紀伊半島一周・尾鷲から熊野まで


紀伊半島一周ドライブスタート。尾鷲から熊野まで走った。



 3月6日、朝から雨が降っている。ホテルビオラの夜は疲れていたためか熟睡していたよ
うだが、カミさんは「いびきがうるさくて寝られなかった…」とごきげん斜めだ。申し訳
ない事をしたと思うが、自分ではわからないので困ったものだ。           
 朝食は頼んでいないので、昨日買っておいた「めはり寿司」を食べる。レンジで温めれ
ば良かったのだろうが、寿司なのでそのまま食べたのが失敗だったかもしれない。少し固
くなった寿司飯は口当たりが悪かった。高菜と一緒に噛んでいると表面にまぶしてあるゆ
かりと渾然一体となっておいしい寿司だった。シンプルな料理で飽きの来ない味で、長く
愛されているのがわかる気がした。                        

朝食は昨日買っておいた「めはり寿司」を食べる。 シンプルな味でおいしかった。レンジで温めればもっと良かったかも。


お世話になったホテルビオラの部屋。 シンプルでビジネスホテルとしてはいい部屋だった。

 ホテルをチェックアウトして近くのガソリンスタンドでガソリンを入れる。スタンドの
おじさんと楽しい会話。バイクの話で盛り上がる。高速より下道の方が絶対いいと意気投
合する。                                    
 ナビが動かないので、そのまま海岸線を走る。道はどんどん細くなり、ついには通行止
めの看板が出てしまった。仕方ないので来た道を戻り、尾鷲から再出発。行き当たりばっ
たりもいいが、こんな調子ではどこまで行けるかと少々不安になる。         
 国道を走る事で道路の心配はなくなった。尾鷲はヒノキの町だった。山々はヒノキに覆
われ、どこまでいっても鬱蒼としたヒノキの山が続いていた。そして山を越えて熊野市に
入った途端にヒノキが杉に変わった。いきなりの変化だったのでびっくりした。今度は山
が見渡す限りの杉山になった。カミさんの花粉症を心配したが、今のところ症状は出てい
ない。                                     

雨に煙る山々。紀伊半島の山はなんだかモコモコしている。 尾鷲はヒノキ山だったが、熊野は杉山だった。

 杉山が徐々に常緑広葉樹の山になってきた。本当に緑のモコモコした山で、険しい山が
続く。この山肌の見えないモコモコの山々は関東の山を見慣れた目には異様に映った。何
というか優しさのかけらもない険しく強い山だ。この強い山々に産まれた神様は、たぶん
関東の山で産まれた神様よりずっとずっと強い神様なのだろうと自然に思えた。    
 熊野尾鷲道路は使わずに、一般国道を走っていたのだが道の駅やドライブインなど閉鎖
になっているところが多かった。立派な自動車道が出来ると今までの国道はさびれてしま
い、閉店を余儀なくされる。それはどこの町でも同じ事。ドライブしながら商売の厳しさ
を知る。                                    

 熊野市の駅近く、スーパーオークワでトイレ休憩。総菜コーナーにはめはり寿司とさん
ま寿司がズラリと並んでいた。休みながら地図を確認すると、近くに獅子岩という観光ス
ポットがあるが、雨なのでパスする。そして最初の神社「花の窟神社」へと向かう。  
 花の窟神社は日本最古の神社と言われており社殿のない神社としても有名だ。イザナミ
の墓所として祀られ、巨岩がご神体として祀られているという神社に参拝する。巨岩を見
上げ、柏手を打つ。神妙な気分になるのは神社に至る参道が厳粛だったから。鳥居をくぐ
った瞬間から何ものかに見つめられるような視線を感じた。気配の濃い森だった。その奥
の巨岩を見上げたときに、素直に両手が合っていた。                
 カミさんは記念としてここでご朱印帳を購入した。日本で一番古い神社からご朱印を集
めるのも何かの縁かもしれない。思いついた事なのか、前から考えていたことなのか、い
ずれにしてもよい記念になるご朱印帳になりそうだ。                

