W杯札幌:ドイツ対サウジアラビア戦観戦記
札幌は冷めていた。


ワールドカップが開幕した。
6月1日に札幌で行われたドイツ対サウジアラビア戦の観戦記。



札幌は冷めていた。

6月1日(土)私にとってのワールドカップ開幕戦、ドイツ対サウジアラビア戦を見る
ために千歳空港に降り立った。空港にはこれといった歓迎ムードもなく、いささか拍子
抜けだが、そのまま札幌に向かう。札幌に着き、まずはホテルにチェックインし、観戦
の身支度を整える。今回はドイツを応援することに決めていた。私の応援する浦和レッ
ズには、かつてギド・ブッフバルト、ウーベ・バインという元ドイツ代表選手が所属し
ていた。彼らのスピリットが浦和レッズの基礎ともなっていて、レッズサポーターの中
にはドイツファンが多い。私もその一人だ。                   

この日のために渋谷のカンツオーネでドイツ代表のTシャツとリストバンドを買ってお
いた。それを身につけ、ドイツカラーのフェイスペインティングをほどこした。これで
やっと気分が盛り上がってきた。ホテルのロビーで名古屋から来たという人にフェイス
ペインティングを頼まれたので、その場でやってやった。何だか気分がいい。すぐ近く
の地下鉄乗り場を降りて駅に向かう。試合の会場札幌ドームは、この地下鉄東豊線の終
点、福住駅にある。改札口周辺に警察官がずらりと並んでいて少々嫌な気分になる。 

カミさんとドイツカラーに身を包んでいるのを目ざとく見つけて、一人のドイツ人男性
が声をかけてきた。どうやらドームに行く方法を聞いているようだ。すぐに券売機で券
を買ってやり、一緒に地下鉄のホームに案内し、来た電車に乗った。福住駅では年輩の
ドイツ人夫妻と目が合い「グーテンターク!」と声をかけたら、両手を上げて「グーテ
ンターク!」という声が満面の笑みとともに返ってきた。こちらもドイツカラーのリス
トバンドを誇示するように振り上げる。いよいよ気分が盛り上がってきた。     

福住駅上、イトーヨーカドーのマクドナルドで腹ごしらえをしている間に、駅からドー
ムまで長い行列が出来てしまった。これには焦った。折り返しまで10分ほど歩き、ド
ームまでの長い長い行列に従った。ここから延々と警察官の誘導が始まった。歩道の両
側を5メートル間隔くらいで制服・完全武装の警察官が並ぶという異様な光景が延々と
続いた。拡声器で怒鳴る声が耳に痛い。先が混んでるだの、先が狭いだの、段差がある
だの、前と詰めろだの、4列になれだの、信号があるだの、3列になれだの・・・うる
さいったらありゃしない。                           

途中のガソリンスタンドは休業させて機動隊の車を止めるという物々しさ。バカバカし
い、いったい何を警戒しているのか。何から何を守るためなのか。サッカーの試合を見
に行く人を何故に警察官がこれほど監視しなければいけないのか。会場に近づくにつれ
て警備が厳しくなり、気分が沈んでくる。いったい誰だ、こんな計画を立てた奴は!?
こんなのはワールドカップじゃない!!せっかくの祭典がぶちこわしだ!      

明らかに過剰警備である。混乱防止などはアルバイトで充分。警察官などというものは
見えないように要所要所に配備されて、いざという時に出動すればいい。まして、完全
武装の姿を前面に押し出すなんて場違いにも程がある。明らかに、お偉い・何も知らな
い誰かさんの「何かあったらオレの責任になるんだから、テメエら絶対に何も起こさせ
るなよ。いいな!」という命令を忠実に守る番犬達がそこにいた。命令を忠実に守る為
に、お金を湯水のごとく使う人海戦術。それは我々の税金でもある。        

