【岩井渓一郎】が語る

【タックル】について

季刊kurooはロングティペットリーダーシステムの元祖でプロフライフィッシャーの
岩井渓一郎さんに3時間のロングインタビューをさせていただいた。トッププロに肉
薄するにはkurooではいささか力不足とは思ったが、何とか雑誌やビデオでは見られ
ない岩井さんの素顔を伝えられるインタビューが出来たと思う。稚拙なインタビュー
だが、フライフィッシングのエッセンスをそこから抽出していただければうれしい。

     1、フライビギナーに・・  (1月 春待ち号)          
     2、ドライフライの釣り   (3月 春号)            
     3、タックルシステムについて(5月 初夏号)           

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岩井渓一郎インタビュー その3


【タックルシステムについて】

私は友人にすすめられてI`s3(アイズスリー)を使っている。そしてこのロッドは岩井
さんが設計しデザインしたロッドで名ロッドと評価が高いロッドである。設計やデザ
インの裏話やロングティペットリーダーシステムについて伺った。        


kuroo「ロングティペットリーダーシステムを使いこなすコツはありますか?」  
岩井「まず、長いという先入観を持たないこと。最初からそれを使い続けるのがベス
   トだね。今迄の7〜9フィートのシステムはあくまで欧米のフラットな流れのド
   ラグを気にしなくて済む川用でね、日本の川は流れが速いからドラグがかかる
   のでそれを考えると14フィートが使いやすい長さなんだと思う、16フィート
   と言っても2フィート長いだけだからね。それとロングティペットリーダーシ
   ステムに合ったロッドを選ぶことだよね、全体が柔らかくて、調子が胴にのる
   ロッドが理想で、I`s3(アイズスリー)はベストなロッドだと思う。」   

kuroo「そのI`s3(アイズスリー)というロッドの特長を教えてもらえますか?」  
岩井「あれは松井徹という人が精魂込めて作っているロッドだから最高だね。お金も
   時間もかかってるよ、日本人の手で、日本人の力で、日本の渓流で振ることを
   基本に設計しているから、出来上がるまでの試行錯誤がいろいろあった、大変
   だったね。特にグリップがコルクタイプの方はバット部の設計が他と全く違う
   思想で作られているところに価値がある。                


   アメリカで50cmのレインボーをかけたとき、バットの部分がグリップの中央
   まで曲がって耐えていつのがハッキリ分かった。そのくらいグリップもバット
   の延長になっている。だから大事に使った方がいいと思うよ。」      

kuroo「前はオービスのセブンイレブンを使っていたんですが?」        
岩井「あ、あれはいいロッドだよね、セブンイレブンとかウルトラファインとかね、
   中には?なのもあるけれどね。 例えばウルトラファインの場合2番指定だけ
   ど日本の渓流だと4番くらいのラインが合うんだよね・・」        

kuroo「えっ、それってどういう事ですか?」                 
岩井「ウ〜〜ン、何て言うのかなあ・・オービスの設計思想には日本の渓流のような
   環境は想定してないんだよね。27ヤードがフルラインだとすると15〜18ヤー
   ド投げる時の2番ライン指定で、日本の渓流ではせいぜい10ヤードまでだから
   ラインがロッドに乗らない訳。 簡単に言うと、棒の先にヒモを付けているよ
   うな感じかな・・、I`s3(アイズスリー)の場合は12ヤードより遠くに投げる
   ことは想定していないから、ロングキャストは無理だね。」        


kuroo「う〜〜ん、そういうものだったんですか・・・」            
岩井「ロッドの設計思想は、やはり実釣した上での検証に基づいてないとね・・・ 
   今度、小野さんと杉坂さんの依頼で『レビュー』というロッドをデザインした
   んだけど、これもI`s3(アイズスリー)と同じコンセプトで設計してある。でも
   製造過程やブランクによって、メーカー独特の味が出てくるのが面白いネ。」

kuroo「いやあ、奥の深い話ですね、私なんかには想像も出来ないレベルの話です」
岩井「とにかくI`s3(アイズスリー)は大事にした方がいいよ。」        

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トッププロに肉薄するには、私の技術、知識はあまりにも稚拙なもので、岩井さんも
きっと苦笑しながら、長い時間付き合ってくれたに違いない。将来は自分のコンセプ
トで小さいお店を持ちたいと言っていた。是非、常連の一人に加えてもらえるように
精進したい。こうしてお話しを伺えただけでも幸せで、これを自分の中に生かしたい
と切に思う。                                


長いインタビューが終わったのは夕方5時。窓の外はもう真っ暗になっていた。岩井
さんがインストラクターとして教えてきた生徒が、そろそろ1万人に達すると言う。
間違いなく日本のフライフィッシングを築き上げてきた実績の数字である。私はまだ
1万人の中に入っていないのが寂しいが、まちがいなく岩井フリークの一人である。


「 じゃあ また 」と言いながらエレベーターのドアの向こうに消えていった岩井
さんに心を込めて「ありがとうございました・・」と頭を下げた。