面影画23


6月24日の面影画は千葉ミヤ子さん




描いた人 村上静一さん 55歳 弟                         

 静一さんはミヤ子さんにとって自慢の弟だった。                   
 幼くして小児麻痺にかかり、不自由な体でありながら、勉学に励み、医師を目指した弟。 
 東北大学に合格して、一度は歯科医の勉強をしたが、やはり内科医がいいと、浪人して勉強
し直した弟。
 大学を卒業し晴れて医師となり、県立病院などの勤務を転々と勤め上げ、やはり開業医がい
いと、ふるさとの高田で開業した弟。開業にはミヤ子さんの家でも援助を惜しまなかった。 

 「本当に高田の人たちにはお世話になったの。こんな事が起きて、これから医者として高田
の人たちに恩返しが出来たんだろうけど・・・」ミヤ子さんの目に涙が浮かぶ。      

 家は盛岡で、奥さんやお子さんも盛岡にいる。週末に家族が高田に来て、洗濯をしたり、家
事をしてまた盛岡に帰る。単身赴任のような開業医だった。医院の名前は「大町クリニック」
という。猫二匹と同居していた。猫の名前はスミレとクロ。スミレが14歳、クロが8歳の親
子猫だった。                                    
 静一さんは猫が大好きだった。一人暮らしの寂しさや疲れを癒すには最高のパートナーだっ
た。365日一緒だったから、家族だし親友でもあった。                

 子供のころ、義兄がよく言っていた。「ペットを愛するのは人類愛につながるんだ・・」そ
んな言葉を聞いて育ったミヤ子さんと静一さんは、貧しかったけれど、しっかり前を向いて生
きて来た。                                     

 静一さんは料理が好きで、料理上手でもあった。いつだったか、生タラの塩煮を作ったこと
があった。この味が、母ちゃんと同じ味だった。これにはミヤ子さんも脱帽した。医院の書棚
にも、料理本が10冊以上残されていた。よく一緒に料理を作ったものだった。      

 3月11日。静一さんは診察を終えたところだった。そこに地震が来た。津波が来るからと
スタッフ8人を裏の本丸公園に逃げるよう指示する。                  
 小児麻痺の後遺症で機敏に動けない静一さんを看護士たちが気遣う。しかし、その時静一さ
んは「家に猫がいる」と言い残し、医院に戻っていった。自分の事より猫が心配だった。  

 そこに巨大な津波が襲った。あれほど大きな津波が来るとは誰も思っていなかった。本丸公
園に逃げた8人のスタッフは全員無事だった。                     

 静一さんは高田の松原の野球場の瓦礫下から発見された。スミレとクロは医院の押し入れか
ら見つかった。静一さんは荼毘に付され弔いは終わったが、ミヤ子さんには何もなかった。盛
岡に妻子がいて、仏壇もそちらにある。それは仕方のないことだった。          
 せめて、高田が大好きだった弟と猫二匹を一緒に描いてもらい、毎日それに手を合わせたい
のだと、面影画に申し込んだ。                            

 「先生がね、こうやってスミレを抱いているところを描いてほしいの・・・だって、可哀想
でしょ、最後は一緒にいたかったんだから・・・」                   

 いつも白衣できちんと仕事をこなし、その後はTシャツやパジャマに着替えて、猫と遊ぶ弟
だった。そんな雰囲気の絵にしようと話し合った。                   

 「本当に猫が好きだったの。最後も猫のことで死んでしまうんだからねえ・・・」    

 絵のラフスケッチが終わった。静一さんの肩にクロが乗り、両手でスミレを抱いている姿を
描かせていただいた。                                

 この絵がミヤ子さんに、少しでもやすらぎを与えてくれれば嬉しい。          


 ミヤ子さんにおくる、自慢の立派な弟の記録。                    
 静一さんのご冥福をお祈り致します。                        



 6月24日の面影画は千葉ミヤ子さん。                       

 津波で亡くなられた弟さんを描かせていただいた。                  

 猫が大好きだった弟さんが猫を抱いている形で描いて欲しいというものだった。持参して頂
いた猫の写真は津波で流されたものが発見され、ていねいに泥を洗い落とした貴重なもの。写
真にも津波の爪痕が残っている。                           

 千葉さんはラフスケッチ確認の際「手作りで恥ずかしいんだけど・・」と野菜料理たっぷり
の手作り弁当を持参してくれた。恐縮したのだが、辞退する訳にもいかず、ありがたく頂戴し
た。本当に美味しいお弁当だった。涙が出るほど嬉しかった。              

 絵が出来上がり、お渡しした。「これで朝晩毎日手を合わせることが出来るので嬉しい」 
と涙ぐんでいた。本当に、この活動をやっていて良かったと思う。            

 この絵がミヤ子さんにとって大切な絵になってくれれば嬉しい。            

ミヤ子さんが差し入れしてくれた豪華なお昼ご飯。 何もなかったから本当にうれしいと、ミヤ子さん。