韓国紀行 その3


一人で電車とバスを乗り継いで民族村に行きました。



韓国紀行 その3

朝7時起床。二日酔いの頭を押さえながら着替えて、チェックアウト用に荷物をまと
めた。起きてきた宝木君に「じゃ、行って来るから。チェックアウトはよろしく。」
と言って一人で出かけた。行く先は水原(スオン)の民族村(ミンソクチョン)。支
庁前の駅で1100ウォンの切符を買い、地下鉄に乗る。昨夜の酒が残っていて、ち
ょっと気持ち悪い。新道林(シンドリン)で1号線に乗り換える。これで終点がスオ
ンだと一安心。スオンまでの一時間の電車旅のつもりだったが、車窓の景色はどこま
で行っても高層ビルばかり。車窓の景色を楽しむという雰囲気ではなかった。   

スオンの駅に着いた。電車を降りるとホームにワールドカップ出場国の国旗が朝日の
中ではためいている。さすがに開催地であり、Kリーグの水原三星(スオンサムソン
)の本拠地だけのことはある。サッカーどころなのだ。ここであの高順洙(コジョン
ス)が頑張っているんだと思うと嬉しくなってくる。              

スオン駅までが長く感じましたが、このフラッグを見たら気分が良くなりました。 今回の旅行で一番楽しかった出来事がこのバスだったかもしれません。

駅前の案内所(アンネソ)で民族村への行き方を聞いたら、中に招き入れてくれて、
日本語の案内カードを渡された。・37番のバスに乗る・料金は800ウォン・無料
送迎バスは10時30分発などと書いてあった。案内所の人はとても親切だった。 
まだ時間があるので、駅前の地下街をぶらぶら歩いていた。おなかが空いてきたので
食堂街をのぞいたら、ここには小さな小さな食堂が沢山並んでいた。6人も入れば一
杯になってしまうような小さな食堂が10軒ほど並んでいて、驚いた事にメニューが
みな同じなのだ。トッポギ、ウドン、オデン、キンパプなどである。元気なアジョン
マの声に誘われてその中の一軒に入った。席に着き、キンパプを注文する「キンパプ
ハナ チュセヨ」。キンパプは日本の太巻き寿司と同じものだ。トレーにキムチ、た
くあん、キンパプを切ったもの、オデン入りのスープ(辛い)が載せられて運ばれて
きた。キンパプは疲れた胃にジワジワと優しい味で美味しかった。キムチはむちゃく
ちゃ旨かった。韓国に来て沢山食べたどこのキムチよりもここのキムチは旨かった。
メニューが単純なだけに味の勝負になるのだろう。じつに旨かった。       

駅前にバス停が無い??                           
教えられた場所に行ってみたが、バス停が無い。しばらく呆然としていたが、バスは
来ているので、場所はここに間違いない。周囲に沢山の人がたむろしているので、そ
の人たちの様子を観察することにした。じっと見ていると、ここの人たちは乗りたい
バスが来るとワラワラと走って行って動いているバスに乗り込むのだ。もちろん人が
乗り込む間はバスは止まっているのだが、乗り終わるとそのまま走り去ってしまうの
だ。日本のように一定の場所でバスが待っているような事はない。ここでは乗ろうと
しない限りバスは止まってくれないのだ。                   

さあ大変。右手に1000ウォン札を握りしめて、目を皿のようにして37番のバス
を待つ。表示はハングルのみでまったく読めない。数字だけが頼りだ。「来たっ!」
バスに向かって走る。幸い何人か同じバスに殺到してくれたので最後に乗る事にして
様子を探る。前の人がしたようにアクリルボックスにお札を投げ入れると運転手が何
か叫んだ。「○?○?○!!」困った、分からない。とっさに「ミンソクチョン」と
叫んだら、ニッと笑って200ウォンのおつりをくれた。            

韓国のタクシーは運転が荒っぽいと聞いていた。実際に体験もしたのでよく分かる。
しかし、バスの運転までが荒っぽいとは思わなかった。急発進、急加速、車線変更、
割り込み、急ブレーキ、おまけにクラクション。杖をついたアジョンマが乗ってきて
もおかまい無しの激しい運転にすっかり驚いてしまった。乗客は慣れたもので、バー
にしっかりつかまり両足を踏ん張っている。よろめいているのは私ぐらいなものだ。
スオンは大きな街だ。バスに一時間乗ったら田舎の風景でも見られるかと思ったが、
どこまで行っても市街地で、これも当てがはずれた。路線図を見ると民族村は終点の
ようなのと車内の会話で民族村に行く人が何人かいる事が分かったので安心して乗っ
ていた。                                  

