大頭森山の幸

佐竹さんとネマガリタケを採りに行く。




柳川温泉、朝の5時半。寝ていた部屋の窓をトントンとたたく音に目を覚ました。
佐竹さんが窓の外で笑っている。そうだ、これから筍採りに行くのだ。昨夜の酒が
まだ頭の芯に残っているのか、少しボーッとしている。            

急いで起きて着替え、車で長靴にはきかえ、タオルを首に巻き、軍手を持って佐竹
さんの車に乗り込む。                           
「どうもすいません、遅くなって」「なんのなんの、お互いさまよ」      
車は奥さんが運転してくれて、大頭森山の登山口まで送ってくれた。10時半に迎え
に来てくれるとのこと、それまでに昼に食べる分を採らなくてはならない。   

大頭森山は標高984メートル、佐竹さんの話だと山の裏側の北斜面に竹が多いと
のこと。気持ちの良い山道を歩く。ふた抱えもある栃の木やブナの木が次から次に
出てくる。緑がきれいだ。山頂へ登る最後の200メートルは階段になっていて、息
が切れる。昨夜の酒が汗になって流れるのか、次第に頭がスッキリしてくる。汗を
かいて体が目覚めていくのが分かる。                    

山頂は直径50メートル程の野原になっていて、高さ6メートル程の鉄骨の展望台が
設置されている。登ってみたが華奢な作りのせいか揺れるので怖い。展望は360度
の絶景である。朝日連峰から月山、蔵王まで見渡すことができる。涼しい風に汗が
スッーと引いていく。                           

「ボチボチいきましょうか」と言うと、佐竹さんはいきなり薮にもぐり込む。あわ
てて後を追うと、踏み跡のような山道。これは知っている人でないと分からない。
その佐竹さんの速いこと、後をついていくのがやっとだ。道は尾根を一端下り、巨
木の林を見上げながら再度登り、そして下る。大汗をかきながらブナの巨木に目を
奪われ、倒木をのり越え、栃の木を見上げながら、深い深い森の中へ落ちていく。

歩きながら、佐竹さんがヒョイとかがんで何かを拾った。見るとそれが、目的の根
曲がり竹の筍だった。初めて見る筍を写真に収め、さらに下る。道の両側を見なが
ら歩くと、ところどころに筍がある。うれしくて採りながら佐竹さんの後を追う。
しばらく歩いて小休止「この辺からやりましょう」と佐竹さん、期待に胸が踊る。

道の左手の薮に入り地面を這うように進む。ポツンポツンと筍が頭を出している。
次から次へと採りながら進むと、自分がどの方向に進んでいるのか方向感覚が無く
なる。                                  
「ハハァ これだな、よく話題になる筍採りで遭難する原因というのは…」   
しばらく動かずに佐竹さんの音を探す。何せ10メートル離れるとまったく見えない
のだ。音だけが頼りになる。とにかく、佐竹さんとはぐれたら帰れなくなるのだか
ら必死である。遠くで音がする。方向を確認して音の方へ進む。もちろん筍を探し
ながら。筍は思ったより沢山採れる。多いところでは3本4本と同じ場所に出ていて
思わず嬉しくなってしまう。汗がズンズンと流れるが目は夢中になって筍を追う。

休憩の間佐竹さんの話に耳を傾ける。昔はこの何倍も生えていて、いくらでも採れ
たのだ。南京袋に一杯になるとデポしておいて、後でその袋を何往復も運んだ。 
当然その日のうちに処理をしなければならない。皮をむき水煮にする。家族総出で
やって深夜の2時ころまでかかった、半分眠りながら作業をしていたという。そし
て朝になれば仕事に行く…週末ごとにそんな繰り返しだった。         

今では筍を採り過ぎて竹薮がどんどん小さくなり、笹薮に変わってしまっていると
いう。それはそうだ。新芽という新芽を全て採られたら竹だって枯れてしまう。 
人間の欲のすごさを思う。残り少ない竹薮に人々が殺到する。山菜でもそうだ。全
てを採りつくされたら次の年には芽も出ない。今年はいろいろなところで同じ様な
話を耳にする。山菜も、筍も、茸も、魚もほどほどに採れば良いと思うのだが …
いざ自分がやってみるとほどほどに採るというのは実に難しい。        

何ヶ所か場所を変えて筍を探す。頂上近くなればなるほど筍は少なくなる。やはり
人が多く入るせいなのか …。雪が消えたばかりの窪地では山菜が芽を出している。
アブラコゴミ、ミズ、ドホイナなど一つ一つ教えてもらう。雪の多い地方は、雪の
溶け具合で山菜の採れる時期がズレる。山を良く知る人は雪の状態を良く知ってい
て、山菜を自在に採ってくる。素人が出来ることではない。山は知る人にのみ恵み
を与えてくれるのだ。                           

頂上直下の水場に出た。こんな山頂でありながら、この水場の水は枯れたことがな
いという。不思議なことだ。カラカラになった咽を雪解けの水が潤す。「うまい〜
!」思わず声が出る。佐竹さんは雪渓の上に立って休んでいる。何とも山の似合う
人だ。                                  

頂上の原っぱでシャツや長靴を脱いで、大の字になって寝る。気持ちいい〜〜〜。
佐竹さんが滝太郎の話をしてくれた。見た人がいるのだ。何でも1メートルくらい
の大きさで胸ビレを広げてバッと飛ぶのだそうだ。岩魚よりもゴツい魚だという。
この山連みの彼方にその大鳥池がある。山の深さを考えると、もしかしたらそうい
う魚がいるかもしれないと思う。いても不思議ではない。           

山から下り、駐車場で奥さんの車を待つ。見ていると入れ換わり立ち換わり車が出
入りする。全て筍採りに来ている車だ。3〜4人連れだってワイワイと山に入ってい
く。道路ぎわだけササッと見て、「ダメダァ」と笑いながら帰ってくる人、何だか
皆さん楽しそう。そうだこれはレクリエーションなのだという事に気付いた。この
季節でなければ出来ないレクリエーションのひとつなのだ。          

佐竹さんの家に帰り、筍の皮剥きをする。簡単にクルリと剥けるが何せ数が多い。
1時間くらいかかってしまった。横で奥さんが、食べられる部分を包丁で切り分け
ている。皮を剥かれ、切られて、食べられる部分は3分の1くらいになってしまう。
それを見ていてハッと気がついた。色がきれいな若竹色なのだ。今の今まで白いも
のとばかり思っていた。スーパーなどで売っている姫筍と称するものはまったくの
別物だったのだ。山の味覚の王様、根曲がり筍は若竹色をしているのだ…!!知ら
なかった…                                

昼食は奥さんが料理してくれた筍料理と筍の刺身。これは辛子マヨネーズで食べる
のも味噌をつけて食べるのも絶品。アブラコゴミの和えもの、ワラビの煮物 …  
釣りに行っていた加藤さん、稲垣さんも揃って舌鼓を打つ。全員大満足の収穫だっ
た。自分で採ったものを食べるおいしさは、何にも勝る調味料である。山の恵みに
感謝、感謝。さあ、腹いっぱい食べた後は温泉で汗を流そうか。