昔書いた自分の釣行記を読んでいたら、昔通った川がどうなっているのか？そんな想い
がムクムクと湧いてきた。懐かしい川を思い出すときは良い釣りの記憶だけがよみがえ
り、もう一度あの感動に浸れるのでは・・と淡い希望がオーバーラップしてくる。そん
な願望を押さえることが出来ず、利根川上流の何本かの支流へ足を伸ばした。
根利川と名前を変えた川の上流。未だ入った事の無い支流だったが、先月に仲間が入っ
て良い釣りをしたとの情報があった。期待に胸を膨らませて入渓。野猿の群れがけたた
ましい警戒音を発する異様な出迎えに、内心ギョっとしながらも堰堤から見下ろす細い
川に眼は釘付けになっていた。風が追い風なのでためらわずレベルラインテンカラを準
備する。そして入渓程なく竿からラインがほどけたのでたぐり寄せたら、何と竿のトッ
プが１５センチ程折れていた。どうやら上の木の枝に引っかけたのに気づかなかったよ
うだ。まだ何メートルも釣っていないのに、これには凹んだ。やっとこの竿の良さが分
かってきたところだったのに、肝心要のトップを折ってしまったのだ。ワンダーカーボ
昇天・・・ああ（泣）
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| 図らずもフライを振ることになってしまい、トラブルばかりで・・ | 開けた河原でひと休み。さて、どうしようか・・ |
仕方なく予備で持参したフライのパックロッドをセットする。フライロッドを手にする
のは何年ぶりだろうか。そして予想された事とはいえ、ここからライントラブルの連続
で釣りに集中できなくなってしまった。ロストしたフライは１０個以上。上が塞がって
いる川でのフライは難しい。魚が走るのだが毛鉤へのアタックは未だ無い。上流の橋ま
で釣ったが釣果はチビヤマメのみという情けなさ。牧場の人と挨拶して立ち話をする。
「釣れたかい？」
「いやあ、釣れなくてねぇ・・」
「ここに橋を作ったら上に魚が上がんなくなっちゃってねぇ、昔はえらいたんだが」
「そうですか、でも釣れないのは腕が悪いだけなんで、魚はいますよ」
「ほうかい、ほらぁ良かった」
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| 綺麗なパーマークのヤマメが釣れた。 | ヤマブキの花が咲いて、渓はまだまだ春真っ盛り。 |
車に戻り、昼の腹ごしらえをして別の川を目指す。釣り券を買った店のおばちゃんが秘
密だよと教えてくれた放流したばかりという淵には、地元のおじさんが立ち込んでルア
ーを投げていた。どうやらフラシ一杯の放流イワナを釣っているようだ。ためらわず立
ち去り、上流を目指す。ここは、かつて渓流キャンプに通った川だった。あの頃は餌釣
りしかしておらず、キープしたイワナを河原で焼いて食べたものだった。尺近いイワナ
や２５センチオーバーのヤマメを釣った場所だった。
キャンプをした堰堤上の広場はまったく様変わりしていた。開けた空間の広場になって
いて、生い茂っていた木々は全て無くなっていた。フライをセットして入渓する。ここ
は上が開けているので気分良くロッドが振れる。小さな瀬で大きなヤマメがフライにア
タックしてきた。ギラリとパーマークが見える反転に慌ててロッドをあおるが空振り。
魚がいる！俄然やる気になった。日が陰り、大粒の雨が落ちてきたが、かまわず釣り続
ける。淵の白泡に投げたエルクヘアカディスに大きな水しぶきを上げてアタックしてき
たのは２０センチほどのヤマメだった。大きく合わせてラインを懸命にたぐる。慌てて
いる様子が自分でもおかしい。ネットに入ったヤマメは綺麗なパーマークをしていた。
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| 昔キャンプをした川に移動して釣り始めた。 | 納得のヤマメが釣れた。 |
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| 朱点が鮮やかなイワナが釣れた。綺麗な色に見とれてしまう。 | またまたイワナが釣れた。ちょっといい型。 |
