プランバナンとボロブドゥール


世界遺産に指定されているインドネシアの石塔寺院へ行った。


世界遺産の旅(インドネシア)プランバナンとボロブドゥール           

5月9日の朝9時半にジョグジャ・カルタに到着した。晴れていて暑い。ここからバス
に乗り、ソロを目指す。目的はアジアチャンピオンズリーグの試合観戦だったが、ここ
では途中で見た世界遺産の石塔寺院プランバナンと翌日にツアーで行った同じく世界文
化遺産に登録されているボロブドゥール寺院のことを書きたい。          

世界遺産の看板が入り口に立っていた。 広大な敷地に建つ石塔寺院。

ジョグジャ・カルタのプランバナン遺跡に到着。寄ってくる何人もの押し売りを避けつ
つ入り口へと進む。ガイドのミントさんが説明をしてくれる。初めて見る石塔寺院だ。
安山岩を加工してあるのだが、目の前に無惨に崩れ落ちている石の固まりが痛々しい。
インドネシアは地震が多い。地震のたびに多くの石塔寺院が崩れ落ちていて、再建の見
込みも無い状態なのだそうだ。このプランバナンも大きな寺院の上部が斜めに傾いてい
て近寄れない状態になっている。240もの石塔寺院が崩壊したまま放置されているの
だから悲惨だ。シヴァ神殿の壮麗さや巨大さよりも、むしろ崩壊した寺院群に哀切を感
じてしまった。                                

まるで巨大な炎のようにも見える石塔の群れ。 入り口に達つ石像。鼻をなでてから入場した。

プランバナンはヒンドゥー教の寺院だ。インドネシアは80%ムスリムで、参拝者も当
然ムスリムが多い。信仰に根ざしたものでなく、単に観光施設として見ている為に再建
の道が遠いのかと疑ってしまう。ムスリムは偶像崇拝を禁止しているから、素晴らしい
レリーフも石像も単なる物体でしかないのだろう。この壮麗な寺院を建築した当時のヒ
ンドゥー教の熱狂は今知るすべがない。顔がつぶれたレリーフが多いのはムスリムの偶
像崇拝禁止から起きた破壊の痕跡なのかもしれない。               

近くまで寄ってみた。中央のシヴァ神殿が圧倒的な迫力で迫ってくる。47mという高
さを石で組み上げた技術も凄いが、見るものを圧倒するその重量感溢れる迫力が凄い。
この寺院を建設した当時を思うことすら不可能だが、完成当時見上げる民衆には神の姿
が間違いなくそこに見えたに違いない。荘厳で圧倒的な迫力で迫る石塔は、燃え上がる
炎のようにも見える。森羅万象に宿るヒンドゥーの神々が炎の中にハッキリと見えたに
違いない。                                  

圧倒的な迫力で迫るシヴァ神殿。 崩れたまま修復できない神殿が無惨だ。

隣の傾いた神殿は資金不足で復旧のメドは立っていない。神殿の傍らには崩れて落ちた
石塔の一部が転がっていた。組んである工事の足場は単に崩落危険につき立入禁止を表
しているに過ぎない。横の回廊を抜けて寺院の外に出る。振りかえって見上げると、正
面から見るよりも哀愁が漂っている。広大な敷地に建つ石塔寺院が灼熱の太陽に焼かれ
ていた。崩れ落ちて散乱した石の一つ一つを太陽が真上から照りつけていた。    

周辺の公園は整備されていて、散策には楽しそうだ。見たこと無い木がたくさん植えて
あり、ジャスミンやハイビスカスの花が色鮮やかに咲き競っている。工事に携わってい
る人も日中は木陰で休んでいる。あまりの暑さに日陰を選んで歩いていても汗が全身か
ら噴き出してくる。動いているのは観光客と物売りの人ばかりだった。木の種類が分か
ればもっと楽しい散策になったのかもしれない。ガイドのミントさんが「これは菩提樹
です」と教えてくれたが、どう見ても日本で覚えた菩提樹とは葉の大きさが違っていた
。う〜〜ん・・果たして同じ木なのだろうか?? 分からない。          

ジャスミンの花を初めて見た。香りが良かった。 椰子の木の下で解説するミントさんとツアーの一行。

ガイドのミントさんは市内の他の寺院も案内しようと言ってくれたが、この暑さの中で
歩き回るのは体力を消耗するだけなので、丁重にお断りし、本来の目的地のソロへ向か
ってもらった。公園を出るときまで物売りの攻勢が続いた。上海ほどではないが、物売
りが観光客に群がるのはすごい。あの暑さの中で、あのエネルギーはすごい。    

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ジョグジャ・カルタのホテルを9時に出発して、3人でボロブドゥール遺跡ツアーへと
向かった。車は市内から郊外へと走る。約1時間のドライブだという。窓の外に展開す
る景色が田舎らしくなり、田畑が見え、バイクの数も少なくなってきた。大都市には見
られない人々の暮らしぶりが垣間見えて楽しかった。運転手さんは片言の日本語しか分
からないので会話にならず、質問しても答えが返ってこない。英語もよく分からないよ
うだ。大きな竹に飾り物を付けて門の外に立ててあるのは新婚の家の印だそうだ。きれ
いな飾り物で、出来ればじっくり見たかった。                  

