山里の記憶12


つきこんにゃく:中山ヱツ子さん



2007. 10. 23



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 「つきこんにゃく」とは秩父市浦山地区の大日様のお祭りに合わせて作られるこんに
ゃくで、臼でこんにゃく玉をつき、アクを凝固剤として使う独特の製法で作られる。つ
いて作るため、こんにゃくの内部に空気泡や堅い部分が残り、調理した際に独特の歯ご
たえや味の含みがあり、通常製法のこんにゃくと著しく異なる味となるのが特徴。  

 浦山金倉耕地の中山ヱツ子さん宅でつきこんにゃく作りを見せてもらえることになり
、23日の朝7時に訪れた。130年の歴史ある家の庭には4つの大きなかまどが設置
されており、それぞれに大きな釜がかけられて盛んに真っ白い湯気を上げていた。挨拶
をして庭に入ると息子の聡(あきら)さんが笑顔で迎えてくれた。「まあ、お茶でも飲
んで、ゆっくりやりましょう」と言ってくれた。この時はまだ余裕で、つきこんにゃく
作りが大変な重労働だとは知らず、のんびりとお茶を飲んでいた。         

浦山・金倉耕地の中山さんの家の前に広がる景色。 毎年10月第3土日が大日様のお祭り。別名こんにゃく祭り。

 材料は生のこんにゃく玉を使う。浦山地区で作られる在来種は3年間土の中で寝かせ
るので小さくても味や膨らみが良い。しかし、近年イノシシが頻繁に出るようになり、
畑に植えてあるこんにゃく玉を食べてしまうので、群馬などから買うようになってしま
った。品種としては「あかぎ」と「はるな」などが多い。「あかぎ」は腐りにくく、農
家にとってはありがたい品種だ。近年平均気温が上がる傾向にあり、畑の中でこんにゃ
く玉が腐る事が多くなった。今回の材料は「はるな」が多かったが、やはり傷んでいる
部分が多かった。                               

 芽取り:こんにゃく玉の芽の部分を小刀でえぐり取る。こんにゃくの芽にはソラニン
が多く含まれるので、中毒しないように大きめに切り取る。また、傷んだ部分も削り取
る。遠慮しながら皮をむくと臼でつく時に作業が大変になるので、悪いところは大胆に
削り取る。ヱツ子さんは刃の厚い切り出しナイフを使っていた。          

 芋洗い:薄い皮を洗い取る作業。昔は木桶に芋を入れ二本の棒を交差させた道具でガ
ラガラ回して洗ったものだが、ヱツ子さんは専用の皮むき機を使っている。「日本調理
機(株)の球根皮剥機」はドラム状の内部に研磨材が貼ってあり、芋を入れ1分も回転
させるときれいに皮が剥ける優れもの。研磨材がよく効くので、5分も回すと芋が無く
なってしまうほど削れる。機械から出した芋は水道の水を流しながら仕上げの皮むきを
する。洗った芋は計りにかけ、6kgでまとめておく。              

中山さんが使っている皮むき機。簡単に皮がむける。 慣れた杵使いで茹でた芋をつく聡(あきら)さん。

 芋を煮る:皮をむいた6kgの芋を大釜で煮る。大釜はぐらぐらと煮たった状態にし
ておき、そこに芋を入れて2時間くらい煮る。芋の大きさや種類によって煮る時間は少
し変わる。6kgの芋で作ったこんにゃくが「切りだめ」という枠型にちょうどいっぱ
いの量になる。                                

 芋を臼でつく:煮上がった芋を臼に入れ、杵でつく。ヱツ子さんの臼はケヤキのもの
で何十年も使っている。杵は堅いサルスベリの幹で出来ており、つきやすいようにわず
かに内側にカーブしている。大きく力一杯突くと芋が粉になって飛び散ってしまうので
、飛ばないように慎重に、細かく、何度も芋が粉になるようにつく。特に皮の部分が堅
いので集中してつく。手伝いのおじさんと聡(あきら)さんと私の3人で交代しながら
、30分くらいはつき続けた。杵の柄を握った指が伸びなくなるほどの力が必要だ。 

 湯づき:白く粉状にパサパサになり、これ以上つけなくなったところで、次の段階「
湯づき」に入る。人肌よりちょっと温かい(50℃)くらいの湯をバケツ一杯(20リ
ットル)準備する。この湯をヒシャクで1杯づつ臼でついた粉末の芋に加えながら均等
に練る。湯を入れた当初は柔らかいのだが、均等に練り込むとすぐに固くなる。固くな
ったらまたヒシャク1杯の湯を加える。この作業は本当に重労働で、ヒシャク1杯毎に
交代しないと体力が続かない。交代する時は額に汗が噴き出している。聡(あきら)さ
んは言う。「昔からつぶすより湯づきが一番大事だって言うんだよ。ここを丁寧にやる
と、のめっこいこんにゃくになるんだいねぇ」                  