日本で一番古い神社「花の窟神社」イザナミの墓所。 鳥居の中の気配がすごい。ここは何かがいる。


聖地であることを示す石柱。 この先にご神体の岩壁がある。社殿はない。


手水舎で身を清める。丸い岩にしめ縄が張ってある。 これがご神体。花の窟の名前の通りだった。


神妙に参拝するカミさん。 記念にご朱印帳を買ってご朱印を頂く。

 花の窟神社を出て車は海岸通りを南下する。海岸通りと言っても防風林のお陰で海はま
ったく見えない。途中の道の駅パーク七里御浜に立ち寄るが、特に見る物なくがっかりす
る。ミカン加工工場を併設しているのだが、観光客としてはお土産物をもう少し充実させ
て欲しいところだ。                               
 先を急いだが、すぐに次の道の駅紀宝町ウミガメ公園に到着。ここでも休憩する。ここ
は店内の展示物も充実していて見てて楽しかった。総菜コーナーの揚げ物(練り物?)が
充実していたので写真をパチリ。出口に並んでいたコウヤマキは。この辺の人達がお供え
に使うもの。こういう道の駅でもスーパーでも普通に売っている。関東では見られない光
景だ。併設されているウミガメ博物館にも引かれたが、時間がないのでパスした。   

道の駅でトイレ休憩。揚げ物コーナーが充実していた。 ここではお供えに「コウヤマキ」を使う。道の駅でも売っている。

 新宮市に入り、道路標識の示すままに熊野速玉大社の駐車場に車を停めた。熊野速玉大
社は熊野三山の一つで、今回の目的の神社でもある。熊野三山の守り神と言えば八咫烏。
サッカー日本代表のシンボルでもある八咫烏の神話は日本書紀から始まる。サッカーファ
ンとしては見逃すことが出来ない神社の一つだ。                  
 駐車場から正面入り口まで回り、下馬橋を渡り大鳥居を抜けると、右手に八咫烏神社が
ある。丁寧に参拝し、日本代表の勝利を願う。歩を進めると左手にナギの巨木が見えて来
た。ナギの木はご神木として守られている。葉に葉脈がないことから男女の縁を保つお守
りとなっており、落ち葉を捜す人が多い。私も三昧ほど拾って財布に収めた。このナギの
木は天然記念物になっている。                          

神橋を渡って神域に入る。 大鳥居をくぐってすぐ右手に「八咫烏神社」当然参拝する。


天然記念物、巨大な「ナギの木」この葉がお守りになる。 狛犬ならぬ狛シーサー。速玉大社の守り神はひょうきんな顔。

 神門には巨大なしめ縄がかかり、神妙な気持ちでくぐり、神域に入る。朱が鮮やかな拝
殿が目の前に広がる。ここには全部で18柱の神様が鎮座している。丁寧に参拝し、カミさ
んがご朱印をお願いしている時間に売店をのぞくと、なんとサイン入りの日本代表のユニ
フォームが飾られていて嬉しかった。やはりここはサッカーの聖地だ。        
 日本代表のお守りと熊野牛王神符を求める。熊野カラス文字の神符だ。熊野三山それぞ
れ違う熊野カラス文字で描かれた神符を求めるのが熊野での目的の一つだった。    
 境内のオガタマノキに驚いて写真を撮る。オガタマノキは神木として神社の境内に植え
られることが多い木だが、このオガタマノキは巨木という大きさで天然記念物に指定され
ている。落ち葉を三昧拾って財布に収めた。                    

