トミスラフ・マリッチ讃


半年間という短い時間に多くのものを残してくれたクロアチアのサムライ。


2006.1.1:第85回天皇杯決勝:清水エスパルス:国立競技場


ウイニングウオークで場内一周する選手達。 バックスタンド前でサポーターと勝利の雄叫びを上げる。

優勝後の場内一週が始まった。その主役は誰もが認めるマリッチだった。この天皇杯は
マリッチのためにあった、とギドに言わしめた主役。毎試合の得点がそれを物語ってい
る。今日の決勝でも美しいゴールが決まり、マリッチは浦和レッズの伝説になると確信
した。その風貌と長い髪を一つにまとめるヘアスタイルから、そして熱い熱いそのプレ
ー、クラブへの忠誠心から、サポーターから最後のサムライという称号を得ている。ス
タンドからはマリッチへの声が一番多い。その一つ一つに手を振って応えるマリッチ。
こんなに活躍しているのに契約満了でヨーロッパに帰ってしまうマリッチ。     

目の前を歩いて行く勇者達。声をかけると手を振ってくれた。


ゴール裏のサポーターと勝利の雄叫びを上げる選手達。この瞬間を待っていた。

昨年のレッズはアクシデントの連続だった。中でも一番大きかったのはエメルソンの離
脱だった。エースの抜けた穴を埋めるべく選ばれたのが、元クロアチア代表のマリッチ
だった。年齢やキャリアから当初はあまり期待されていなかった。しかし、その真面目
な性格やプレースタイルが周囲の選手に認められるとすぐにチームにフィットした。得
点を重ねるごとにその存在感を増していった。                  

ナビスコカップの千葉戦だった。ゴール前の混戦でストヤノフの肘打ちを受けて頬骨を
陥没骨折したマリッチは痛そうな素振りも見せず、自分で交代のサインを出し、スタス
タと帰ってきたのだった。その時スタンドでは骨折などまったく分からず、いったいマ
リッチはどうしたんだ?と声が上がっていたのだが、後で骨折していたと聞いて驚いた
。あの場面で、痛そうな素振りも見せず、自分で交代を告げる。何て強い男なんだ、何
て逞しい男なんだ・・と驚嘆したことを思い出す。骨折のリハビリを終えてスタメン出
場したマリッチにスタンドから大声援が送られたことは当然だった。        

7:0と大勝したが、達也のケガで喜びきれなかった神戸戦だった。ハットトリックし
たマリッチがヒーローインタビューだった。インタビュー後、場内一週の挨拶に回った
マリッチは南で一回、バックで3回、ゴール裏で3回、メインで1回と深々と頭を下げ
、サポーターと喜びを交歓した。その律儀な姿勢と謙虚な態度にその人柄が伝わってく
る姿だった。得点をする毎に胸のエンブレムを指さし、クラブへの愛を示す。決勝の得
点時にはサポーターが広げたフラッグにひざまずき、胸のエンブレムを両手でつかむ仕
草で喜びを表す。こんなマリッチの姿に感動しないサポーターはいない。      

選手の場内一週が終わり、記念撮影も終わり、選手も全員中に入ってしまった。しかし
ゴール裏とスタンドの2万余のサポーターはだれ一人帰ろうとしなかった。誰も同じ思
いだったと思う。「もう一度マリッチに会いたい」「このままマリッチと別れてしまう
のはイヤだ」全てのプログラムが終了し、会場の後かたづけが始まっていた。その時ス
タンドから始まったマリッチコール。強くなり、弱くなり、いつ終わるとも知れないマ
リッチコールだった。                             

マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリ
ッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、・・・・・             
「おまえら、そんな事で諦めんのか!もう一回会いたくないのか!」コールリーダーが
叫ぶ。再び始まるマリッチコール。マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ
マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリ
ッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、・・・・・             
「バックスタンド、どうなんだ!」当然我々も呼応する。マーリッチ、マーリッチ、マ
ーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ、マーリッチ・・・・。

ひたすらマリッチが出てくるのを信じてコールし続けるゴール裏2万余のサポーター。

こうして30分は過ぎていっただろうか、照明が少し暗くなったスタンドの2万余のサ
ポーターはただ一点を見つめていた。選手達が消えていった入場口を。声が枯れてくる
と、新しいコールが起きて、新たな声の波が発生してそれが繰り返される。そして我々
が待ちに待った瞬間が来た。「マリッチだ!」「出てきてくれた!」感動した。すでに
全てのプログラムが終わって30分以上過ぎていたのに、我々の声に応えて出てきてく
れたのだ。嬉しかった。涙が流れた。                      

マリッチが出てきてくれた。涙が流れた。

マリッチはゴール裏に向かって何度も両手を挙げて応えてくれた。そしてスタンドに登
り、サポーターと一緒になって「ウィーアーレッズ!」とコールを繰り返してくれた。
かつてこれほど短期間にこれほどサポーターの心をわしづかみにした選手はいただろう
か?ギドもペトロも伸二も、それなりの時間活躍した上でサポーターの心に刻み込まれ
たのだと思うのだが、マリッチだけは違う。その得点能力だけでなく、クラブへの真摯
な愛情がサポーターの心を捕らえたのだと思う。マリッチ自身、浦和のサポーターは自
分のキャリアの中で最高のサポーターだと言ってくれている。すごく嬉しい言葉だ。 

マリッチとお別れの挨拶が出来たのは本当に良かった。あのまま終わってしまっては心
残りだったと思う。クラブから、成田での見送りは空港が混乱するから止めて欲しいと
いう異例のメッセージが出された。そして、日本を発つ朝7時に大原で特別にマリッチ
とのお別れ会をセットしてくれた。500人ものサポーターが朝早くから大原に詰めか
けたようだ。マリッチはみんなと握手して、全員で写真を撮って最後の別れをしたそう
だ。トミスラフ・マリッチ選手、私はあなたを仲間と思い、いつ、どこにいてもあなた
を応援する。キャリアの最後に、いつか浦和の地に戻ってくれることを待っている。 


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