W杯横浜:日本対ロシア戦観戦記


横浜が歓喜にゆれた!
6月9日に横浜で行われた日本対ロシア戦の観戦記。



横浜が歓喜にゆれた!

まだ勝利の余韻に頭がしびれている。ワールドカップでの初勝利をその場で体験して
しまい、どう喜んでいいんだか分からないで困惑したまま2日たってしまった。新聞
やテレビで日本が勝ったことを確認し、あの場で大勢の人達と交わしたハイタッチ、
ニッポンコール、エール交換などを思い出しながらも、まだ日本が勝ったのだという
実感が湧いてこない。何だかウソみたいで、誰かが突然「ごめんなさい、あれはウソ
でした。忘れて下さい。」と言い出すドッキリカメラを見ているような気分なのだ。

もっと素直に大喜びすればいいのにと自分でも思うのだが、正直に言うと初めての経
験なのでどう喜んでいいんだか分からない。選手が言うようにまだ決勝トーナメント
出場が決まった訳ではない。大喜びした後に奈落の底に落ちることはよくあることで
、特にワールドカップではその傾向がある。自分の中にもまだ「今喜びすぎてはいけ
ない」という気持ちがどこかに残っていて、爆発したい心を抑えているようなところ
もある。目指すは決勝トーナメントなのだ。                  

とまあ、前置きが長くなりましたが、日本のワールドカップ初勝利を横浜で体験して
しまいました。その観戦記をご覧下さい。                   

6月9日(日)乾いた爽やかな風が吹き抜ける横浜国際競技場近くの公園で休んでい
た。大勢の人が開門を待っており、奇抜な服装をしたサポーターと記念写真を撮った
り、芝生の上でミニサッカーに興じたり、寝ころんでいたりしていた。几帳面な大勢
の人は競技場に続く道に列を作って待っている。その列は300メートルにもなろう
としていた。ボランティアの人達が日の丸を描いた画用紙を配っていた。裏には子供
たちのメッセージが書き込んであり、これを国歌斉唱の時に掲げて欲しいと言ってい
た。私がもらったものには「ぜったい勝ってください!」と書いてあった。    

列が動きだしたのでそれに加わる。橋を渡り競技場の敷地に入る。圧倒的な大きさで
競技場の屋根が迫ってくる。人間はまるで蟻が群れているように小さく見える。ここ
が決戦の場だ。人波に流されるようにチケットチェック、荷物チェック、金属探知器
チェックを受けて競技場に入る。入り口は北入り口、大勢の人が群がっていた。遠く
小机駅から来る人々が列を作っているのが見える。その頭上には真っ赤な夕日が沈み
つつあり、サポーターという名の現代の巡礼達の姿を照らしていた。       

今日は会社の若いデザイナーO君との観戦だ。席はゴール裏で、最前列から6列目と
いうピッチの近さ。ほとんど高さもグランドレベルなので、サッカー観戦に向いた席
ではない。しかし、応援するにはこれ以上の席はない。今日はおそらく立ちっぱなし
の応援になると思っていたので好都合だ。まだ試合開始まで2時間以上もあるという
のに大勢のサポーターが入っている。ほとんどの人がレプリカを着ており、スタンド
の青の比率が徐々に濃くなっていく。                     

横浜市主催のオープニングイベントが目を楽しませてくれた。中田市長が音頭を取っ
ていたが、決勝戦の予行演習の意味合いもあったのだろうか?緊張を柔らげてくれた
若い演技者達に拍手を送った。1時間前に選手の姿がピッチに出てきた。大きな歓声
が湧く。ゴールキーパーはどうやら楢崎が先発のようだ。このところの楢崎は安定感
があるので安心して見ていられる。スタンドからの声援に軽く片手を挙げて応えてい
た。派手なアクションをしないところが楢崎らしい。              

全選手がピッチに姿を現し、ウオーミングアップを始めた。双眼鏡で確認すると森岡
の姿がない。代わりに宮本が赤いビブスを付けている。どうやら森岡の怪我は重傷だ
ったようだ。頭の隅に不安がよぎる。さらに、市川に替えて明神が先発するようで、
ベルギー戦よりも守備的な布陣を敷いている。やはりロシアは強敵だ。入念にアップ
する選手の表情も真剣そのもので、見ているだけも緊張が高まってくる。     

スタンドは空席などまったく見えない超満員。ジャパンブルー一色に染まっている。
目の前でウルトラスの人たちがあわただしく動き回り、突然濃いブルーのデカ旗がス
ルスルっと頭の上に広がって行く。夢中で旗を送り、振り返って見ると、それは紛れ
もなく埼玉スタジアムで見たユニデカ旗の袖部分だった。そうか、応援団の中にいる
んだと今さらのように自分の位置を確認させられた。隣では無数の署名入り日の丸デ
カ旗が広げられている。ここに来たくてもチケットが無く来られなかった人々の思い
が込められた日の丸だ。スタメン発表が行われ、ロシアのモストボイが控えだと分か
る。果たしてこれが日本にとって吉と出るか凶と出るか。            

