成瀬川にダムはいらない。

秋田の成瀬川にダム建設の計画がある。この川にダムを作ってはいけない。


秋田 成瀬川の3日間

その日東北一帯に大雨注意報が出ていた。車は雨の東北道を秋田に向かっている。外環
和光に乗ったのが朝6時半、だからもう6時間走っている計算になる。車のラジオから
は東北地方の大雨情報を流している。かなりの雨のようでハンドルを握りながら不安に
なってきた。                                 
ジャンクションで大きくカーブして秋田道に入る。秋田道が開通していたのは知らなか
ったので途中のサービスエリアでそれを知って嬉しかった。秋田道を使えば十文字町は
すぐそこではないか。秋田道に入ると雨が上がって、日も射してきた。       

十文字インター到着は1時半。予定よりも2時間も速かった。ひと休みしてすぐ藤原さ
んに電話する。待ち合わせの場所と時間を決めようと思ったら、藤原さんはすぐ迎えに
行くと言ってくれた、ありがたい。今回の秋田行きは十文字町に住む藤原さんの誘いで
成瀬川を見に来たのだ。藤原さん自慢の成瀬川にダム建設計画が持ち上がっている。 

成瀬川を愛する友人達とともに成瀬川の今後を憂慮しているのだ。そのダム建設予定地
を見たり、釣りをしたりして3日間を過ごそうというのだ。ところが前日に警報が出る
ほどの大雨になってしまい成瀬川は濁流状態になってしまっているようで、ちょっと心
配である。                                  

藤原さんがやってきた。背の高い、精悍な顔をした好人物だ。インターネット上で会話
をしていただけなので、会うのは初めてだが何だか久しぶりに会う友人のような気がし
た。挨拶の後すぐ川の話になる。案の定、成瀬川は濁流だそうだが、雨はすでに上がっ
ているので予定通りキャンプ場へ行くことにした。                

2台の車は町を抜け、成瀬川沿いに上流へ上流へとひたすら走る。私は前の藤原さんの
車を追いかけるだけで、川の様子は気になるのだが見ることも出来ない。キャンプ場は
山の上の大柳沼自然公園の中にある大柳沼キャンプ場だった。このキャンプ場は大柳沼
という山上湖の横にあり、静かで美しい風景が目の前に広がっている。湖は神秘的な色
の水をたたえ、風がその湖面を渡る風紋が広がっていく。             

キャンプサイトではすでに先発隊のI川さんとK山さんがターフを張り、キャンプの準 
備をしていた。挨拶をして私も準備に加わる。他には誰もいない貸し切り状態である。
しばらく手伝ってから、藤原さんと二人で成瀬川ダム予定地を見に行く事にした。  

成瀬川ダムは成瀬川が北ノ俣川と赤川に分岐する下流地点に建設を予定している。北ノ
俣川にかかる橋の上からその姿を想像するとあまりに巨大で気が遠くなるようだ。対岸
の山のはるか上の方に測量地点がある。この広さ、高さを覆い尽くすロックウェルダム
の姿というのはあまりに巨大で想像することすら難しい。赤川、北ノ俣川はほとんどが
水底に沈み、バックウオーターははるか山奥まで達する予定だという。       

素朴な疑問がある。いったい何のためのダムなのだろうか?            

上流に民家はなく、地権者は誰も反対していないという。ダムの下流の人達は何も言わ
ないのだろうか?ダムを作ることで最も影響を受けるのは地権者ではなくて、下流の人
のはずなのに・・・。                             

ダムが出来るとその下流は川ではなくなってしまう。この豊かな成瀬川が見るも無惨な
悪臭漂う水路になってしまうのに。二度と元に戻らなくなってしまうのに、よく考えて
欲しい。ダムは作ってしまったら壊せない、その下流の川が死ぬ。当たり前のように川
の端に立って流れを見たり、魚を釣ったりといった生活そのものが無くなってしまうの
だ。藤原さんは嘆いている、怒っている。一人の力ではどうする事も出来ない巨大な壁
がそこにある。測量地点から見えない巨大な「意思」がジワリと放射されている。  

その昔修験の場だったという赤滝を見てキャンプ場に帰ると、すでにテントが張られて
いて、夕食の準備が着々と進んでいる。夕食のメニューは幻の牛「三梨牛」のサーロイ
ンステーキがメインディッシュである。これが炭火で焼けている時の気分と言ったら。
もう何とゴージャスなキャンプなんでしょうか?!・・・テーブルにはランチョマット
が敷かれ、ナイフとフォークが並び、ワイングラスにワインが注がれる。これがキャン
プの食事とは・・・・・グルマン藤原の面目躍如というところだ。瞬く間に白ワイン、
赤ワインが空き、日本酒が出てくる。                      

川の話、釣りの話、魚の話・・・K山さんの秋田弁がひときわ高く響きわたり、I川さ
んの人なつっこい笑顔がきびきびと動いている。話題は尽きることなく、山上の夜が更
けていく。私は昼間の運転疲れもあり、早々とダウンしてしまった。テントで先に寝か
せてもらった。                                

