【荒川の達人】に聞く

川漁師「井上馬吉」さんに荒川の川魚漁の話を聞く。




井上馬吉さん79才、この道60年の川漁師。曽祖父の時代から荒川でウグイの「まや
漁」を続けてきたが、昨年引退した。                     

荒川の昔話や、まや漁の話や、魚の話を伺うため、安谷さんと二人で秩父市別所の井
上さんのご自宅をたずねたのは、猛暑の続く7月6日のことだった。        

ニコニコと招き入れてくれた井上さん。いきなり「召し上がれ。」と、天ザル蕎麦と
スイカが出てきたのには恐縮してしまいました。お心使いに感謝しながら蕎麦をいた
だくとサッパリしておいしい秩父の蕎麦でした。                

井上さんの口からは、次から次に川漁の話、魚の話、川の話が出てくる。メモが間に
合わないスピードに、書く手を止めて思わず聞き入ってしまった。        

井上さんは子供の時から、川で泳いだりするより魚を獲る方が好きな子供だった。子
供時代の魚獲りは主に「置き鉤」と「突き突き」と言っていたヤス突きで、かじかや
そうげん、すなめなどを獲った。ある時置き鉤にかかった大山女魚の口には5本の釣り
バリが付いていた事もある。                         
「5人も楽しませたんだから、大したヤマメだったいねぇ。」と笑う。      

ヤス突きは、もぐって山女魚やヒメマスを横から宙突きする方法と、夜カンテラを箱
ガラスに付けて突く「火振り」という方法などがあった。戦前の荒川には45センチを
超えるヒメマスが放流されていたし、尺山女魚はいたるところにいたものだった。 

「ヤマメは横から1回で突くんだいね。一番大きいのを突くんさ、失敗すると岩影へ
逃げる。これはもう一回突けるんだけど、そこで失敗するともうダメだったいね。 
ヤマメは隠れるのがうまいんで、どこかへ消えちゃうんだいね。」        

「お蚕さんがヤマメの大物を釣る秘密の餌だったいね。あと、カジカの卵な。カジカ
の卵を塩漬けしておいたのをひとつまみ鉤に付けて、真綿でくるむように止めて釣る
と、大きいのが釣れたったいねぇ。」                     

鰍は2月の終わりころから産卵する。昔、細い沢には沢山の鰍がいて、平石の裏側に
は黄色い卵がビッシリ付いていたという。今は餌にするほどの卵は採れない。鰍のメ
スは卵を産むと泳ぎ去ってしまうが、オスはその後に残って胸ビレで新鮮な水を卵に
送り続ける。大水が出ない限り、孵化するまで卵のそばから離れないという。大水が
出てオスが流されてしまうと卵はカビてしまい、孵化出来なくなってしまうのだ。オ
スの鰍はエライ!!これは鰍の養殖が難しい訳だ。               

長瀞の下、玉淀の堰が出来る前は天然の鮎が上がってきていた。その天然の鮎は急流
に住み、今の養殖鮎とは比べようもなく元気で大きかった。40匁〜50匁というから
平均150gから190gくらいの大きさだった訳だ。水のたるみでなく急流に住むため、
引きも強く味もまったく違っていたという。                  

井上さんが続けてきた、まや漁について伺った。孵化させたウグイの稚魚を放流し、
川に戻ってきたところに網を打つのが「まや漁」。孵化、放流を義務付けられ、決め
られた区間の中に1ヶ所だけ網打ち場を作ることができる。その場所は鑑札を持つ人
の話し合いで決められる。毎年、採った卵の量と孵化率を県の水産課に報告すること
になっている。井上さんは自分なりに工夫を加えて孵化率を上げ、ビデオに収録して
報告していた。                               

こぶし大の石を並べた産卵床を作り、ウグイが産卵に集まってくるのを待って網を打
つ。ウグイを獲った後、産卵床の下流に下が袋状になった採卵用の受け網をかけ、川
の中の石を一つずつ流れで洗う。すると、石に付いたウグイの卵が流されて下流の受
け網に入る。卵はうすいオレンジ色で、多いときはポリバケツ一杯くらい採れること
もある。この卵を孵化箱に移し、専用に作った川の中の孵化場に沈めておく。15〜
16度の水温だと1週間から10日で孵化するが、10度の水温だと10日〜15日くらいか
かる。産卵期間中これをくりかえす。ひとシーズンで300キロの水揚げを記録したこ
ともある。                                 

