 みんな毎年楽しみにしているのだという。孫達もみんな大好きなのだそうだ。    
 朴の葉が思ったより早く堅くなりそうだったので、六月上旬に予定していたのだが、急
遽この日になった。おかげで下二人の娘は予定が合わず、来る事が出来なかった。話はそ
こそこにして、さっそくつつっこ作りに入る房子さん。急いで後を追う。       

 台所にはつつっこに使う、餅米、キミ、小豆がそれぞれボールに入って出番を待ってい
た。餅米はひと晩水につけてふやかしたもの。キミは堅いのでふた晩水に浸けておいた。
小豆は鍋で柔らかく煮て、煮汁と一緒に一晩保温ポットに入れておいたもの。小豆の乾燥
具合によって、それでも堅い時などは更に小一時間鍋で煮ることもある。       
 餅米に小豆とキミを混ぜる。全体がよく混ざるようにする。キミを入れず、餅米と小豆
だけのものを別に作る。娘二人と房子さんがにぎやかに話しながら作業している。   
「昔はもっとキミが多かったよね」「いや、同じだよぉ」「ううん、多かった」にぎやか
な会話を続けながらつつっこ作りが始まった。                   
「キミはもち米より高いんだよ。昔は自分ちで作ってたんだけどね。今はもう作ってる人
はないやね…」「キミを入れるとモチモチして旨いんだい」             

昨日採って置いた大量の朴の葉を出す。よく洗ってある。 あっという間に朴の葉でもち米を包む。鮮やかな手さばき。

 袋に入った大量の葉がある。何百枚もの朴の葉だ。これだけの数を揃えるのは大変だと
思い、房子さんにどこから採って来たのかを聞いた。                
「ああ、朴の木を畑に植えてあってね、それを採ってくるんさあ。昔は山から採ってたん
だけど、大変なんで父ちゃんが山から持って来たんだいね。もう十年くらいになるよ」 
 それで納得した。朴葉つつっこを作るために、朴の木を育てているという事だ。朴の葉
はつつっこで使えるのはこの時期一週間くらいだけだ。葉が若く柔らかいと、煮た時もち
にくっつく。葉が堅くなると包む時に折れたりする。折れるとそこから水が入ってグチャ
グチャになるし、堅い葉は味もえぐくなる。                    
 畑にあれば、いつでも様子を見られて、時期を見極めるのもたやすい。       

 房子さんが袋から朴の葉を出してテーブルに並べる。大きい朴の葉の上に小さな朴の葉
を反対向きに置き、その中央にもち米を盛る。葉を縦に重ね折りし、水が入らないように
三つ折りする。これをシュロの細い葉で結べばつつっこが出来上がる。        
 結ぶのに使うシュロの葉は家の裏に生えているシュロの葉。前日に細く裂いて乾かして
おいたもの。シュロの葉は乾くと丸まる習性があり、柔らかくなる。手に引っかかったり
せず、作業しやすいヒモになる。                         

 次女のひろ子さんがもち米を盛る。それを見ながら、房子さんが多いとか少ないとか、
小豆が多すぎるとか細かく指示をする。こうして家の味が伝えられるのだと感心した。 
「おばあちゃんは茶碗で計って盛ってたの。あれは正確だったなあ…」とひろ子さん。 
 キミの入ったものは、大きな朴の葉を裏返しにして目印にする。こうすれば煮上がった
時に間違えないですむ。つつっこを結んだシュロの葉、長く飛び出したものはハサミで切
り揃える。あっという間に三十個ほどのつつっこが出来上がった。          
 去年は百五十個のつつっこを作って、みんなが持ち帰ったという。朴の葉を三百枚使っ
たことになる。すごいことだ。                          

煮立ってから40分間煮込む。葉の抗菌成分がもちにしみこむ。 出来上がったつつっこ。これはキミが入っていないもち米だけのもの。

 裏庭で周平さんがカマドを出して、大きな羽釜で湯を沸かしている。「湯が沸いたよ」
と声がかかる。すかさず房子さんが湯をバケツに移すように言う。          
 出来たつつっこを少しだけ湯の入った羽釜にすき間なく入れてから、湯を加える。  
「水を後からいれないと、浮いちゃうんだいね…」なるほどと思った。        
 葉を巻いてあるので中に空気が包み込まれている。お湯の上から入れようとしても浮い
てしまうのだ。水を入れて中蓋をして、木のフタをする。              
「これで、煮立ってから四十分煮れば出来上がりだい。しばらく時間があるから、お茶で
も飲もうかね…」と房子さんが一段落した様子で言う。               

