山里の記憶136


ブルーベリー栽培:岸 重義さん



2013. 9. 18



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 九月十八日、ブルーベリー栽培の取材に、秩父市下吉田のフルーツ街道、ベリーガーデ
ン鶴巻に行った。取材したのは農園主の岸重義さん(七十五歳)だった。重義さんはフル
ーツ街道を作るきっかけになった土地改良の組合長であり、ブルーベリー栽培の組合長で
もあった。平成十五年から始まった、ブルーベリー栽培のきっかけから、栽培方法、今後
の問題点などを聞いた。                             
 晴天の爽やかな風が吹き抜ける、畑の横に建てられた東屋でのインタビューだった。 

 ベリーガーデン鶴巻があるのは布里(ふり)という耕地だ。昔は桑畑がたくさんあり、
養蚕が盛んに行われていて、絹の売買なども盛んに行われていた。絹商人を迎えるこの地
には、接待(せったい)という耕地名が残っている。絹商人を楽しませるために龍勢(り
ゅうせい:農民ロケット)を打ち上げたこともあるという。             
 そんな桑畑中心の耕地に区画整理の話が持ち上がった。その時に、区画整理の後に何を
やるかというアンケートを取った。その中にブルーベリーの栽培を入れちゃえとばかりに
、入れてしまったのが最初のきっかけだったという。まだブルーベリーとは何なのか、ほ
とんどの人が知らなかった。                           

取材した「ベリーガーデン鶴巻」八百四十株のブルーベリーがある。 ブルーベリー栽培のいきさつや苦労話をしてくれた重義さん。

 毛呂山(もろやま)の農園に獣害対策としての電気柵を視察に行った時のことだった。
その農園で電気柵の中に植えてあったのが、ブルーベリーだった。獣害対策の視察だった
はずなのに、視察はいつの間にかブルーベリーの視察になっていた。         
 その後も視察は続いた。しかし、回を重ねる毎に参加人数が減った。最初二十人だった
視察は二回目に十五人となり、三回目は十二人、四回目には八人になってしまった。  
 これ以上減ると組合にもならなくなる。危機感を感じた重義さんは、残った人に意志を
確認したところ、みんな「やる!」と言う。                    
 そして、平成十五年からブルーベリー栽培に踏み切った。しかし、必要な苗が見つから
ない。視察に行った先や、役場に相談し、まずは三百五十本の苗を集めることができた。
それを八人に分配して栽培を始めた。                       

 区画整理したこの土地は粘土質の畑だった。ブルーベリーが好む土は保水力があり、水
はけの良い土だ。ブルーベリー協会の田畑先生がシンポジウムで来たことがあった。その
時に、この粘土質の畑はダメだと言われた。それでも土を入れ替え、ピートモス(乾燥泥
炭:土壌改良材)を入れ、バーク(木の皮を粉砕したもの)を厚く敷いて対応した。  
 ピートモスは一株につき一袋の三分の一入れた。バークは毎年四トン車で五十台分を畑
に敷き詰めている。どちらも乾燥防止の役目がある。                

 手探りで始まった栽培だったが、フルーツ街道という名前が定着し、観光客も来るよう
になってきた。様々な品種が植えられた。今では八軒で五十二品種の栽培をするまでにな
った。なるべく長い期間の収穫が必要なので、様々な品種の早生から晩生(おくて)まで
、みんなで研究しながら栽培している。                      
 みんながやっと一人前に収穫できるようになり、お客様とのコミュニケーションが取れ
るようになってきた。毎年来てくれるお客様も多くなり、親戚づきあいのような関係が築
けてきたのもモチベーションになっている。友達がいっぱい出来たようなものだと、みん
なも喜んでいる。                                

 一年間の作業について聞いてみた。八月いっぱいは収穫作業が続く。九月のこの時期は
、ちょうど収穫が終わって株を休ませているところだ。               
 十一月に霜が降りると葉が落ちる。そのころから剪定作業が始まる。一日に二十株くら
いしか剪定出来ないので、八百四十株の剪定が終わるのは二月いっぱいかかってしまう。
古い枝を全部切り、古い主枝も伐る。最終的に五本くらいの主枝にするのが理想的だ。 
「いざ、伐るとなると、なかなか…。もったいないようでねぇ…」杉やヒノキの間伐など
と同じなのだろう。自分で手塩にかけた木を伐るのはためらいが出る。        