まや漁をやっていた時の悩みの種は水量の変化だった。上流に二瀬ダムが出来たから
だ。ダムで水を止められると川の減水が急で、孵化した稚魚が減水について行けず乾
いて死んでしまう。「大きいのは、はしっこいから深いとこへ逃げんだけど小っさい
のはねぇ。困ったったいねぇ。」ダムは放水する時も急で、その度に孵化場は大変な
影響を受けた。今でも魚にとってあまり良い環境とは言えない。         

この「まや漁」は市内中村町の強矢信雄さん(66才)に今年から受け継がれた。今年
は約500万粒の卵が孵化したと言う。山女魚釣りでは外道扱いされるウグイだが、こ
うして孵化、放流されていたとは・・・・。井上さんの「川が細くなってきた」とい
う言葉には実感がこもっている。                       

昔からの漁法を記録したビデオを見せてもらった。鰍の習性を利用して獲る「せきう
け」と寒ウグイを一ヶ月がかりで獲る「石くら」のビデオだ。          

井上さんの話だと、いずれも現在はあまり行われていない方法で、撮影の為に久しぶ
りにやったのだそうだ。「ホントに獲れるかどうか心配でなぁ…カジカがいくらかで
も入ってたんでホッとしたったいねぇ」とせきうけのビデオを見ながら笑う。   

「石くら」は大仕掛だ。平石を約150個くらい使い、1mくらいの深場にバラの花のよ
うに組み上げる。「呼び笹」という笹で流れに変化をつけ、上には柴で屋根を作り、魚
の住みやすい場所を作る。この石くらを1ヶ月間放置する。水アカがついて水に慣れな
いと魚が集まらないからだ。                         

この収穫の場面は圧巻だった。大量の魚がバケツにあふれ、これが漁だということを思
い知らせてくれた。「あんまりいっぱいだったんで半分も獲ったらもうやめて放してや
ったんさぁ。」と、また井上さんは笑っている。                 

話を聞きながら何度か、「今まで獲った魚で大物というと…」と、水を向けてみた。井
上さんはニコニコ笑いながら、「そうだねぇ。ヒメマス、ヤマメ、鯉。いっぱいいたっ
たいねぇ。でもなぁ、あんまり自慢することでもないし…」            
一つ大きいのが獲れるとそのまま帰ってきてしまうこともあったそうだ。川と共に生活
する自然体とでも言おうか、「何センチくらいでした?」などという私の幼稚な問いに
は、笑っているだけだった。本当に川が好きな人柄が伝わってくる3時間だった。  

かじか、すなめ、そうげん、ちょこかゆ(よしのぼり)、ギュギュウ、ウナギ、鯉、ウ
グイ、鮎、ヒメマス、ヤマメ、岩魚、豊かな荒川の幸。そして、川とともに暮らす文化
が秩父にはあった。安谷さんは言う「川魚が昔の秩父の暮らしの中にしっかりと根づい
ていたんですね、石くらをかけたりして獲った魚を集めて売り歩く人がいたり、結婚式
のお吸い物にうぐいを2尾入れるならわしがあったり、川魚を焼き枯らして売る人がい
たり、かじかやうなぎやなまずの骨をあぶって蕎麦のだしを取る人がいたり・・・・ 
当時の人々の目はしっかりと川を見ていたでしょうし、川の異変にも敏感だったのでし
ょうね。今、一番川をよく見ているのは釣り人ですよね・・・」川を仕事の場とする文
化はすでに消えつつある。変わって新しく我々は川遊びの文化をこれから育てなければ
ならないのではないか。帰り道安谷さんと並んで歩きながらそんなことを語り合った。
安谷さんのお陰で実現したインタビューでした。改めてお礼申し上げます。感謝!