 座敷でお茶を飲みながらいろいろ話を聞いた。                  
 房子さんは倉尾神社の宮司の家に生まれた。父親は保護士をしているような立派な父親
だった。しかし、母親は体が弱く看病する日々だった。               
 縁があって周平さんと結婚が決まり、この家に嫁いだ。この家にも体の弱い姑がおり、
房子さんは嫁いで来てからも看病する日々が続いた。                
 周平さんは新しい事をどんどんやるタイプだった。椎茸やえのき、なめこなどを次々に
研究して栽培して出荷した。しかし、お舅さんは昔ながらの養蚕をきっちりやる人で、房
子さんは両方を手伝わなければならず、本当に大変だった。             

 小鹿野で椎茸の年間出荷量が一番になった事があると、胸を張った周平さんがしみじみ
と言う。「大変だったと思うよ。親父と俺が違う事をやってたし…。よくやったいね…」
 房子さんはご主人とお舅さんの間に入ってよく働いた。子育てをしながらの農作業だっ
た。山の畑に桑を採りに行って、お蚕に桑をやりながら、子供に乳を飲ませる。    
「乳飲ませてる間に桑がなくなっちゃうんだから、いやんなっちゃうよね…。山の桑は葉
っぱが少ないんだぃね…」「嫁に来た時は、掃き立てからやってたんだよね…」    
 そんな働きもんの手を見せてもらった。指の先が曲がって変形している。小さい手の人
がエノキ栽培をやるとこうなる。苦労の歴史が刻まれた手だ。恥ずかしそうに手を見せて
から、笑いながら房子さんが言った。                       
「自分で言っちゃいけねぇけど、今が幸せだからいいやぃね。性格がほがらかなんでやっ
て来れたんだと思うよ…」                            

裏の畑に植えてある朴の木。つつっこ用に山から移植したもの。 毎年娘たちがつつっこ作りに来てくれるのが楽しみだと言う周平さん。

 裏の畑に朴の木を見に行く。急斜面の道を登る。畑が急斜面に開かれているが、全体を
網で囲んである。鹿やイノシシが出て畑を荒らすのだ。山間部では見慣れた光景だ。  
 朴の木は集落を見下ろす高台に植えられていた。三本の朴の木が初夏の風を受けて、大
きな葉をそよがせている。太い枝を一本切れば、何百枚もの葉が使える。確かにこのやり
方は効率がいい。つつっこの為に植えてある朴の木。豊かな景色だ。         
 長久保の集落は昔六十軒の家があったが、今は三十軒ほどになってしまった。この豊か
な景色も永遠のものではない。                          

 家に帰ったらつつっこが出来上がっていた。さっそく食べてみた。朴葉の匂いは、思っ
たより気にならない。葉を開くと、ねっとりとした餅が出てくる。爽やかな香りが立つ。
 食べ方を聞くと、それぞれ違う答えが返って来た。房子さんは味噌を付けるといい、周
平さんは漬け物と食うのがいい、洋子さんは味噌、ひろ子さんは醤油でと言う。末の妹は
ごま塩に限るのだという。どんな食べ方でも旨いという。              
 そのまま食べてみた。気になっていた朴葉の苦みはまったくない。クセのない爽やかな
味。もっちりとおいしいつつっこ。確かにこれは何で食べても旨いと思う。      
 この時期に、ここでしか食べられない、この家の味。               

 子供が五人、孫が十人いる。みんな自慢の子供たちだ。周平さんが娘たちを自慢する。
「娘たちがつつっこを旨いって言うんで、孫も好きになるなんだぃね。かあちゃん、包み
に手伝いに行ってもらって来いよ、なんて孫が言うんだからね…。嬉しいよね…」   
 親から子へ、子から孫へ、この味が伝わって行く。