 剪定作業の後には大量の残滓が残る。昔は、この大量の残滓を雪の日に燃やしていたの
だが、今は燃やせないのでチップに加工する。大量のチップは畑に全部まいてマルチにし
ている。三月頃に、前述した大量のバークを畑に撒く。               
 四月には花が咲く。この時に摘花を行うときれいな実ができる。摘花をするのも時間が
かかるので、全体を摘花することはなかなか出来ない。               
 消毒は春先に除草剤を一度撒くだけで、あとは一切しない。ここのブルーベリーは、減
農薬有機栽培ということでも人気がある。                     
「手間はあんまりかかんないよ…」「春には毛虫が出るけど、割り箸でつまんで取るんだ
いね。割り箸が滑らなくていいやね…」と重義さんは笑う。             
 六月下旬から八月までが収穫期間となる。品種は大きく分けてハイブッシュ系とラビッ
トアイ系がある。ハイブッシュ系が早く収穫できるが、ハイブッシュ系にも早生と晩生が
ある。様々な品種を組み合わせ、途切れることなく収穫ができるように工夫している。 

葉が落ちてからやる剪定作業を見せてもらった。 イノシシが掘った巨大な穴を前に立ち尽くす。

 話が一段落して、これからの時期にやるという剪定作業を見せてもらった。まず、地面
から生えているひこばえを切る。一年間でたくさんのひこばえが生えるが、全部切り捨て
る。次は、古い枝を切る。今年伸びた枝だけを残して、古い枝を切り落とす。     
 今の時期はまだ葉がいっぱい付いているので、どんどん明るくなって風通しが良くなる
のがわかる。「この時期にやった方が思い切って切れるからいいかも知れんなあ…」と言
いながら枝を切る重義さん。葉が落ちた後だと見通しがいいので、つい枝を切りきれない
のだと言う。                                  

 一通りの作業を見せてもらって、畑の奥に案内された。「たぶん、昨日の夜に来たんだ
いね…」と指さす先には、まるでユンボで掘り散らかしたような、深い穴が空いた広大な
スペースがあった。イノシシの仕業だ。                      
「まったく、バークの下のミミズを狙ってるんだろうけど、これを直すんがよいじゃあね
えんだぃ…」呆然と立ち尽くすしかなかった。「一頭じゃないねぇ。一家で来たんだろう
なぁ…」イノシシの被害はしばらくなかったので、電気柵を撤去したのだそうだ。   
「その途端、これだもんな…」                          
 十一月の猟期に入るとイノシシは消えるが、それまでの間、頭の痛い問題だ。    

 東屋に戻って話を続ける。先ほどのイノシシの話から、天敵の話になる。      
「天敵はスズメだいね。ヒヨドリもだけど、スズメは百羽単位で襲ってくるからねぇ…」
 重義さんの農園は防鳥ネットをかけていない。「お客さんが、ネットがない方がいいっ
て言ってるんでねぇ…」とのこと。常にお客様優先で栽培を考えている。       
 この先は暑さ対策が問題になるだろうという。温暖化の影響は確実に農園に影を落とし
ている。元々ブルーベリーは北方系の作物なので、暑さに弱い。特にハイブッシュ系のブ
ルーベリーが暑さに弱い。                            
 暑さにやられると実を付けなくなってしまう。重義さんは、そろそろ遮光ネットの設置
を考えているのだが、遮光ネットが気温を下げることにつながらず、風通しが悪くなり、
逆に湿気がこもって高温になってしまう事も考えられるので、ためらっている。    

営業中の合図は黄色い旗。どこからでもよく見える。 秩父エコベリーの幟。様々なキャラクターグッズもある。

「いいもんがあるんだい…」と言って、重義さんが事務所から持ち出してきたのが、黄色
い旗だった。「これを上げると、収穫が出来ますよって合図なんだいね…」      
 農園の入り口に高いポールがある。そこに黄色い旗を揚げる。真っ青な空に黄色い旗が
はためく様は、映画を連想させる。                        
「幸せの黄色いハンカチだいね、いいでしょ…」見上げる重義さんのアイデアだ。八軒の
農園すべてがこの黄色い旗を使っていて、パンフレットにも載っている。       
 事務所で「秩父エコベリー」の幟やキャラクターグッズを見せてもらった。これも重義
さんのアイデアだ。八軒の仲間はみんな、環境にやさしい農業をしている「エコファーマ
ー」に認定されている。先見性のあるアイデア、そして実行力。すばらしいリーダーだ。
 これから起きるであろう様々な問題も、重義さんの工夫とアイデアで乗り越えて行くの
だろうと思った。