試合開始前のセレモニーが始まった。メインスタンド前に勢揃いした選手や報道陣の
姿はちょうどゴールネットに遮られていてよく見えない。すでに全員立ちっぱなしに
なっている。先に日本の国歌を歌う。6万人が精一杯歌う君が代は選手の心に届いた
だろうか。「勝ってくれ!」という思いは届いたのだろうか。ロシア国歌演奏を聞き
、ペナント交換を終えた。選手がピッチに散り、凄まじい歓声とフラッシュの中、運
命のキックオフ。「がんばれ!日本代表」「がんばれ伸二!」          

前半はロシアがこちらに向かって攻めてくる形になる。ゴール裏グランドレベルでサ
ッカーを見ることは少ないので、どうにも試合展開が分かりにくい。とにかくロシア
の選手がこちら向きに突進してくる場面は日本のピンチになる訳で、はなはだ心臓に
良くない観戦場所であることがすぐに分かった。特に右サイドのカルピンが仁王様の
ような顔でブルドーザーのように突進してくる場面では目を覆いたくなるような気分
になった。再三そんな場面があったが日本のディフェンスはよく防いでいた。とにか
くグランドレベルで見ると身長差がはっきり分かり、でかいロシアの選手がこちら向
きになるたびに悲鳴が上がる有り様だった。                  

最初から応援は全力だった。ウオーリアは尻すぼみだったが、ニッポンコールが出る
と会場が一体になる。アイーダも知らない人が多いようで、やはりニッポンコールが
一番まとまる。周辺が横浜市優先枠だったせいか、ゴール裏と言いながらも家族連れ
がほとんどで、おそらくサッカーの応援は初めてという人も多かったのではないだろ
うか。Jリーグの試合と違ってこういう雑多な人たちをまとめるのは大変だと思う。
ニッポンコールが一番有効なのは仕方ないことなのかもしれない。        

センターバックの宮本に目が釘付けになる。森岡に代わっての先発だがどうしてもで
かいロシア選手に比べると心配になってしまう。競り合うロシアフォワードの方が頭
一つ大きく見える。何度か接触で飛ばされ、その都度ヒヤッとした。今日の主審はド
イツの人だが、よくロシアのファールを取ってくれる。この流れのうちに得点したい
ところだが、どうもこちら側での展開が多く心臓に良くない。伸二はカルピンに振り
回されていて、良いところがない。それともこれが戦術なのだろうか??     

どうにもゲーム展開が分からずに応援だけをひたすら続ける。時間はあっという間に
45分経過し、何とか0:0で前半を終了した。ハーフタイムの間はその場で動けず
祈るように手を組んだまま固まっていた。一緒に観戦していたO君が気を利かせてビ
ールを買ってきてくれた。喉がカラカラだったのでじつに有り難く、ビールを飲んで
少し精神的に落ち着いた。                          

ワールドカップの会場には必ず大勢の目立ちたがり屋がいる。それも楽しみの一つな
ので大いにやるべきだと思う。何だかロケットのような衣装に身を包み太鼓を叩いて
いる二人連れ、顔面を赤く塗り白いボードから顔を出している顔面日の丸のペア、思
い思いに加工した帽子をかぶる人、フェイスペインティングはほとんどの人がやって
いる。腕にメッセージを書く人、プラカードを掲げる人、ブルーのカーリーヘアをか
ぶる人、全身をサッカーボール状にした着ぐるみ、あの人はどうやって席に座るのだ
ろうか、本当に様々なメッセージを全身で表現している。日本人は自己表現が下手だ
とかみんな同じ格好をするとか言われるが決してそんな事はない。双眼鏡でいろいろ
な人を見るのもスタジアムでの楽しみの一つだ。                

ピッチに選手が出てきた。どうやらメンバー交代はないようだ。後半は日本がこちら
に向かって攻めてくる形になる。これは楽しい。小野が、中田が、柳沢が、鈴木がこ
ちらに向かって攻めてくる。その度に大きな歓声が沸き上がる。そして後半6分、柳
沢に出たボールを稲本がつんのめるような形でシュート!目の前のゴールネットが大
きく揺れた。待望のゴール!横浜スタジアムが爆発した。みんなが誰彼となく抱き合
い両手を突き上げる。「やったぁ!イナモトォ〜〜!!」「よっしゃぁぁあ!」  
歓喜の時間はしばらく続いていた。イナモトコール、続いてニッポンコールが沸き上
がる。もうスタジアム全体が揺れているような感じ。「行けぇ〜〜!」「続けぇ!」
絶叫、また絶叫。この勢いで選手を押し続けなければならない。         

