山里の記憶115


りんご栽培:梅澤正一さん



2012. 11. 21



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 十一月二十一日、東秩父村皆谷(かいや)にりんご栽培の取材に行った。取材先は梅澤
りんご園の梅澤正一さん(八十一歳)だった。正一さんは、この地区で最も古くりんご栽
培を始めた人で、皆谷観光農園果樹組合の中心的な役割を果たしてきた。       
 組合は最盛期には四十三軒もの農家が参加していたが、その数は徐々に減少し、今では
正一さんが残るだけとなってしまい、この三月に組合を解散した。今は秩父JAのりんご
部会に参加して生産を続けている。                        

 正一さんのりんご園の品種は様々だ。フジを中心にしているが、オオリンに接いだ早生
品種や、最近はグンマメイゲツという品種も人気がある。シナノスイーツという新しい品
種も作っている。                                
 当初は直売場で販売していたが、あまり売れ行きは良くなかった。しかし、りんご狩り
をするようになったらよく売れるようになった。今では、りんご狩りの方が主力になって
いて、遠くからのリピーターも増えた。十年続けて来てくれる山好きの会の人達がいて、
今年も来てくれた。「ありがたいことだいねえ・・」と話す正一さん。        
 グンマメイゲツは群馬から買いに来る人もいる。浦和、上尾方面からりんご狩りに来る
人や遠く横須賀からりんご狩りに来る人もいる。りんご狩りファンとでもいうような人達
が大勢いて、木から自分で採って食べるのが最高だと喜んでくれる。         
 この日は、地元の城山(しろやま)保育園の園児が二十人程りんご狩りに来ていてにぎ
やかだった。正一さんは園児が昼食を食べる場所にブルーシートを張ったり、おみやげの
りんごを用意したりと忙しそうだった。取材の間もずっと園児の声が響く楽しいりんご園
だった。ひ孫のような子供達を見守る正一さんの顔がやさしい。           

梅澤りんご園に、近所の保育園の園児がりんご狩りにやってきた。 この待合所は正一さんがひとりで廃材を使って作ったもの。

 何でも自分の手で作ってきた正一さん。りんご園の待合所も電柱の古材を使って自分で
作った。屋根以外の材料は全部廃材だけで作った。小屋の隅には大きなタンクが据えられ
ている。聞くと、ここで消毒の液を作って、ホースを伸ばすだけで消毒出来るように工夫
したのだとのこと。作業効率も考え、安全対策も考え、自分で実行してきた。     
 隣で手伝っていた娘さんが言う「最初の頃は何でも自分でやって、手伝わせてもくれな
かったんよ・・」「私がやったりしたら、自分でやり直していたかんね・・」     
 手間のかかるりんごの世話を一人でやってきた。頑固さでは誰にも負けなった。   

 正一さんがりんご栽培を始めたのは平成元年だった。会社に勤めながら、家の前の畑に
フジを十本植えたのが最初だった。持ち前の研究心と頑張りで次々に木を増やし、りんご
園を作っていった。今は六十本くらいの木を育てている。              
 平成十二年には、矮化りんご研究会が主催する秩父郡果樹共進会で一位を取った。皆谷
の組合で一位と三位、六位を取った。皆谷観光農園果樹組合が最盛期の頃だった。   

りんご園を案内してもらう。「あれが旨そうだよ」と指さす。 りんご栽培の苦労と一年間の主な作業について聞いた。

 りんご園の管理は難しいし、忙しい。一年中何かしらの作業に追われる。小屋から出て
りんご園の中を案内してもらいながら、一年間の作業について聞いた。        
 今はりんご狩りで営業しているので出来ないが、本来なら収穫前の葉がある時期にお礼
肥えをする。樹勢の回復が目的の施肥だ。BM化成肥料や堆肥などを施肥する。りんご狩
りの営業しているとお客さんが来るので施肥が出来ない。順番に採り終わった木から施肥
するようにしている。                              
 収穫が終わり、冬になると皮削りをして幹の消毒をする。害虫やその卵、落ち葉の焼却
をして病原菌の駆除などをする作業だ。昔は真剣にやっていたが、今は「手抜きだいなあ
・・」と正一さんは笑う。昔はガスの火炎放射器で溜めた落ち葉を燃やしたものだった。
 冬のメイン作業は剪定だ。一年でたくさんの枝が上に伸びる。これを全部切り落とす。
一粒一粒のりんごに満遍なく日光が当たるように邪魔な枝を切り落とす。その年のりんご
を決めると言われるくらい大事な作業だ。上に伸びた枝は鳥除けのネットを掛ける際に大
きな障害にもなるので、丁寧に切り落とす。                    

