阿仁マタギ物語



第ニ回 西根稔氏 初めての熊撃ちを語る。
マタギの獲物といえば「熊」熊を狩るための狩猟の集団がマタギとも言える。 
西根さんが初めて鉄砲を持って熊狩りに参加したのは20才の時だった。そのとき
の事を話してくれた。                          

「 シカリから、おまえはここだ。ここさいれば熊が来るがら、一間(約180セ
ンチ)まで引き付けて撃つんだ、それ以上離れていたら絶対に撃つなよ、と言わ
れて一人で峰さ残されだ。その時は なにが一間だ俺だったら3尺まで近づいた
って大丈夫だと思っておったんだが・・・それから一時間過ぎ二時間過ぎ時間が
経つにつれだんだんおっかねぐなってきた。なんちゅうか山の重みに押しつぶさ
れるみたいな孤独感と熊に対する恐怖心と寒さが一気にのしかかってきて、二連
銃抱えてブナの陰でふるえていだった。熊、こっちさ来ねでけれ、こねでけれっ
て祈ってたんだ。もしこっちさ来て撃ち損じたりしたらそれでもう終りだからな。

死ぬまで、いやそれから何百年も『熊、逃がした男』ちゅうレッテルを貼られて
しまうんだ。そしてワシが逃がした場所は『鍛冶やの誰それが熊逃がした場所』
って語りつがれていくんだ。ワシはそれだけはゴメンだ、絶対そうはなりでぐね
ってそればっかり思ってブルブルとふるえておったんだ・・・」       

「 ヒョイと遠くに黒い点が見えたと思ったら見る間にこっちさ近づいて来だん
だ。シカリが必ずここに来るからと言ってたとおり、熊がこっち向かってまっす
ぐ近づいて来たんだ。ワシはもう頭の毛がおっ立ち、目をカッと見開いたまま体
が固まっちまった。ふるえる手で二連銃を構えたはいいが、熊だって必死だもの
こっちが思ってたとおりには動いてくれねもんだ。あれよあれよという間に熊の
ヤツ、ワシが待ち構えているところまで登って来ちまった。ほんとうは思いッき
り近づけて上からズドンと撃てばいいんだがそんな余裕はぜんぜんながったな・」


「 ほとんど同じ高さまで登ってきたその黒い固まりに向かってワシは引き金を
引いた。ズドンと音がしたと思ったらその黒い固まりは見る間に谷底へ転がり落ち
ていったんだ。なんせ70度くらいの斜面だったからな。フッと我に返ったワシは
あわてて追っかけたんだが、熊が落ちていった跡には血痕も無かった。なんせすご
い勢いで落ちていったからな。どうか死んででけれって祈りながら飛ぶように降り
ていったんだ。今だばわかるどもなんせ初めてだったから手応えがあったんだかど
うか分からねがったし・・・・谷底の沢に着いてみると熊のヤツうつ伏せになって
じっとしてるんだ。さて困ったぞ、まだ生きてるみだいでもあるし、死んでるよう
にも見えるし・・・・生きてうごいてるんだらもう一発トドメをさしゃあいいんだ
が、もし死んでいる熊に撃ったとなっちゃあマタギの恥だがら・・・・なんとした
らいいべか・・・」                            
 
「 仕方ないんで、雪玉こしらえてぶつけてみたんだ。右手にゃあ鉄砲構えていつ
でも撃てるようにしながらだどもな。したっけ雪玉がぶつかった勢いで熊のヤツ、
ピクッて動いたんだ・・・びっくりしてしばらく様子をうかがったんだがまた動か
ねぐなっちまった。よし今度は石をぶつけてみるべと今じゃ考えられないほどの大
っきな石を片手で抱え上げてぶつっけたんだ。したっけさっきより大きく動いたん
だ。おやっと思ったがやっぱりそのまま動かねんだ。ありゃやっぱり死んでるだが
やと思って長い棒を左手に持って、二連銃構えながら思いっきり近づいて突っつい
たわけだ。それでやっと死んでるのが分かって、ホッとしたちゅうかなんちゅうか
・・・一服するべと思い煙草を取り出し火をつけようとしたんだが、手がブルブル
ふるえちまってうまく火がつかねんだ・・・今思えば笑ってしまうんだどもな 」

「 こんなザマで仲間に知らせるのが熊撃ってから30分くらいかがったかな。熊
仕留めたら『 ショーブ!、ショーブ!』(勝負、勝負)と叫んでみんなに知らせ
るのが決まりなんだが、これをすっかり忘れちまってたんだ・・・あわてて叫んだ

んだが、それからみんなが来るまでの間はそりゃあ嬉しいもんだった。やった、や
った、やったってなもんで、小踊りしてたんでねがな。みんなは30分くらいで集ま
って来たんだ。後から聞いたば、みんな銃声を聞いてからなんの声もしないんで心
配してすぐそばまで来てたんだど。シカリがワシが仕留めた熊を見聞して『 おお
、よぐやった!よぐ一発で仕留めたもんだな、ほれ熊の急所を一発だ、大したもん
だ 』とほめでくれだし、集まった仲間もみんなホメでくれだんだ。ホント言えば
こっちはさっきまでおっかねぐでションベンチビりそうだった事なんか忘れて、エ
ッヘンってなもんで胸張っていたんだ。マグレで当たったなんて口が裂けだって言
わね、結果が全てだもんな。」                       

「 でも、運が良かったんだな、その熊120キロもあったんでみんな大喜びさ、取
り分が増えるから。マタギは獲った熊は全員で平等に分けるんだ。勢子であろうと
仕留めた本人であろうと分け隔て無く平等にな。さて解体が一段落すればそのあと
ある儀式があるんだ。ワシはこの儀式がイヤでイヤで・・・その儀式というのが熊
の生き血を飲むんだっつんだから気持ち悪いのなんのって・・・上の人から順番に

鉢で一人一人回し飲みするんだが、下の人間に回ってくるころにゃみんな口の回り
を真っ赤にしてるんだ。これがワシにはまるで人食い人種のように見えてほんとに
イヤだった・・・自分の番がまわって来たんだが、ワシはこっそり後ろを向いて熊
の生き血を口の回りになすりつけ誤魔化そうとしたんだが、隣のヤツに見つかって
しまい『 バガ!ごまがすな!チャンと飲め!』って怒られでしまった・・・・

仕方ないんでイヤイヤ飲んでみだば、これが何とも言われぬ旨いもんだった。イヤ
ほんとに旨かった。生き血だからってなんにもナマ臭くなく、口に入れた瞬間ホァ
ッとまだ暖かみが残っていて、なんとも特別な味がするもんだ。それ以来病みつき
よ・・・・・」                              



第2話 完  (秋田弁監修 たまくらさん)