面影画56


8月12日の面影画は佐々木ヒナ子さん




描いた人 水野 隆さん  六十歳 友人                       
     水野登喜子さん 五十六歳 友人                      

 隆さんと登喜子さんは酔仙酒造に勤めていた。隆さんは工場で、登喜子さんは総務で働いて
いた。隆さんは今年一月定年で退職し、これから第二の人生が始まるところだった。    
 隆さんはどっしりと構え、子供とも男同士の付き合いを望む人で、登喜子さんはハキハキし
ていて、何でも子供にバンバン言う人だった。                     
 ヒナ子さんは、そんなご夫婦と家族ぐるみで付き合い、友人として楽しく暮らしていた。 

 登喜子さんは、明るく誰とでも話す人だった。何があってもご主人を立てる人で、二人で一
緒に出かける事も多く、仲のよい夫婦だった。                     
 そんな登喜子さんだったが、二年前乳がんにかかってしまった。大好きな畑仕事も痛い腕で
は自由が利かない。そんな登喜子さんをヒナ子さんは手伝って、お互いの畑を行き来して、家
庭菜園を楽しんだ。「玉ねぎの苗を作ったから植えない」「今度はこれを作ったから分けるよ
」とか、畑の手伝いも楽しいものだった。                       
 最近は定年退職した隆さんが畑の仕事を手伝うようになっていた。           

 隆さんはスポーツマンだった。足も速く、長年勤めた消防団でも速かった。スキーも大好き
だった。定年になり、これから悠々自適の生活が始まるはずだった。長年苦労をかけた妻と温
泉に行くとか、奥さん孝行をこれからやろうとしていたところだった。          
 登喜子さんも、乳がんも落ち着いて、「これから、明るく生きるんだ・・」とヒナ子さんに
言っていた。みんなで飲んだ時も「これからだよね・・」と話したものだった。      

 三月十一日、隆さんはこの日出かけていたが、昼過ぎに帰って来た。          
 登喜子さんは酔仙酒造にいた。大きな地震があり、津波警報が出された。メールをやりとり
している登喜子さんに、上司が「トキちゃん逃げないのか?」と聞いた。「お父さんと約束し
てて、今来るからって・・」                             
 夫婦の絆が強い二人だった。そんな二人を黒い大津波が呑み込んでしまった。      

 隆さんは新築した家ではなくて、元の家の瓦礫の下から見つかった。登喜子さんは小友町の
海で見つかった。                                  

 ヒナ子さんが持参してくれたのは、二人を火葬した時に使われた写真だった。どこかの居酒
屋だろうか、二人が満面の笑みで写っている写真だ。                  
 このままを絵にして欲しいという。ヒナ子さんは、この絵を、残された長男に贈ろうと思っ
ている。両親を亡くして、茫然自失だった長男だったが、最近やっと仕事に行けるようになっ
たそうだ。無理もないことだ。ヒナ子さんの想いを込めて絵を描かせていただいた。    

 願わくば、この絵が両親を失った喪失感を少しでも埋めてくれれば嬉しい。       

 ヒナ子さんにおくる、親しくお付き合いした友人ご夫婦の生きた記録。         
 隆さんと登喜子さんのご冥福をお祈り致します。                   



 8月12日の面影画は佐々木ヒナ子さん。                      

 津波で亡くなられたお友達ご夫婦を描かせていただいた                

 ヒナ子さんは、この絵を残されたご長男に贈ろうとしている。持参していただいた写真は、
ご夫婦を火葬にした時に使われていたもの。満面笑みのお二人が写っている。       

 残されたご長男に、強く生きて欲しいという親の想いを、絵に込めて描かせていただいた。

友人ご夫婦の絵をご長男に贈りたいというヒナ子さん。 テント横のヤマボウシの実が赤く色づいて、風に揺れている。