まだ後半が始まったばかりで時間はたっぷりある。このまま黙っているロシアではな
い。これから始まる猛攻を果たして日本はしのげるか?背筋が寒くなるような予感を
打ち消すために声を張り上げる。喉が痛いが叫び続ける。ここが応援の正念場になる
はずだ。同じ思いのニッポンコールがスタジアムを覆う。ところが、ロシアのテンポ
は意外なことに変化がない。遮二無二突っ込んでこられたら嫌だなあと思っていたが
、相変わらず横パスでつなぐサッカーをしている。まあ、普段通りにやっていれば点
は取れるさ、とでも言わんばかりだ。必死に応援しながら徐々に冷静になっていく。
これはいけるかもしれない・・・そんな気がしてきた。             

後半26分、ヒデのシュートがバーに当たって跳ね返った。歓声とため息が一瞬の静
寂を生み、頭の隅についてないという思いが嫌な予感とともにこびりつく。その直後
鈴木に変えて中山が登場。アナウンス前からスタジアムは騒然となり、背番号10が
ピッチに入った瞬間大観衆が爆発した。地鳴りのような歓声と拍手が体を包む。腕に
は鳥肌が立っていた。あの中山が出てきたのだ。声を限りに叫ぶ「ナカヤマ〜」。 
「これでいける!」希望は確信に変わった。こういう感覚は選手にも伝染するものだ
。それを表すかのように、ここから選手の動きが格段に良くなっていった。    

次々にこちらのゴールに日本の選手が殺到する。柳沢の惜しいシュートもあった。中
山は気持ちに体がついていかないようで苦しんでいるが、体を張ってボールを追う。
イエローをもらったのは愛嬌というもの。後半この時間で出てきて最高の状態を発揮
するなんて事は誰にも出来ない。気持ちが体を動かしていると言っていい。    

残りが12分、このころから口の中がカラカラになっていた。残り時間が気になる。
手が冷たくなっているのが分かる。これだけ激しく叩きながら手のひらがじっとりと
冷たくなっていく。時計が止まったのではないかと思うくらい時間が進むのが遅い。
あと10分・・・あと9分・・・・あと8分・・・・・うう〜〜〜たまらん。心臓が
止まりそうだ。向こう側のゴール周辺での攻防ははっきり見えない。とにかく必死に
クリアしているのが分かるだけだ。祈るような気持ちで叫ぶ「ナラサキ〜〜頼むぞ〜
〜〜」ロシアの猛攻が続いている。                      

45分になった!ロスタイムは2分! あと2分だ頑張れ〜〜! 頭の中が真っ白に
なる。必死のニッポンコールが続く。「ニッポン!」「ニッポン!」「ニッポン!」
歓喜の瞬間は唐突にやってきた。あと30秒だ!と思った瞬間走り回っていた選手が
突然止まり、穏やかに歩き出した。終わった!「勝ったぁ!勝ったぞぉ〜〜!!」 
スタジアムが揺れる。ロシアに勝った。ワールドカップで初めての勝ちだ。勝ち点3
だ。振り返ればその瞬間なのだが、その時はそんな事はどうでも良かった。とにかく
守りきった事が嬉しかった。カラカラになった唇をなめながら叫び続けた。よくやっ
た。ロシアに勝った。                            

選手が整列し手を挙げてスタンドに応える。またスタジアムが歓声で揺れた。もの凄
いニッポンコールが沸き上がる。この場に立ち会えて良かった。初めて日本が勝った
瞬間に立ち会えたなんて・・・何て運がいいんだろう。神様に感謝したい気分だ。 
スタンドではニッポンコールが続く。誰彼と無く握手し喜び合う。みんな顔がはじけ
ている。スタンドをバックに記念写真を撮る人たちが次々に下りてきた。みんな一生
記念になる写真を撮っている。何人もの人からシャッターを押してくれと頼まれた。
とにかく嬉しい。ウルトラスの人たちがすぐ横に集まってきて、またニッポンコール
が沸き上がる。スタンドの興奮はいつ果てるとも知れなかった。植田朝日が「これか
ら六本木に行くぞ〜!」と叫んでいた。                    

スタジアムを出る時も凄かった。至る所でニッポンコールが繰り返される。誰かが叫
び始めると周囲がすぐに呼応し大合唱になる。周回通路を反対側から回ってくる人た
ちと叫び合いながらハイタッチ。みんな同じ思いの仲間だ。二階の手すりから見下ろ
している人たちと声を揃えてバンザイコール。駅までの長い長い行列はニッポンコー
ルが断続的に沸き上がる状態で、興奮した女の子が「超うれし〜〜」を連発している
。今日ばかりは年の違いも気にならずハイタッチ。               

駅前も騒然としていた。おそらく渋谷や新宿もこんな状態なんだろう。通り過ぎる車
の窓から身を乗り出して叫ぶ若者。それに呼応する群衆。クラクションとニッポンコ
ールが交錯する。どうやって喜びを表現したらいいんだろう。初めての経験なのでと
まどっているようにも見える。あちこちで若いエネルギーが爆発している。おじさん
も今日はそれに便乗しよう。                         

日本がワールドカップで勝ったのだ。                     




 
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