神門は厳粛な気持ちでくぐる。玉砂利の音が涼しい。 朱塗りの拝殿が雨の中で鮮やかだ。


拝殿をアップで撮る。本当はやってはいけない行為。 ご朱印所に飾ってあった日本代表サイン入りユニフォーム。


天然記念物オガタマノキ。横に立つとその太さがわかる。 見上げる枝振りがすばらしい。苔に歴史の重みを感じる。


聖域から門の裏側を撮る。朱色が美しい。 熊野速玉大社の牛王(ごおう)神符。誓約書の代名詞。

 熊野速玉大社への参拝を済ませ昼食をどこにするかを迷っていたら、神社の門の前に小
さな食事処があるのに気づいて入ってみた。おばちゃんとおばあちゃんがストーブで温ま
っているのどかな店だった。店内は清潔で暖かく、寒い神社から来た身には天国のようだ
った。                                     
 「花風月」という店で、ここで「あおさ蕎麦」を注文する。定食にするとめはり寿司が
付くという事で、私は定食にする。あおさ蕎麦は温かくおいしかった。めはり寿司は今朝
食べたものと違い、暖かく高菜餡も入っていてとてもおいしかった。めはり寿司は温かい
方が断然旨い。                                 

店を探したら門前にあったので入ってみた。 陽気なおばちゃんが勧めてくれた「あおさ蕎麦定食」


暖かい店で温かい蕎麦を食べて、体を暖める。 お店の看板。暖かさがありがたかった。

 車に戻り新宮市内の阿須賀神社へと向かう。幸いなことにナビが機能していたので簡単
にたどり着く事が出来た。阿須賀神社は阿須賀王子と呼ばれた速玉大社の摂社の一つで平
安時代から続いている神社だ。社殿背後の蓬莱山がご神体で、中世の熊野詣ではまずここ
を参拝してから向かったものだという。雨の中の参拝を社務所の女性が気遣ってくれた。
ご朱印は見事な筆跡で目を奪われるようなものだった。               

阿須賀神社に到着。ここは熊野詣での人々が最初に訪れる王子社。 鳥居をくぐって神域へ。ご神体は背後にそびえる山とのこと。


雨に濡れた拝殿の朱色が美しい。 雨の中、静かに佇む神社。人が少ないのでじっくり味わえた。

 市内を走り抜け、速玉大社の本宮として名高い神倉神社を目指す。元々は神倉の地に祀
られていた神様を今の速玉大社にお迎えしたので、神倉神社を古宮といい、速玉大社を新
宮と呼んだ。新宮があるので町の名前が新宮市になったという元の神社だ。      
 しかし、この神社にたどり着くのが大変だった。平安の昔からある町並みだから道がと
にかく狭い。おまけに案内表示がまったくない。ウロウロ走り回って、まさかこんな細い
道は違うだろうという細い道の先に駐車場があった。車を停めて神社に参拝しようと思っ
たのだが、注意書きを読んでびっくりした。そこには「子供・女子・老齢の方は参拝をご
遠慮下さい」また「雨の日の参拝はご遠慮下さい」とも書いてある。雨は降り続いていて
、どうしようかとカミさんの顔を見る。じつは、速玉大社でカミさんが神倉神社のご朱印
を先に頂いてしまったのだ。神倉神社には人がいないのでどうしますか?と聞かれ、お願
いしますと頂いたもの。ご朱印をいただいた以上神倉神社に参拝しない訳にはいかない。
ゆっくり登れば大丈夫だろうと登り始めたのだが、それが甘かった。         

