イトウの話


驚くべきイトウの生態を綴った、札幌の菅(すが)さんからの手紙。



イトウの話

札幌の友人から手紙が来た。「瀬音の森」発足を祝う手紙だったのだが、その
中に「イトウ」に関して自分の経験を綴った部分があり、興味深く読ませても
らった。落ち着いてよく考えて見るとこれは貴重な資料でもある。私的な手紙
なのだが本人の許可を取って皆さんに読んでもらう方がこのまましまい込むよ
り有用と判断して転載の許可を取った。                 

私的な手紙なので裏付けを取った訳ではない事を了解して頂き、その昔北海道
の原野がどんな風だったのかを想像しながら読んでもらえれば嬉しい。また、
このような貴重な事をしっかりと書いて下さった札幌の菅(すが)さんには改
めてお礼申し上げます。ありがとうございました。            

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(前分一部省略)                           

川魚の生き方にもいろいろありますね。私はイトウにはとてもこだわっていま
す。イトウは本当に不思議な生態で、北方の河川で特に渓流と大河を往来しな
がら巨大に育ち執拗に長生きして行くのには脱帽なんです。別紙の新聞切り抜
きと、その注釈の小生のイトウに纏わる駄文を読んで下さい。       

北海道の湿原を本当に自然のまま保存するのは難しい事です。それは、湿原が
河川下流の蛇行部にある訳ですが、その部分を保存しようとしてもとても部分
的には出来るものではありません。だから源流から河口までを全部自然のまま
にしなければなりません。                       

これは無理な話です。その一番下流にいるイトウにとっては全流域の悪条件を
全部引かぶっている訳なんです。特に蛇行流域の洪水を抑制してしまったら、
イトウの成長栄養源を激減させることになるというのが小生の持論です。トガ
リネズミやアカエゾネズミ、トカゲ、カエル、ヘビ等が流される洪水こそがイ
トウにとって巨大成長と長生きのすべてなんです。            

別紙(北海道新聞切り抜き)                      
生きもの生活白書【イトウの不思議なエサ】より=============
イトウという魚を知っていますか。しばしば幻というまくら言葉がつけられて
語られる淡水魚です。現在わが国で生息するのは北海道だけで、記録では2メ
ートルもある巨大なのが釣れたとか。最近ではせいぜい1メートルが最大だろ
う、というのが専門家、釣り人の一致した見解です。           
 さてこんなずうたいの大きな淡水魚が何を食べているのか、魚の図鑑などを
調べてみると、エサのほとんどが魚で、時には野ネズミなどを食べる、といっ
たような記述があります。死んで流されたか、生きたまま川に落ちたネズミを
偶然補食したというのでしょうか。                   
 一方、釣り人の中には、もっといろいろ動物を食べているという証言もあり
ます。前からイトウの食べているメニューが気になっていたのですが、そうや
たらに釣れる魚ではなく、実際にこの目で確かめるなど思いもよりませんでし
た。ところが、願ってもないチャンスが巡ってきました。         
 60センチくらいあるイトウの胃の中から出てきた小動物が何か確認してほ
しいと依頼されたのです。驚いたことに、胃の中に詰まっていたのはすべて食
虫類(モグラの仲間)のトガリネズミでした。食道寄りのは完全な状態です。
逆に小腸に近いトガリネズミはほとんど骨だけになているといった具合です。
全部で10匹以上は含まれています。地表か落葉の下で生活するトガリネズミ
がイトウの胃の中から大量に出てきた事実をどう解釈すればよいのでしょうか
 イトウが陸上に上がるとは考えられません。ではトガリネズミの方が水中に
入ったというのでしょうか。それもあれだけの数が。依然として私にとってイ
トウは幻の魚です。                          
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今までに何回かイトウの新聞記事をお送りしたことがありますが、今日もこの
記事を送ります。これを書いた人は北海道ではチョット有名な自然派のリーダ
ーですが、この人がイトウの生態についての疑問をこの程度のとらえ方しかし
ていないので「何にも解っちゃいないよなあ・・」という感じで、小生のイト
ウ考を少し述べたいと思います。                    

「魚鬼」魚偏に鬼と書いて『イトウ』 この恐ろしげな名を冠されている怪魚
についていろいろな物語がありますが、それはさて置き、小生自身のイトウに
ついてのこだわりについてです。私はほとんど生まれてすぐ親と共に樺太に渡
りました。ですから物心ついた時から多感な時代を彼の地に送りました。これ
からのイトウの話もその頃の事です。                  

10代の初めから終わりにかけての野性派な生活に生々しい風を吹きつけてい
た友人に芋田君という奴がいて、こいつは魚釣りに行く時だけ急に山男にでも
なったように変貌して私を引き連れて羆もまむしも恐れず山野を抜渉するので
すが、この男がイトウ釣りにだけは一度も私を連れていった事はありません。

それは時間帯が深夜と早朝ということもあったかも知れないのだが、むしろ奴
は神聖な儀式で司祭しているような研ぎ澄まされたような感覚でイトウと対峙
するのを邪魔される事を嫌ったかめではないかと・・・・ずっと後年になって
わかるような気がしました。                      

奴とイトウとの関係は次のようなものです。               

当時、樺太(サハリン)の豊原(ユジノサハリンスク)は樺太庁所在地で南樺
太の中央の平野地のまん中にありました。南樺太を縦に流れる主流に鈴谷川(
すずやがわ)があり、街はこの川の東山麓に位置しており、従って川は西側を
蛇行して延々数十キロの川筋は半ツンドラ地帯の湿原でした。       

