憧憬の渓 初日


かねてから憧れていた奥秩父の源流に行った。



憧憬の渓 初日                              

8月4日(金)早朝3時、JICKYさんの車が迎えに来た。今日から三日間奥秩父に
秩父在来岩魚の調査に行くのだ。急いで荷物を積み込み、助手席に乗り込む。久し
ぶりに会うのでいろいろな話に花が咲き、車は順調に関越高速に乗った。ところが
とんでもない忘れ物に気づいた。釣りベストと帽子を忘れてしまったのだ。何て事
だ、あれがなければ釣りが出来ない。あわてて川越でUターンして所沢に戻る。往
復で1時間のロスだ。果たして6時の集合時間に間に合うか・・・申し訳ない、久
しぶりの山行なので緊張しているようだ。                  

6時、東大演習林学生宿舎の駐車場が待ち合わせ場所だ。何と2時間ちょうどで到
着してしまった。kazuyaさんとワタナベさんが待っていた。しばらくすると安谷さ
んの車が着いた。同行する関根さんと挨拶する。これで全員揃った。3台の車は入
川林道を走り、演習林内の矢竹沢の上の広場に止まった。           

身支度をして三日分の装備と食料を分担して担ぐ。私は安谷さんが丹誠込めて作っ
たきゅうりたっぷり一袋をザックにくくりつけた。忘れ物が無いように確認して出
発する。kazuyaさん、JICKYさん、kuroo、ワタナベさん、安谷さん、関根さんの
順で黙々と森林軌道を歩く。                        

7時、赤沢出合いに到着。ここからは急登になる。剣付き地下足袋を履いてきたの
で滑らないのが助かる。一歩一歩登るたびに汗が額から落ちる。この急登で汗をか
いてこれからの山歩きの大変さを予感する。ここさえ登ればと皆さんは言うが、そ
んな甘いものでは無いのだろう。急登後は一旦平らになるがすぐに左の斜面に直登
が始まり、また大汗が体中を流れる。                    

途中、メグスリノキの大木とブナの巨木を見る。メグスリノキは300年くらい、
ブナの木は500年くらいたっているようだ。このブナは秩父で一番太いブナだと
いう。苔の生えた幹はとてつもなく太くじつに堂々としている。ただ、すでにキノ
コが生えているという話も聞く。寿命が近いのかもしれない。更に登り、尾根に着
いたところで一休み。尾根を渡る風が汗をかいた体に心地よい。        

ここからが長かった。登り下りを連続させて3時間、原生林の中を歩いたのだが、
足元と前を行くJICKYさんの踏み跡だけを見つめ、必死に歩いた。とても周りの景
色を見る余裕はなかった。汗が滝のように出てシャツとタオルはびしょ濡れになっ
ている。一歩間違えば谷底というガレ場があったり、木の根につかまって急斜面を
歩いたりして、目的の山小屋に着いたのは10時半だった。          

山小屋は最近建て替えられたばかりでログハウス風のしゃれた建物だった。ここが
この三日間の拠点となる。各自昼食を摂り、荷物をほどく人、ビールを冷やす人な
どそれぞれに時間を過ごす。kazuyaさんを中心に沢割、調査の方法の確認をする。
一人一人にバイヤルビンの入ったタッパーを渡された。そして秩父漁協の監視員の
腕章。こうした準備は全てkazuyaさんがやってくれた。その手際の良さに感謝。 

11時半には安谷さん関根さんと3人で左の沢下流に入渓した。関根さんと安谷さ
んは餌釣り、私はフライである。しばらく遡行して両岸の景色を楽しむ。両岸は苔
むした岩と巨木の渓畔林が続き、これこそ「瀬音の森・秩父」が目指している森な
のだと実感する。シオジ・サワグルミ・ブナ・イタヤカエデ・・・見事な木々がカ
ーブ毎に変わる渓谷の景色を彩る。白い滝と蒼い淵が次々と眼前に現れ、巨岩と爆
流が前に立ちはだかる。正しい源流の姿がそこにあった。           

関根さんは安谷さん以上に渓流に精通している人で、次々に岩魚を釣り上げる。安
谷さんが携帯水槽に入れて記録写真を撮り、アブラビレをハサミで切り取り、バイ
ヤルビンのアルコールに付けて、場所・大きさ・日付を記入してビンに貼る。そし
て岩魚をリリース。これを繰り返す。残念ながら私の毛針には反応がない。   

大滝に着いた。ここで今日一番大きい岩魚が出た。今日はここで納竿する事にして
右岸を直登して登山道に出る。山小屋に帰る尾根道は素晴らしい木が連続して目を
楽しませてくれた。特に尾根のツガの巨木と天然ヒノキの巨木、谷筋のシオジ、ブ
ナの巨木は、しばらく見上げてしまうほど立派なものが多かった。こういう巨木に
守られてこの沢の岩魚が育っているのだと実感する。             

山小屋に帰り、今夜の薪集めに走り回る。集めた枯れ枝を太さごとに分類し、小山
にする。疲れた体がだるい。そんな時に雷が鳴り、突然の夕立が来た。あわてて薪
を小屋の中に運び込む。雨はだんだん強くなり、そのうちに小屋の前の川が増水し
てきた。暗くなってきたがますます雨と雷がひどくなる。上流に行った3人は帰っ
てくる気配がない。自分たちが歩いてきた道を思い出してみる、あの尾根道で雷に
やられたら・・・と考えるとだんだん心配になる。              

暗くなった山道にひとつのライトが見えた!kazuyaさんがずぶ濡れになって帰っ
てきた。ところがあとの二人が来ない。聞けばkazuyaさんだけ先に上がってきた
らしい。雨が降り出した頃はまだ二人とも釣りをしていたようだ。それを聞いてま
すます不安になる。kazuyaさんは二人が遅くなるようだったら迎えに行くと言っ
ている。とにかく騒いでも仕方ないので待つことにする。           

6時過ぎ、暗い山からライトの光が見えた。JICKYさんとワタナベさんが濡れ鼠に
なって帰って来た。いやあ、生きてて良かった。すぐに二人を迎え入れ、着替えて
もらう。良かった良かったと言っていたら、kazuyaさんが落ち込んでいる。聞け
ば川に浸けて冷やしておいた2本のワインと500mlの缶ビール4本をそっくり
濁流に流されてしまったのだそうだ。その悔しさ無念さは痛いほど良く分かる。 

7時、安谷さんが作ってくれた混ぜご飯を食べる。じつに旨い。6合のご飯があっ
と言う間になくなった。次々に酒が出てきて、そのまま宴会に突入。皆、重いのを
我慢してここまで背負ってきた酒だ。じつに旨い。酔うほどに声も大きくなり、秩
父の川の将来を憂い、岩魚たちの将来を憂う。良き仲間達との会話が続く。