この橋を渡れば神倉神社の神域。横の看板の注意書きに驚いた。 大鳥居の先の石段がなんだか変だ……。


この石段はやばい! こんな石段は見たことない。 上まで行くとややなだらかになるが、ここまでが大変だった。

 神倉神社の石段は源頼朝が寄進したというから鎌倉時代のものだ。巨岩を組んで階段に
してあるのだが、その勾配が半端ではなかった。石段は徐々に勾配を増し、手を突いて登
るような勾配にまでなってしまった。ふり返るとあまりの急勾配に下を見て足がすくむよ
うな石段になっていた。カミさんはここで登るのをあきらめ、這うように下に下りた。 
 そこからは必死だった。傘をさしながら滑る足元を気にしながら上へと歩を進める。慎
重に慎重にと登るのだが、ふとした表紙に後ろを見ると怖さに足がすくんだ。     
 途中から勾配が楽になったのはいいのだが、雨上がりが近いと見えて、周囲のあらゆる
場所から「ゲッ…ゲッ…ゲッ…」という無気味な声が聞こえてきた。まるで取り囲むよう
な感じでどこからも声が聞こえる。ご神体のゴトビキ岩のゴトビキとはヒキガエルのこと
だという事を思い出しぞっとした。「この山、もしかしてビキを飼ってるんじゃ……」冷
や汗が背中を流れる。天敵のあいつらだけは絶対に見たくない。見たら絶対先に進めなく
なる。とにかく足元だけを見て、余計なものは見ないようにして先を急いだ。     

頂上の鳥居が見えた。この先に拝殿がある。 ご神体のゴトビキ岩と拝殿。最後まで急な石段が続く。


頂上からの景色。新宮市街がはるかに見下ろせる。 むりやり笑顔になって自分の写真を撮る。

 頂上の鳥居をくぐるとご神体のゴトビキ岩と拝殿があった。すぐにお参りして写真を撮
る。写真を撮ったらさっさと逃げるように戻った。「ゲッ…ゲッ…ゲッ…」という無気味
な声がずっと聞こえているのだから最悪だ。雨が小降りになったので傘を杖代わりにして
急階段を下る。慎重に足を進めるのだが、腿や膝ががくがくいい始めて震え恐怖感も出て
来た。途中からゴトビキの声がしなくなったので良かったが、階段は最後まで怖かった。
 神倉の火祭りといって、氏子の男達2000人くらいが手に手に火の点いた松明を持って
この石段を駆け下りるお祭りがあるというが、まったく狂気の沙汰だ。ぜったい死人が出
るだろう。                                   

頂上の鳥居からふり返って写真を撮る。周囲には無気味な声が… ここを下るには手を突く必要があった。

 やっとの思いで下りた鳥居の先でカミさんが心配そうに待っていた。聞けば何人かの人
が後に登ったのだがみんな途中で下りて来たとのこと。参拝したことを告げ、写真を見せ
るとほっとした表情に変わった。それにしてもゴトビキの不意打ちには焦った。    

雨上がりの熊野川。 あの山々の中、雲の中に熊野本宮大社がある。

 新宮から熊野川沿いを北上し熊野本宮大社を目指す。平安時代からこの熊野川を舟で巡
礼したという大河だ。ちょうど雨も上がり、本宮方面の山々に雲がかかっているのが神秘
的な景色になっている。                             
 昨夜予約した宿を目指す。まだ時間が早かったのだが、夕食を頼んでいないので、近く
に食堂などがあるかどうか確認するためだ。今日の宿は湯の峰温泉の「あづまや」。源泉
を二つ持つという老舗旅館だ。車を共同駐車場に停めて小さい温泉街を歩くが、どうやら
食堂はなさそうだ。どこかで夕飯を食べてくるか買ってくるかしなければならない。  

 車に戻り、熊野本宮大社を目指す。二十分ほどで到着し、正面から参拝し、158段の石
段を見上げてため息をつく。神倉神社の山登りで足がパンパンになっているのにむち打っ
て石段を登る。これは明日筋肉痛になるに違いない。                
 神門は大きく豪壮だった。玉砂利の境内は歩く度に音がして心地よい。神門の内側には
二本のオガタマノキ。まだ若い木でこれから何百年と木齢を重ねることだろう。お参りす
る社は左から結宮(むすびのみや)・証誠殿(しょうじょうでん)・若宮(わかみや)と
並ぶ。それぞれに参拝してお礼を伝える。圧倒的な存在感が、静かに厳かに人を受け入れ
てくれる。人生蘇りの地と伝えられるこの場所で、どれだけ多くの人が救われてきたのだ
ろうか。                                    

