面影画63


8月20日の面影画は中山忠人(ただと)さん




描いた人 中山晴美さん 四十八歳 妻                         

 晴美さんは看護士だった。明るくて、誰からも慕われる看護士だった。人の世話をするのが大
好きで、民生委員をやっていた。                            
 元気の良い人で、友達も多く、とにかく顔が広い人だった。子供たちも友達の両親の顔を覚え
ていて、教えてくれたりするので母親の顔の広さに驚かされていた。            

 晴美さん二十二歳、忠人さん二十三歳の時に結婚した。子供は三人の女の子に恵まれた。三人
とも明るい朗らかな子に育った。みな晴美さんの影響を受けて育った。笑顔と笑い声の絶えない
家庭だった。                                     
 晴美さんは家でも元気だった。犬が大好きで、次女が散歩はあたしがするから、ともらって来
た犬を可愛がり、朝の散歩は忠人さん、夕方の散歩は晴美さんがいつの間にか担当するようにな
っていた。家には十歳のモモと三歳のモルツがいた。外で飼うはずだったのに、「寒いだろうか
ら・・」などと晴美さんが家の中に入れ、そのまま部屋で飼うようになってしまった。    

 花が好きな人だった。ナチュラル指向の趣味を持つ晴美さん。ガーデニングという言葉通りの
花壇でなく、自然志向の庭作りは娘達には雑草を育てているようにしか見えなかった。    
 雑貨も大好きだった。家の中にはエッフェル塔の雑貨がたくさんあった。         
 スポーツ観戦も好きだった。テレビでサッカーを応援するのだが、晴美さんが応援するとチー
ムが負けてしまうジンクスがあって、どうしても勝って欲しいときは「母さんが見てると負けち
ゃうから」と、台所で娘たちの実況中継を聞くようなこともやっていた。          
 娘たちの話によると、サッカーそのものより、どうやらイケメン選手の動向に興味があったら
しい。「まったく、お母さんらしいよね・・」と娘たちは笑う。              

 忠人さん曰く「サザエさんのようだった・・」何となく晴美さんの人物像が浮かんでくる。晴
美さんに似た娘たちの明るさに、忠人さんは助けられている。               
 料理も上手だった。長女曰く「ほめられると調子にのるんですよ・・」友達が唐揚げを「美味
しい」と褒めてくれたら、次回から必ず唐揚げが出て、得意料理ということになっていた。  
 にぎやかで楽しく、明るい人だった。                         

 三月十二日は次女の引っ越しが予定されていた。晴美さんは張り切ってカーテンを揃えたり、
家具のことを心配したりしていた。                           
 その前日、ありえない震災で、次女の引っ越しを手伝う事なく晴美さんは他界してしまう。誰
もが惜しむ人が亡くなってしまった。                          

 三月十一日、晴美さんは自分のかかりつけの病院に行っていた。無事に検査が終わり、忠人さ
んとメールで会話した。「病院終わったよ」「良かった、こっちも異動はなかったよ」「そう、
良かった」それが忠人さんとの最後の会話だった。                    

 晴美さんはスーパーで親戚の人と会っている。地震のあと、近所のおばあさんを助けて避難所
まで運んだ。そして「まだ助ける人がいるから!」と避難所だった公民館を後にした。    
 忠人さんは小さい声で「せっかく避難所にいたんだから、そのままいてくれれば良かったのに
・・・」 本当にそれが本音だと思う。                         
 民生委員だった晴美さん。看護士だった晴美さん。自分が助かる事よりも、人を助けるために
戻り、被災してしまった。                               

 晴美さんは二週間後に見つかった。車も見つかった。車の中には晴美さんのカバンがそのまま
残されていた。家族三人の写真、モモの写真が入っていた。                

 忠人さんが持参してくれた何枚かの写真。その中の一枚に二人が並んでモモとモルツと一緒に
写っている写真があった。後ろに広がるのは高田の松原。年賀状用にと撮った写真だ。    
 この写真を参考に、晴美さんとモモを描く。                      

 忠人さんは悲しみをことさら口にしない。思いは当然あるのだが、娘たちが明るく晴美さんの
思い出話をしてくれるので、それに乗っている。                     
 ともすれば崩れ落ちそうになる気持ちを、娘たちが敏感に支えている。やさしい娘たちに守ら
れて、忠人さんは前を向いていられる。すばらしい家族だ。みんなで痛みを共有している。  

 この絵が家族の心の空白を少しでも埋めてくれれば嬉しい。               

 忠人さんと三人の娘たちにおくる、素晴らしいお母さんの記録。             
 晴美さんのご冥福をお祈り致します。                         



 8月20日の面影画は中山忠人(ただと)さん。                    

 津波で亡くなられた奥様と愛犬を描かせていただいた。                 

 二人の娘さんと来られた忠人さん。明るく楽しかった奥さんの話をたくさんしてくれた。二人
の娘さんもそれに加わってにぎやかなインタビューとなった。               

 三人の話を聞きながら、なんて父親思いの娘たちなんだろうと思った。これだけ素敵な奥さん
を失った悲しみ、つらさを精一杯和らげようとしている娘たち。              
 
 忠人さんもまた明るくそれに合わせている。お互いの痛みを共有しているからこそ出来る会話
だ。なんて素晴らしい家族なんだろうか。                        

 家族の思いに応えたいと思った。明るくきれいな絵を描こうと思った。          

父親思いの娘達に囲まれて、悲しさをまぎらわせている忠人さん。 今日も暑かった。青い空と白い雲にうんざりする毎日。