そして、そこにはサッカーに対する愛情のかけらもなく、世界の予選を勝ち抜いた誇り
ある国への尊敬のかけらもなく、世界中から母国応援の為に極東の島国まで駆けつけた
人々への歓迎の気持ちのかけらもない。「フーリガン」などという虚構の言葉に過剰反
応し、自己保身の為にひたすら警備のみに金をつぎ込む小心者役人がいるだけだ。サポ
ーターや観客はワールドカップのもう一方の主役である。それを邪魔者扱いする自治体
や国にはワールドカップを主催する資格など無い! 4年前のフランスワールドカップ
で国や開催自治体は何を学んできたのか。あまりの差に悲しくなってきた。     

会場入り口では思った通り身分紹介など無く、荷物チェックもおざなりだった。普段の
Jリーグの試合の方がよほどしっかりしている。いったい何のための事前審査や厳しい
基準作りだったのか? 思えばこれも単に役人の自己保身の言い訳作りにつき合わされ
ていただけ、ということだ。じつにバカバカしい、愚かしいことだ。ドームの中に入れ
ば空席だらけ。チケット販売は人任せ、チェックも出来ないものだからこんな空席が出
来ても放置されたまま。いったい何の準備をしてきたのだろう、この国は。     

気分を変えて周辺描写を少し。観客の9割は日本人で、その大半は地元の人という感じ
で、普段着の人ばかり。これにはいささか興ざめした。普段のJリーグの試合の方がよ
ほど楽しさに溢れている。みんなで楽しもうという感じではなく、もの珍しさで見てみ
ようという感じがした。会場内でもワールドカップ観戦というのに、乳児を抱いた人や
携帯で話し続けている人、ピッチを見ずに携帯でメールを打ち続けている人、何度も何
度も出入りする人など観戦マナーの点でも普段のJリーグの方が格段に良かったように
思う。その点からも会場周辺の厳重警備は異常だった。              

ピッチでは試合開始前のセレモニーが始まった。選手紹介は英語と日本語。国歌吹奏、
ペナント交換と続き、いよいよキックオフ。まぶしいフラッシュが一斉に光る中、ドイ
ツ対サウジアラビアの一戦が始まった。体格と早さに勝るドイツがサウジを圧倒する。
長身のヤンカーがポストでことごとく競り勝ち、流れをドイツに呼び込む。サウジの選
手は動きが悪い。中盤が全体で動いてプレスするダイナミズムに欠けている。そうこう
するうちにクローゼのヘッドが炸裂し先制点、札幌ドームが爆発した。総立ちのドイツ
サポーター、応援歌が高らかに響き渡った。                   

その後もドイツがサウジを圧倒し、前半だけで4点を取るという展開になってしまった
。ここまで差が付くとドイツを応援していても何だかサウジに申し訳なくなってしまっ
た。サウジのディフェンスは良くやっていた。問題は中盤の運動量の差だった。ドイツ
左のツイーゲ、中のバラック、右のシュナイダー、この3人のスピードにサウジの中盤
が付いていけず、思うように右や左からクロスを上げられては、身長差が劣るディフェ
ンスはどうしようもない。まさに手も足も出ないサンドバッグ状態だった。     

ハーフタイム後の後半もサウジの状況は何も改善されていなかった。かつて日本を苦し
めた中東の雄の面影はなく、日本の前に壁となって立ちはだかったGKデアイエが小さく
見えるのが悲しかった。後半途中から「サウジ、サウジ!」の大合唱が会場に沸き起こ
り、サウジが攻勢になると歓声が沸いた。私はそういう判官贔屓はサウジの選手にとっ
て屈辱以外のなにものでもない、と参加しなかったが、アジアチャンピオンとしての誇
りと自信を取り戻して欲しかった。試合を投げてしまったのはじつに残念だった。  

後半はヤンカーに変わり、久しぶりに代表戦に出場したビアホフが得点したり、シュナ
イダーの目の覚めるようなフリーキックなどがあり素晴らしい試合だった。極めつけは
若きフォワード、クローゼのハットトリック達成だった。ワールドカップでのハットト
リックだなんて、じつに素晴らしいことだ。8対0:ドイツ完勝、サウジ屈辱の完敗。