 萌芽は四月。開花が五月から六月にかけて。開花の前に石灰硫黄合剤を撒布する。これ
は病気の予防のためで、毎年行う。一回三百リットルを二時間かけて撒布する。    
 消毒はりんご栽培に欠かせない作業だ。年間に十四回くらいの消毒をする。暑い時期の
消毒は大変だ。袋掛けをしてから本格的に消毒するようになるのだが、天気を見ながらの
作業になる。少しでも長く効果を持たせたいので、雨の降らないときにやる。たまに消毒
してすぐに雨が降ったりするとがっかりしてしまう。                

 開花すると、摘花という花を摘み取る作業があるのだが、今はやっていない。受粉の時
期は、人工授粉にするか自然に任せるか、ミツバチなどを導入するか悩むところだ。  
 今年初めて知り合いからミツバチを借りて放してみた。ところが、トラックで運ばれた
ミツバチが興奮状態の時に巣箱を開けたので大変な目に遭った。一斉に襲われて頭を二十
箇所以上も刺されてしまった。「まったく蜂屋は自分が完全防備だから平気なんだいなあ
まったく、本当にえらい目に遭っちまったい・・」「それ以来、黒いものを身につけなく
なったいね・・」と笑う。蜂は黒く動くものを襲う習性がある。           

 順調に受粉すればりんごは実を結ぶ。今度は摘果作業が待っている。余分な実を摘み、
一粒のりんごに充分な栄養が集まるようにする作業。これも「歳だから不完全なんだいね
え・・大小様々なりんごになっちゃうけど仕方ないやね・・」            
 袋掛けは大事な作業なので手を抜けない。害虫の侵入を防ぎ、りんごの色を見栄え良く
する。また、この時期からひんぱんに行われる消毒の薬から実を守る作用もある。   
 摘果をしないと旨いりんごは出来ない。正一さんのりんご園ではひと枝に十個のりんご
になるように摘果している。今までの経験上その数がベストだとのこと。木によって、こ
の木は百とか、この木は五十とか適正な数があるという。              

「ありがとうございました」園児たちの声がりんご園にひびく。 小屋に戻って消毒のやり方を聞いた。様々な工夫をしている。

 りんごにかける袋を見せてもらった。二重になっている袋。外側の袋は紙製で裏が黒い
色になっている。これは光を通さない袋。内側の袋はパラフィン状の赤い袋。これは光を
通す袋。隅を切って雨水が溜まらないようになっている。              
 除袋(じょたい)という袋を外す作業も経験が必要だ。除袋に失敗すると着色しない。
いきなり強い光に当てるとりんごは赤くならない。だから徐々に光を当てるようにする。
 袋をかけた時のりんごは真っ青な状態。この色が抜けて白くなる時が、外側の袋を外す
時期。そしてしばらく赤いパラフィン状の袋で弱めた日光を当てる。徐々に赤く色づいて
くる。色が安定したら全ての袋を外して満遍なく日に当てるようにする。りんごのきれい
な赤を出すことは、売れ行きにも大きく影響する。                 

 今年の除袋で正一さんはあやうくスズメバチに射されそうになった。りんご栽培ではス
ズメバチの被害がとても多い。袋の中に入ったスズメバチが、りんごを皮だけ残して食べ
てしまう。「まったく、上手に食うもんだよ・・」除袋したら中から二匹のスズメバチが
飛び出して来たという。「射されなくて良かったいなあ・・」            
 毎年、百個に一個はスズメバチに食われている。特に早生品種の三本がやられる。他に
まだ甘いものがない時期に実が成るので集中的に狙われるのだ。           
 スズメバチだけではない。カラスやヒヨドリ、アライグマやハクビシンなどが甘い実を
求めてやってくる。野生動物との戦いは激しくなるばかりだ。            
 台風の後に鳥除けネットが破れたことがあった。翌朝、中にカラスが入り込んでりんご
を食い荒らしていた。今年は箱罠をかけてアライグマとハクビシン三頭を捕まえた。  

 りんごの収穫は品種によって違う。早生品種から始まって、晩秋のふじまで九月から十
一月いっぱい続く。りんご狩りの営業は十二月まで続くこともある。         
 正一さんはりんご狩りを始めて良かったと言う。「いろんな人と交流できるんがいいや
ねえ・・」お客さんが「おいしい・・」って言って喜んでくれる。自分も好きでやってい
るんで、そう言って喜んでもらえるのが一番うれしい。               
 ただ、「最後まで勉強だいねえ、完成ってことはないやね・・」「昔はたくさんの人と
競争していいりんごを作ろうとしてたんだけど、ひとりになっちゃうとダメだねえ・・」
「ライバルもまたパートナーってねえ・・よく言うもんだいね・・」とつぶやく声が少し
寂しそうに聞こえた。