面影画52


8月7日の面影画は水野 慎さん




描いた人 沖野 洋(よう)さん 三十二歳 友人                   

 慎さんと洋さんは高校時代からの友人だった。大学は別だったが、同じ東京だったので、大
学時代も友情は続いた。                               
 お互いの部屋を行き来して、部屋でぐだぐだと昼間からビールを飲んだ事などが思い出され
る。洋さんは飲んでにぎやかになる天然ボケの人だった。                
 明るくて、やさしくて、誰にでも自慢出来る親友だった。               

 慎さんは高田の市役所に就職し、休みの日に、その頃盛岡にいた洋さんと、秋田の角館に旅
行に行った事を思い出す。                              
 武家屋敷を散策したり、地サイダーを珍しがったりして飲んだりと、楽しい思い出になって
いる。写真を撮るのが好きで、自分の写真はあまりない人だった。たまに写っていても、いつ
もおどけて写っていた。                               

 その洋さんが高田市役所に就職した。まさか同じ職場になると思っていなかったので、慎さ
んは驚き、そして喜んだ。学生時代からの延長で、楽しい友だちとの付き合いが続いた。  
 洋さんの仕事は税務課に決まった。細かい事が苦手な洋さん、慎さんは内心「大丈夫かな?
」と心配していた。洋さんは「大変だよ!」と言いながら仕事をこなし、最近は得意分野の企
画政策課に移動になり、ますます元気になっていた。                  

 洋さんはもうすぐ結婚することになっていた。結婚して、子供が出来て、家族同士の長い付
き合いが始まるはずだった。しかし、「マッコ」「オッキー」と呼び合う親友は、突然帰らぬ
人になってしまった。                                

 三月十一日、二人は大きな地震の後、役所の駐車場にいた。津波警報が出て全員が逃げる。
市役所から高台に逃げる道は二手に分かれていた。                   
 慎さんがふと気づくと洋さんがいなかった。「あれ?どこいった?」「大丈夫かな?」「別
の道に行ったか?」そんな事を考えながら慎さんは走った。               

 真っ黒い波が高田の町を一瞬で飲み込んだ。誰もあんな大きな津波が来るとは思っていなか
った。                                       

 洋さんは役所の近くの建物の中で見つかった。顔も体もきれいなままだった。      

 洋さんはどこかのおばあちゃんを助けようとしていた。やさしい人だった。逃げる事よりも
おばあちゃんを助けようとする人だった。                       

 慎さんが持参した写真に、満面笑顔の洋さんが写っている。顔立ちの整った美男子だ。「友
だちに子供が出来たときの写真なんですよ」「珍しくまともに写っているんで・・」「高田で
は飲み屋で飲んでばっかりでしたから・・」居酒屋のマスターに撮ってもらった写真だった。

 絵のリクエストはビールを飲んでいるところ。「ビールが好きなんですよ。いつもビールを
飲んでましたから・・」                               
 若い人の面影画を描くのはつらい。三十二歳で亡くなる人は、いったい最後に何を言いたか
ったのだろうか。あまりに短い人生。言いたい事は山ほどあっただろうに・・・      

 「いてくれるだけで良かったんだよ・・」慎さんが絞り出すように言った言葉に、涙が止ま
らなくなってしまった。どうしようもなかった。                    

 何でも話せる気の置けない親友。かけがえのない友を失った悲しみ。慎さんにかける言葉が
ない。せめて、絵の中で親友と語り合えたらと思い、笑顔を忠実に再現した。       
 この絵が少しでも慎さんの心の空白を埋めてくれれば嬉しい。             


 慎さんにおくる、かけがえのない親友、洋さんの生きた記録。             
 洋さんのご冥福をお祈り致します。                         



 8月7日の面影画は水野 慎さん。                         

 津波で亡くなられた親友を描かせていただいた。                   

 親友の写真を持参した慎さん。淡々と話す言葉に悲しみの深さを感じた。        
 親友の死をまだ受け入れられていない状況が、ありありと伝わってくる。その言葉のはしは
しに、押し殺した思いが潜んでいる。                         

 まだ32歳。あまりにも早い死。                          
 若い人の面影画を描くのは本当につらい。その無念さ、悔しさを考えるとたまらなくなる。

 慎さんの真摯な受け答えと、友への思いに胸が熱くなる。途中から涙が止まらなくなってし
まった。インタビュアーがこれではいけないのだが、どうしようもなかった。       

 いつもビールを飲んでいた友を描いて欲しいというリクエスト。満面笑顔の親友を描かせて
いただいた。本当に小さな力かもしれないが、この絵で心の空白が少しでも埋まれば、これに
まさる幸せはない。                                 

ラフスケッチの確認に来た水野さん。友人を亡くした痛手が大きい。 高寿園に動く七夕がやってきた。太鼓のリズムとお囃子に腰が浮く。