やっと民族村に到着した。ここにも特にバス停というものが無い。ということは時刻
表も無いということだ。帰りは早めにした方が良さそうだ。入り口でチケットを買い
日本語のパンフレットを持って入場する。パンフレットの色が国ごとに変えてあり、
持っているパンフレットの色でどこの国の人かが分かるようになっている。良く出来
たシステムだ。チマチョゴリの女性があちこちで目に入る。チマチョゴリが風になび
く様は軽やかで美しい。日本の着物が静の美であるとしたら、韓国のチマチョゴリは
動の美と言えるだろう。フワリフワリと軽やかに歩く姿はじつに美しいものだ。鮮や
かな色もこうして民族村で見ると何の違和感もない。              

畑も畝の切り方がずいぶん違いますね。雨が少ないせいでしょうか。 本当にこのまま人が住める状態に保存してあるのがすごいですね。

ここでは昔の民家がそのまま再現されていて、今でも生活出来るレベルで保存されて
いる。民家の軒先をくぐって入り、縁側に座っていると、その時代の人が今にも出て
来るような気がしてくる。実際、ここで働いている人々は李朝時代の服装に身を包ん
でいるのだから念が入ったものだ。鶏やうさぎが昔のままのやり方で飼われていて、
来場者に愛嬌を振りまいている。足踏み臼を実際に踏んで製粉を体験出来る。馬もロ
バも飼われている。粉付き小屋、トウモロコシ貯蔵庫、井戸、韓国のものなのに何だ
か懐かしく感じるから不思議なものだ。                    

どこかで見たようなたたずまいです。左には粉引き小屋があります。 台所もこのまま使えますね。かまどの熱がそのままオンドルの床に行きます。

この庭に立てられた藁の旗のようなものはいったい何でしょうか?? 竹で作ったトウモロコシ貯蔵庫です。雨が少ないという事がよく分かります。

立派な農家です。壁のオレンジ色と軒先のトウモロコシの束が良く似合っています。 この農家にはロバが飼われていました。世話する人も当時の服装です。

民家群を抜けるとイベント広場がある。ここでは農楽(帽子に付いたリボンをくるく
る回しながら太鼓を演奏する踊り)や板跳び(女性が交互に板を使って飛び上がる演
技。5メートルくらい跳ぶ)や綱渡りなどが実演されている。私が行った時は板跳び
をやっていた。その豪快さに驚いてしまった。その昔、両家のお嬢様は外に出歩く事
を許されず、塀の外を見たい一心で始めた遊びだそうな。優雅そうに見えるけど、じ
つは繊細なバランス感覚と脚力が求められる演技だと思う。民族村の広い敷地は歩き
回るだけでも時間がかかる。今日は何があっても集合の3時までにホテルに帰らなけ
ればならないので、両班(ヤンパン)の屋敷見学も、伝統結婚式も市場での食事やト
ンドン酒も涙をのんで断念し帰途につく。                   

イベント広場で行われていた板跳び。すごい迫力でした。 この青鬼は何のためにここにいるのでしょう。靴を履いてモダンな鬼です。

民族村でもバス停は無く、来たバスに歩いて近寄って乗せてもらう形式。37番のバ
スは15分ほど待った。乗り込んで「スオン ヨクッ」と言う。おつりはきちんと戻
ってきた。席はがらがらで座れた。さあ、駅までどのくらいかかるか?渋滞していな
ければいいが。心配をよそにバスは会長に走る。途中、ワールドカップスオンスタジ
アムの屋根がチラッと見えた。時間があれば立ち寄りたかったのだが残念だ。横を走
っているタクシーのボディに60cm×2mくらいのワールドカップステッカーが貼
ってある。道路に掲げられた各国の国旗とともに、市を挙げてワールドカップを歓迎
している様子がヒシヒシと伝わってくる。                   

スオン駅に着き、駅で切符を買い1号線の電車に乗り込む。さて、とりあえず一安心
、これで時間内にホテルに帰れそうだ。新道林(シンドリン)で乗り換えて支庁前に
ついたのが2時半。ホテル前の韓国伝統食堂で遅い昼食に水冷麺(ムルネンミョン)
を食べてホテルに入ったのは集合時間の5分前というギリギリの小旅行だった。  

全員何事もなくホテルに集合し、ソンミンさんと別れの挨拶をする。今回の旅行はソ
ンミンさんのお陰で大成功だった。お礼の言葉を選ぶのだが、とても感謝の気持ちを
伝えきれない。次は我々がソンミンさんを日本に招待して遊びましょう、ということ
になった。ソンミンさん、本当に、本当にありがとうございました。       

バスはソウルからインチョンに向かって高速道路をひた走る。ソウルから離れるにつ
れて寂しくなってくるのはいったいどうしたことだろうか。窓の外の景色も、ガイド
の声も頭を通過するだけ、頭の中はこの充実した三日間の映像がぐるぐる回っていて
、ほとんどトランス状態。インチョンの空港でレンタル携帯電話を返却し、お土産の
買い物、フライト前最後の食事と時間をつぶし、6時30分発の大韓航空KE-705便
で帰ってきた。