 湯もみ:柔らかくなった臼の中のこんにゃくを手でもむ作業。湯をヒシャクで加えな
がら、両手でもみ込み、こんにゃくの固さを決める。湯を少しずつ加えながら仕上がり
の状態を決めるのだが、決め手は両手で混ぜる感触だという。自分の家の味を決めるの
がこの段階なので聡(あきら)さんも慎重になる。湯もみの最終段階には白く柔らかい
こんにゃくが臼からはみ出す程に膨らんだ。この段階になるとこんにゃくはすでに食べ
られる。醤油をつけて食べるとじつに美味しい。                 

 アク合わせ:バケツ一杯の湯をヒシャクで加えながら一時間。湯もみが終わると、い
よいよ最大の難関「アク合わせ」になる。アクを凝固剤として混ぜ、こんにゃくを固め
る作業だ。アクを入れた瞬間からこんにゃくは固まり始めるのでスピードが肝心だ。ま
た、混ぜ方にムラがあると湯がいた時に分離してしまい、こんにゃくではなくなってし
まう。大胆に、慎重に、アクと大量のこんにゃくを5分以内で均等に混ぜなければなら
ない。ここで失敗すると、今まで練り上げたこんにゃくが全てダメになってしまう。 

 人肌に温めたアクをヱツ子さんが持ってきた。聡(あきら)さんが待ち受ける臼の中
にアクをヒシャクで入れる。約5合のアクを3回に分けて静かに入れる。その都度、聡
(あきら)さんが全身の力を使って両手で揉み混ぜる。息を飲むような緊張の時間が過
ぎ、アクの琥珀色が全体に混じり白いこんにゃくがピンク色になってくる。両手でこね
る音がズボッズボッ、からサクッサクッと変わり、聡(あきら)さん曰く「手が抜ける
状態」(こんにゃくが固くなり、手にくっつかなくなる状態)になった。      

凝固剤として使われるアク。広葉樹の灰を煮て作るアルカリ液。 固まったこんにゃくを切り分け、大釜に入れるヱツ子さん。

 型入れ:あらかじめ準備した型枠「切りだめ」にビニール風呂敷を内側に敷いて近く
に置いておく。アク合わせが終わったこんにゃくを急いで型に打ち込む。中に空気が入
らないように強く型に押し込み成型する。アク合わせが終わったこんにゃくはすぐに固
くなるので、ここは3人が力を合わせてあっという間に型入れを終わらせる。のんびり
していると、これまた分離してしまう結果になる。3人が息を合わせて力を合わせて型
入れをすませ、やっと緊張の作業が一段落する。そのまま30分も放置するとこんにゃ
くは自然に固まり、切り分ける事が出来る。                   

 湯がき:型枠の目印を基準に10等分に切り分けられたこんにゃくは、あらかじめぐ
らぐらと煮立った大釜に入れられて約2時間湯がかれる。焦げ付かないように時々大き
なヘラでかき回す。出来上がりのこんにゃくの色はアクの色で違ってくる。ヱツ子さん
のアクは雑木を燃した灰を煮出して漉し、3時間ほど煮詰めて作る。出来上がったアク
は美しい琥珀色で、それで作られたこんにゃくはほんのりピンク色をしている。ヱツ子
さんは「うちのアクは良く効くよ」と言っていた。灰の元になった木の種類や煮詰める
濃さなどによって効きが変わってくる。芋の種類やついた量や状態によっても変わって
くる。この「アク合わせ」だけはに人任せに出来ないとヱツ子さんは言う。     

 浦山の大日様のお祭りは金倉・毛附・細久保・冠岩・川又の5耕地のお祭りだが、別
名「こんにゃく祭り」とも言われている。この5耕地でも、こうしたつきこんにゃくを
やっているのは2軒だけになってしまったそうだ。高齢者が増えてきて、杵で芋をつく
のではなく簡単にミキサーでこんにゃくを作るようになってしまった、とヱツ子さんは
嘆く。自分でも経験した重労働を考えれば無理もないことだと思うが、出来る限り伝統
の味を守りたいと聡(あきら)さんの力強い言葉が頼もしい。ヱツ子さんのつきこんに
ゃくはファンが多く、今回も予約分を作るだけで精一杯だった。          

 「こんにゃく祭り」の主役がいつまでもつきこんにゃくであって欲しいと願うのは外
の人間の勝手な思いこみかも知れない。これだけの重労働で一日に出来るのが30個か
ら40個。日持ちしないこんにゃくという事を考えれば、その数を増やすのは無理があ
る。果たしていつまで、この味が残るのだろうか。4時に作業が終わり、ヱツ子さんが
調理したつきこんにゃくの煮物をお土産で頂き、筋肉痛になりそうな両腕を揉みながら
帰路に就いた。                                

 聡(あきら)さんの「来年も来なよ」という声に「また来ます」と応えた。心地よい
疲労が全身を覆っていたが、つきこんにゃくの未来を考えると心が重くなる。