ボロブドゥール遺跡が近づくにつれ、石屋さんが多くなった。見事な石の彫刻が並び、
思わず振りかえるような店が続いた。石像や石仏を作る技術者が多く、その腕も相当な
ものだということがよく分かる。ボロブドゥール遺跡はジャングルの中から忽然と現れ
た。運転手さんが指さした道路の先に本当に急に現れた。この大きさの遺跡がまるまる
土の中から発掘されたとは信じられない大きさだ。車は駐車場に入り、ここからは3人
だけで入場する。ものすごい数の物売りがワラワラと近寄ってくる。みな日本語が上手
だ。ガイドブック、水、帽子、傘などなど・・・世界遺産の中でこんなに物売りがいて
いいのかと思わずつっこみたくなってしまう。                  

ボロブドゥール遺跡が見えた。 記念写真を撮る団体客。観光地だ。

ムスリムの中学生くらいの団体がけたたましい笑い声を上げて記念写真を撮っている。
ボロブドゥール遺跡は古代仏教の遺跡だが、聖地巡礼などという気配は微塵もない。ま
あ確かにムスリムの人々にとっては単なる観光地なのだから仕方ないことだ。物売りを
かき分けて遺跡に向かう。階段を登るとそこには無数の石塔が天を差して屹立していた
。まるで巨大な剣山のように。よく見ると、計算された一定の法則に従って仏像が安置
され、その周囲にストーパと呼ばれる石塔が建っている。4層の回廊には釈迦の成長を
表すレリーフが200以上の場面を描き、登場人物は一万人を超えると言われている。

回廊のレリーフ。 こんな回廊が4段重なり、頂上へと続いている。

大勢の観光客に混じって回廊を進む。物語が分かるわけではないが、きれいな石像の写
真を撮りながら回廊を歩くのも楽しい。いったい誰が何のために作ったものなのか。埋
もれていた土が下の土と同じだったのはなぜか。謎の多い遺跡で世界七不思議の一つに
数えられているそうだ。これだけの規模の石像と石塔を作った文明とは、その力の源は
いったい何だったのか。考えても分からない謎がこの遺跡を一層神秘的にさせている。

ところどころで仏像が露出していた。 回廊のレリーフ。顔が印象的だった。

ジョグジャ・カルタからのボロブドゥール遺跡ツアーの中には、早朝暗いうちに出発し
て、この遺跡の頂上で朝を迎えるツアーがある。見はるかす朝靄の中に浮かび上がるボ
ロブドゥール遺跡。もっとも神秘的で荘厳な瞬間だという。今、灼熱の太陽に焼かれて
階段を登る我々には到底想像も出来ない話だが、そんな時間に来られたらさぞ印象深い
ものになっていたことだろう。回廊のレリーフを全部見る時間もないので飛ばしながら
頂上を目指す。無数のストーパが立っているが、その一つ一つの内部に仏像が安置され
ている。ストーパが壊れ、むき出しになった仏像も多い。一つ一つがじつに優しい顔を
した仏像だ。                                 

いきいきした群像のレリーフ。 仏像とストーパ。ストーパ一つに仏像が一体安置されている。

上に行くにしたがってストーパの形が変わる。ストーパの隙間から仏像の左手に触ると
幸運に恵まれるということで、ストーパに手を差し込んでいる人が多い。頂上にひとき
わ大きなストーパがあり、周囲にストーパが3重に設置されている。敬虔な仏教徒は左
回りにストーパを回るらしい。頂上のストーパでひと休みした。次から次へと人が登っ
てくる。台座に腰を下ろし、周囲のジャングルを見わたす。所々から焼き畑と思われる
煙がたなびき、無数の椰子の木が風に葉を泳がせている。その昔、ここに寺院を建設し
ていたころも同じ景色だったはずだ。いったい何の為にこのような壮麗な寺院を造った
のか。そしてそれを埋めたのか。1時間ほどそんな事をボンヤリと考えていた。   

頂上のストーパ。古代ジャワ仏教の聖地。 頂上のストーパに腰掛け、周囲を見わたす。

上から見た配置図は曼陀羅のようにも見える。下から見上げる無数のストーパの山はま
るで大海に浮かぶという須弥山(しゅみせん)かのよう。遠くから見上げたシルエット
は燃えさかる炎のようだった。古代仏教の教えを表した建築だということは何となく分
かるが、それ以上はまるで雲をつかむような話だ。ムスリムの女学生が台座の下をにぎ
やかに通り過ぎて行く。心地よい風が額の汗を乾かしてくれる。じっと座っていると、
なんだかゆったりした気分になる。大きな安心に包まれているのを感じる。     

帰りの車の約束時間が近づいたので頂上から下りる。下まで下りて再度見上げる。ここ
に来ることはもう無いだろうと思うと、しばし遺跡に見入ってしまう。わずかな距離だ
が「下界に下りてきた・・」という印象に近い。遺跡はやはり高貴なものだったのだ。
そして、何かを吹っ切るかのように大勢の物売りが待ち受ける出口へと歩く。信仰心で
満ちあふれた人々に囲まれたボロブドゥールを見てみたい・・と強烈に思った。遺跡で
はなく聖地としてのボロブドゥールを見てみたい。かなわぬ思いだが、ふとそんな思い
で頭がいっぱいになった。                           


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