奴の家はこの川がこの街の最北部で川の流れが峡になる部分に架けられた大橋
の袂にあり、常にゴウゴウという峡流の音の中に住んでいたので幼児からの遊
び場だったようです。                         

彼はこの橋の橋脚から投げ銛(もり)で巨大なイトウをしとめるのを見たとい
うのです。それは夜半の暗闇にアカアカとカンテラを照らした地元のアイヌだ
ったそうで、それは体長1間(1m80cm)以上あったと・・・・・    

それから奴は毎日流し置き鈎を工夫して週に1尾、或いは10日に1尾位の大
物釣りを確実にしているというのです。大きさは80cm〜90cm級で彼の目標
は1間ということで、毎夜仕掛けて早朝挙げることをやっていました。   

普通イトウの大物には縄張りがあって、そこの棲息していて移動はあまりしな
いとされているので、こんな沢山の大物が頻繁に捕れるというのは、この場所
が蛇行域と峡流の境目で川幅が一番狭くて急流になっている為でないかと思い
ます。従ってこれより下流の蛇行部にはどれ程のイトウがいたのかわかりませ
ん。                                 
奴が置き鈎の仕掛けに使っていたのは3〜4mm太さの綿糸(タコ糸)の道糸
に細い針金のハリス、それに手作りの碇鈎。エサはどじょう、蛙、太ミミズ、
とかげ(カナヘビ)、いもり、二十日ねずみ、などをつけたと言ってました。

こうして述べたのは、なぜ?イトウはこんなに巨大に成長するか?という理由
がその食べている餌と大いに関係あると誰でも考える事です。そこで、新聞切
り抜きの記述にもあるイトウの胃袋から出てきたトガリネズミの事になる訳で
す。                                 

記事に書いてある『死んで流されたか、生きたまま川に落ちたネズミを偶然補
食したというのでしょうか』と『イトウが陸上に上がるとは考えられません。
ではトガリネズミの方が水中に入ったというのでしょうか』の事ですが、この
ような場合、前段のトガリネズミの場合はそんな事は到底考えられない・・・
という事を述べていると思います。                   

小生は前記の『到底考えられない・・・』ということが、実際は『全くその通
りです・・』という事を言いたいのです。以下、その状況を樺太(サハリン)
の60年以上も前の実際と考えて読んで下さい。             

トガリネズミやエゾアカネズミは通称ヤチと言われている湿地周辺に棲息して
いて冬期の湿原ではヤチボウズの中とか枯草の堆積の中で春を待つのですが、
一部は根株の下、日当たりの良い斜面の土中で越冬します。サハリンの湿原は
半ツンドラ地帯で、その表面は晩秋から初冬にカチカチに凍ってしまいます。

そんな所に穴を掘る仕事なんか出来ないから前述のヤチボウズや枯草堆積の中
に潜り込んで小さな躯を沢山の群で温め合いながら雪の降り積もるのを待ちま
す。本格的な冬ともなれば雪が一面を覆い寡雪なツンドラ地帯でも雪原になり
ます。                                

それがヤチボウズ原であればいくら風に吹き飛ばされてもヤチボウズの背丈(
60〜70cm)までは完全に雪の下になります。そうなるとこの雪中は保温状態
になりますから自らの体温を下げて越冬する訳です。さて春になりました。 

早春の雪代水はまず渓雪の下からふくれあがるように水量を増して渓谷を駆け
下り、次第に水嵩を増しながら、平野部の水面は氷で全面が覆われていて水面
と氷下面との隙間は狭いのでこの急激な増水を呑み込む事は出来ません。強大
な水勢は氷の弱いところを突き破って今度は氷上を猛烈な勢いで走り下る事に
なります。                              

そのうち破壊された氷は蛇行部で停滞し山のように積み重なりダムのようにな
ってしまいます。押し止められた水勢は蛇行川筋を流れることが出来ないので
ドンドンと雪原に流れ込み、忽ち全域が湖のようになってしまいます。   

これでヤチボウズの中や枯草堆積の小動物達はどうなったでしょう? また、
氷の下の沈木の蔭や深い澱みに潜んでいたイトウはどうするでしょう・・・・

到底考えられないような事『イトウが陸上で暴れ回り』『トガリネズミが水中
で泳ぎ回る』ことになる訳です。現実にイトウが雪原上の水中で補食している
のを見たというのを聞いた事はありませんが、小動物が氷塊や浮草塊や流木に
乗りひしめき流れて行くのを実際に見たし、それは別に特別の事ではなく毎年
の早春の一風景だとする原住民(樺太アイヌ)の読話というのを前述の芋田某
からまた聞きしている。                        

北海道でも時折滞水流域での結氷上溢水の水害がありますが、治水工事が進ん
で河口部や蛇行水域の整備で殆ど無くなりましたが、道東、道北の湖沼河口で
はダイナマイト爆破で氷塊帯を取り除く方法で内水面保護をすることが最近で
もあります。この札幌でも20年以前には東北部の湿地帯の住宅街の大排水路
結氷バックウオーターによる洪水の被害があったのを覚えています。    

人間の生活の為にどんどん水辺が整備されてしまい、人間が渇望してやまない
自然は水が一番身近なのに、この流れをどんどん変えて行く。この文化は一体
何なのでしょうかね?                         
                            4/11 終わり

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転載終了                               

イトウという魚はまだ釣った事がありません。札幌の友人の手紙に書いてあっ
たダイナミックな話はまるで遠い世界の出来事のようです。今年もまた釧路に
行って道東の川で釣りをしますが、もしかしたらイトウに出会えるかも知れな
い・・・とワクワクしてきました。