駅までの長い長い行列をアリのように歩く。ここでも両側に武装警察官がズラリと並ぶ
。我々はまるで罪人のように下を向いて歩く。投光器の光がまぶしくて上を向いていら
れないのだ。歌ったり騒いだりしようもんなら即拘束されそうな雰囲気にドイツ人サポ
ーターも困惑気味だった。なぜかアルゼンチンサポーターの一団が警察を挑発するかの
ように騒いでいたが、それは無視されていた。いったい、あの警察官達は本当に何を警
戒していたのだろう。じつに不思議であり、後味が悪い。             

すすきの駅で降りて遅い夕食を食べた。海鮮炉端焼きの居酒屋で、キンキ、ホタテ、イ
カ、ししやも、雑炊などを食べ、満腹になったおなかを抱えて街をぶらつく。何組かの
ドイツ人サポーター集団と声を掛け合う。「グーテンターク!」「コングラチュレーシ
ョン!」「サンキュー!」「ダンケ!」中にはハイタッチしてくる若者もいて気分は上
々、ワールドカップ気分を楽しんでいた。ところが、ここにも武装警察官の姿がゾロゾ
ロと見える。5〜6人で隊列を組み、こちらをジロリジロリと見ながら巡回している。
まるでどこかの戒厳令下の国のようだ。その数も半端では無い。明らかにサポーターの
数よりも多い。異常だ。これではまるで犯罪予備軍扱いではないか。        

ワールドカップを見に来たのに、警察官が影になって何も見えなかったような気分で夜
を過ごし、翌朝は雨だった。ホテルをチェックアウトして飛行機までの時間つぶしにデ
パートへ行った。丸井今井の大通公園を見下ろすカフェで休憩していた。何気なく公園
を見下ろしていたら、いるわいるわ・・あちらこちらに警察官の姿が。雨だというのに
何を見回っているのだろうか??? 下の交差点には5分に一台くらいの割でパトカー
が回転灯を回しながら通過している。10分に一台の割で機動隊のバスが通過している
。何だかおかしくなってしまった。あの人たちはいったい何をしているのだろう。何を
警戒して、何のために、何から誰を守ろうとしているのだろうか。全部税金だ。   

まだ飛行機まで時間があるので、話題になっているサッカーカフェを見に行こうと大通
公園の下を歩いていた。ワールドカップの案内所があったので場所を訪ねたのだが分か
らないとのこと。ワールドカップの案内所なんだからサッカー関係の情報くらい仕入れ
ておいて欲しいもんだねぇ・・などと言いながら、案内所で紹介された「ファンビレッ
ジ」に向かった。大通公園の中程にある「ファンビレッジ」、そこは狭い一角にコンテ
ナブースが何個か並び、札幌で戦う各国の紹介が展示されていた。何個か公式スポンサ
ーブースや案内所ブースがあった。ところが、内容が小学生の寄せ書きとかスポーツ新
聞の切り抜きの展示だとかおそまつなもので来場者もチラホラ。ちょうどドイツブース
で居合わせた初老のドイツ人夫妻も両手を狭めて「オ〜〜・・」と言ったまま足早に去
っていった。気持ちはよく分かる。                       

小雨の中の「ファンビレッジ」は妙に物寂しく、もの悲しかった。4年前フランスで見
たワールドカップ村は素晴らしかった。出場各国グッズ売り場、(もちろん日本物も扱
っていた)お土産ブース、ファーストフード店、ビール・ワインの店、ゲーム場、ミニ
サッカー場などがズラリと並び、誰もがそこで交流を楽しみ、写真を撮りあっていた。
この国の役人達は4年前のワールドカップで何を学んだのだろう。警備にかけるお金の
何分の一かでも世界中から集まる人のために使えなかったのだろうか。絶対にお金の使
い場所を間違えている。物寂しい「ファンビレッジ」周辺を隊列組んで巡回する制服の
警察官を見ながら悲しくなってしまった。                    

史上最低、最悪のワールドカップ。こんなのはワールドカップではない!      

サッカーに愛情のない役人がワールドカップを貶めた責任は重い。         




 
●サッカーページに戻る