風の音で目覚める、雨も降っていたようだ。ゴソゴソとテントから這い出す。山の湖の
朝はすがすがしく清涼である。朝のコーヒーを飲んで一服した後藤原さんと二人で釣り
に行く。行く先はさる狙半内川(さるはんないがわ)である。ここはあの釣りキチ三平
の作者である矢口高雄が産まれたところである。釣りキチ三平で描かれる景色はこの土
地の景色なのだ。懐かしささえ感じる景色の中を車は走り集落の上流で入渓する。  

川はもう水路のように狭くなっているが、以外と深い。両側は薮で、おそろしく難しい
ポイントである。藤原さんはここで私に釣れと言うのだ、げげ・・えらいプレッシャー
である。緊張でキャストもままならず、案の定釣れない。たまりかねて藤原さんも竿を
振るがなかなか釣れない。そのまま交互に釣りあがり、上流へと向かう。      

薮の間から川に出てやや広いポイントに出た。エルクヘアカディスをそっと流すと激し
い水しぶきが上がった。反射的に合わせると竿先にガンガンという心地よい響きが伝わ
ってくる。22センチの幅広ヤマメが釣れた。朱の鮮やかなきれいなヤマメである。携
帯水槽で撮影してリリース、良型ヤマメに思わずにっこり。釣った私より、藤原さんの
方が喜んでいた。その後更に上流へ行くがアタリもないので下流へ下ることにする。 

民家よりだいぶ下流の田圃の中のポイント。橋の下流がいかにもヤマメのポイントであ
る。藤原さんはそのポイントで惜しいライズを逃して悔しがっている。私はその上流に
入り木の下のおおきな開きで竿を振る。流心から20センチのヤマメが出た、下流に走
られてはずされたか?っと思ったがしっかりとハリがかりしていて無事ネットに納まっ
た。これも幅広の美しいヤマメである。                     

雨が降ってきたので川から上がる。もう一つのポイントではせっかくヤマメが出たのに
私がよそ見をしていて合わせられず、藤原さんに「大物だったのに〜〜」っと怒られて
しまった。残念、残念。                            

昼食はキャンプ場で食べる事になっている。この昼食が実に豪華で、大変なご馳走だっ
た。「三梨牛」のスジ肉を前日から8時間煮込んだものをシチューと味噌スープにする
のだ。それを藤原さん自らの手で調理してくれたのだ。他にも鴨・鶏もも肉・ソーセー
ジ・野菜サラダ・フランスパンなどがズラリとテーブルに並んだ。このシチューのおい
しいこと・・・この味は都会の洋食屋さんでもちょっと食べられない本格的なものであ
る。まったくもって贅沢なランチである。満腹でお酒も回って・・私は車で一眠り。 

うっかり寝過ごした。目覚めた時はすでに4時半でテントもターフも撤収されていた。
I川さんK山さん何も手伝わずごめんなさい。そのまま車で藤原さんおすすめの成瀬川
スーパーヤマメポイントへ行く。水量はまだ多いが濁りはすっかり取れている。1時間
しかないので急いでポイントを探るが私のフライは沈黙したまま、藤原さんの方に何度
かアタックがあるが乗らない。橋の上流のポイントでアタックがあったのだが合わせら
れなかった。藤原さんは大物のライズを合わせて半分水面から体を出したところでティ
ペットを切られたと悔しがっている。夕まずめ、いっときながら楽しむことが出来た。

川から上がり、温泉「ゆっぷる」に寄る。今晩は、居酒屋「S」で藤原さんの釣り友達
に会うことになっているので、温泉で身支度を整える。温泉を出て宿に荷物を置き、十
文字町の居酒屋「S」へ行く。雨が降る中、待っていたのは「S」のマスターとAさん、
Kさん、そしてI川さん、K山さんである。宴会はすでに始まっていた。      

本当に山の男達が集まったようだ。年に何回か遠征する奥山の話に花が咲く。たくさん
の写真を見せてもらった、その写真に写っているマスター、Aさん、Kさんのいきいきと
した表情がすばらしい。まるで子供のような顔をしている。山バカ釣りバカの話は本当
に面白い。マスターの料理もすばらしく、アッという間に満腹になってしまった。奥山
も機会があったら同行してみたいが、私の足ではとても無理なようだ。楽しい仲間との
語らいの中、ダムの話が出ると座が重くなる。重い話題ではあるが、50年後100年
後を考えると、今語っておかないと悔いが残りそうである。是非各地のダム下流を見て
いただきたいものだ。今の水量豊かな成瀬川をそのまま残すことが、子供たちへの何よ
りの贈り物だと思うのだが・・・                        

翌朝は雨だった。藤原さんと合居川へ入る。増水しているが釣りは出来る。この川では
岩魚が釣れた。良いヤマメも出たのだが、これは取り込みに失敗。藤原さんが後ろで「
あ〜〜あ・・」とつぶやいている。釣り初めてすぐ雨も上がり、霧が晴れてきた。雨上
がりの景色が体の中に染み込んでくる。3日間、増水した川での釣りは本来の釣りでは
ないと藤原さんは言う。こんなもんじゃないよと言う。確かにそうだと思うのだが・・

この素晴らしい緑の中で深呼吸することの方が釣果よりも大切なものだと私は思う。 

成瀬川は大きく豊かに流れている。                       

この川を見守る藤原さんと仲間達に感謝し、再訪を誓った。