面影画71


8月29日の面影画は高橋正昭さん




描いた人 高橋紘一さん 七十一歳 弟                         

 紘一さんは昔、郵便局で働いていた。集配が主な仕事だった。六十歳で定年になり、それ以後
は悠々自適の生活だった。                               
 好きなパチンコに行ったり、テレビを見たり、パズル雑誌に夢中になったりしていた。最近で
は、神社やお寺さんの世話係などもやっていた。                     

 八年前、小友(おとも)町駅前に家を建てた。その時の建て前の写真がある。紘一さんが正昭
さんや工事関係者と一緒に、現場で建て前の食事をしている写真だ。            
 自分の家を建てる高揚感が顔から伺える。                       

 家を建てたあとは、独り身だったこともあり、同級生や友達が家に遊びに来た。遊び仲間のた
まり場のような感じで居心地が良かったのだろう。タバコは吸うが、お酒は飲まない紘一さん。
体力はなかったが、体は健康だった。                          

 三月十一日、紘一さんは軽トラで高田の町に来ていた。そこに大きな地震があり、すぐに小友
の家に戻った。そして、周辺の人たちと高台にある家に避難した。             
 大きな津波から体は逃げたが、家は跡形も無く流されてしまった。避難した高台の家には二十
五〜六人の人が集まっていた。それから続く、電気や水、食料のない生活。七十一歳の身にはつ
らかったし大変だった。                                

 そこに二週間世話になってから、落ち着き先を探した。正昭さんが本家の空いた家を手配し、
そこに住むことになった。食事は近くの親戚にお世話になることができた。         
 しかし、元々体力のなかった紘一さんは、精神的な落ち込みもあり、徐々に食が細くなり、と
うとう四月十五日に倒れてしまった。救急車が来た時には心臓が止まっていた。       

 救急隊員の懸命の措置、病院での手当のお陰で何とか奇跡的に一命は取り留めた。しかし、心
臓停止時間が長かったため、脳に血液が流れず、一命は取り留めたが意識は回復しなくなってし
まった。いわゆる、植物人間状態になってしまった。                   

 医師の話では、内蔵は丈夫なのでこの状態が長く続くだろうという。心臓に持病があった訳で
はなく、精神的なショックからだろうという。大船渡病院から一関病院に転院し、人口呼吸器を
つけて、チューブで栄養を入れて生きている。                      
 正昭さんは容態の変わらない弟を二週間に一度見舞っているが、何も変わらない。     

 七十一歳で一人暮らし、震災で家も何もかも失い、その後の過酷な避難生活。希望が見えなけ
れば、人間は生きて行けない。紘一さんのような被災者もたくさんいる。          
 生活不活発病という言葉が、震災後何度も報道された。過酷な避難所暮らしから命を落とした
人も多かった。                                    
 人間が生きて行くには希望が必要だ。被災者がどうやって希望をつかむことが出来るかが、次
の人生に向かう一歩になる。紘一さんのような人が多く仮設住宅に入っている。震災の被害は、
むしろこれからも出るだろうと言われている。                      
 一人でも多くの人に希望を見せる事が政治の一番の仕事になるはずなのに、日本の政治家は何
も与えてくれない。                                  

 正昭さんの絵のリクエストは元気だったころの紘一さんをというもの。          
 建て前の写真で胸を張っている紘一さんの写真を参考に描かせていただいた。       

 この絵が、不幸な弟を思う正昭さんの心を少しでも軽くしてくれれば嬉しい。       
 紘一さんの回復をお祈りいたします。                         



 8月29日の面影画は高橋正昭さん。                         

 津波で被災された弟さんを描かせていただいた。                    

 正昭さんの弟さんは津波で家を流されてしまった。本人は無事だったが、その後の過酷な避難
生活と心労で倒れ、心臓が停止してしまった。救急隊の必死の処置と病院の治療で一命は取り留
めたが、意識は戻らない。                               
 人工呼吸装置を付けて、ベッドの上で命を長らえるだけになってしまった。        

 せっかく津波からは助かったのに、避難所で命を落としてしまった人も少なくない。そしてこ
れから、仮設住宅に入居したあと、先の人生に希望を見いだせずに命を落とす人も多くなるだろ
う。                                         

 一歩進むためには希望が必要だ。希望を与えなければいけない政治は、いったい何をやってい
るのか。災害はまだまだ続いているというのに。                     

被災したショックで植物人間状態になってしまった弟を心配する正昭さん。 神社の境内に出ていたキノコ。のちにオオワライタケと判明。毒キノコ。