熊野本宮大社に到着した。 厳粛な気持ちで大鳥居をくぐる。


長い階段を見上げてため息をつく。今日は石段に恵まれている。 大きな手水舎で身を浄める。


八咫烏ポストがあった。ここで出す手紙には八咫烏の消印がつく。 境内の大きな旗にはみな八咫烏のマークがついている。


荘厳な総門を入る。ここから神域になり、玉砂利が美しい。 満山社にお参り。家内安全の神様。


美しく荘厳な拝殿。四神社に参拝する。 簡素な色彩が美しい。モノトーンの拝殿は歴史を感じさせる。

 カラス文字の熊野牛王神符を求める。いたるところに八咫烏の紋章がちりばめられてお
り、サッカーの聖地であることを表している。なぜ、サッカー日本代表の紋章が八咫烏な
のかを考えてみた。詳しくは知らないが、その役割から「みちびくもの」という意味があ
るのではないだろうか。神武天皇を大和まで先導したのが八咫烏と言われている。日本の
サッカーを世界水準にまで導いて欲しいという日本サッカー教会の切なる願いが込められ
た紋章なのではないだろうか。                          

熊野もうで餅とお茶を頂く。冷えた体が暖まった。 日本代表バージョンの自販機。売っているのはキリンビバレッジ。

 参拝を終え山を下る。参道の途中にあった「珍重庵」で「熊野もうで餅」と抹茶をいた
だく。冷えたからだが暖まりおいしかった。外に小さな商店街があり、そこに「お弁当」
の文字があったのでのぞいてみた。売れ残った「さんま寿司」と「おまぜ」があったので
購入する。ついでにカップ味噌汁も購入し今晩の夕食に食べる事にした。       

 宿にチェックインしてひと休みする。硫黄の匂いが漂う温泉街には世界遺産に登録され
ている「つぼ湯」がある。700円、二人で30分交代で入る決まりになっているという小さ
な湯だが、団体さんが交代で入っているようで、どうやら割り込む隙間はなさそうだ。こ
こ「あづまや」の露天風呂の源泉はつぼ湯と同じなので、無理してつぼ湯に入らなくても
問題ない。ゆっくり宿の温泉を楽しもうと思う。                  

湯の峰温泉に到着。小さな山あいの温泉郷。 川にある源泉から硫黄臭の湯気が立ち上っている。


今日の宿、湯の峰温泉「あづまや」歴史ある旅館だ。 川の反対側にあるお寺「東光寺」


東光寺の横には立ち寄り湯の公衆浴場がある。 あづまやのフロント。床がギシギシいうのがいい。

 宿は外国人客も多く、Wihiも完備しており、インターネットも楽に出来た。団体客が夕
食の時間に温泉に行くと、案の定誰もおらず、ゆっくりと名湯を堪能できた。古い木貼り
の内装が歴史を感じさせるやわらかいお湯だった。足をもみほぐして疲れを取った。  

お風呂の脱衣所。 夜の露天風呂。源泉は世界遺産「つぼ湯」と同じ湯。


内湯の内装。木作りでほっとするお風呂。湯はサラサラ。 高めの湯温なので低温の上がり湯が別に設えられている。

 部屋で缶ビールを飲みながらさんま寿司とおまぜを食べ、味噌汁を飲む。簡単だがおい
しい夕食だ。さんま寿司はしめたさんまがおいしかった。おまぜは雑穀やお豆が素朴な味
だった。こうして軽い夕食にしないと消化しきれないので宿には申し訳ないが夕食はパス
する。                                     
 明日は那智勝浦に泊まろうと宿を探す。三軒目で空いている宿があったのでそこに決め
る。やはり夕食はなしで予約できた。                       

夕食は買って置いたさんま寿司。 噛むと、酢じめのさんまと酢飯が混ざり合ってえも言われぬ味に。



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