続けてイワナが釣れた。雨も上がったので、気分良く淵の横で休憩する。魚が釣れるだ
けで周りの景色まで愛おしくなって来るのだから現金なものだ。その後さらにイワナを
追加し、堰堤の下で脱渓した。数は少ないが綺麗なヤマメとイワナに大満足だった。
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| 堰堤があったので、ここで脱渓した。 | 今晩の宿、SLホテル。宿泊客はたった一人だった。 |
川場村に予約した宿に向かう途中で夕食を食べる。今日は宿泊客が一人しかいないとい
う事なので素泊まりにしてもらったのだ。明日の朝食はコンビニのお握りとなった。宿
はSLホテルと言い、川場村の役場の隣にある村営ホテルだ。素泊まり６５００円、朝早
く出かけるため先に支払いを済ませる。温泉は貸し切りなのでゆっくりと入り、廊下の
自販機で缶ビールを買い、部屋で明日の毛鉤を巻く。午前中にロストした毛鉤を巻かな
ければならないのだ。テレビでは野球をやっているが、毛鉤を巻く事が忙しくて内容な
どは分からない。巨人がロッテに１１対０で負けたようだ。
４時半に起き、身支度をしてホテルを出る。目指すは、昔温泉に泊まりながら夕マズメ
に良形ヤマメを釣ったこの村の川。昔車を停めた田んぼの横は昔のままだった。しかし
そこから見える川はまったく様変わりしていた。藪のようだった河畔林が無くなって、
大きな岩がゴロゴロと転がる河原になっていたのだ。フライをくわえて下流に消えた大
ヤマメが棲んでいた川とは別の川になっていた。おまけに雪代が出ているようで、水量
が多い。川というものは生き物だとあらためて実感した。たぶん何年か前に大きな出水
があったのだろう。記憶の中の川はすでに消滅していたのだ。
開けた川は気分良くフライは振れる。歩きやすい河原を快調に釣り上がるが当たりは無
い。広く深い淵の巻き返しに２０センチほどのヤマメに死骸が沈んでいた。初めて眼に
する魚の気配が死骸とは不吉な・・。雪代と思われる太い流れの筋には魚がいるような
気配は無い。小さな淵や巻き返しを中心に攻めるが当たりは無い。毛鉤で攻めるには時
間が早すぎたのかもしれない。ただ、記憶の中の川と違ってしまったという１点で、こ
の川での釣りにやる気を無くしてしまっていたのかも知れなかった。
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| 思い出の川はまったく渓相が変わっていた。 | この景色は昔のままなのだが・・ |
２時間半釣って、昔脱渓した橋で昔のままに脱渓した。釣果はゼロ。そこから見える景
色は昔とまったく変わっていなかった。遠く道の先に自分の車が見える。大自然の中で
ポツンと主人の帰りを待っている我が愛車の愛おしい姿よ。この車と一緒に出かけた場
所は数知れずある。その一つ一つが記憶の中にしまい込まれて、ある日突然何かのきっ
かけで懐かしく思い出したりするのだろう。そして、今回のように再訪する事もあるの
かも知れない。でも、記憶の中の川はすでに無くなっているのだ。
昨日の川に戻って釣りをする。おばちゃんが教えてくれた秘密の淵には人影が無かった
ので、ルアーをセットして釣り始めた。立て続けに２６〜８センチほどのイワナが釣れ
たが、４尾を数えたところで止めた。やはり、尻尾の綺麗な魚を釣りたいと上流に移動
してフライを振る事にした。雲一つ無い晴天で釣りには厳しい天気になったが、それで
も最後は渓流でヤマメを釣ることが出来た。久しぶりのフライロッドに悪戦苦闘だった
が、その日、その場所での釣りを真剣にやるという原点を確認できた釣りだった。思い
出の川は日毎に姿を変えている。記憶に残る川は記憶の中にしか存在しないのだ。
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| 秘密の淵。放流イワナが群れていた。 | 最後に綺麗なヤマメを釣ったポイント。 |
レガシィのバックドアを上げて腰を下ろし、川を眺める。車と一体になるようなこの姿
勢が好きだ。しばらく川と森を眺めて麦茶をゴクリと一口飲み、車につぶやいた。
「さて、帰ろうか」
